第4話

「お疲れ様でした!」

席を立ち、帰り支度を始めた俺を不満そうに眺める上司に丁寧なお辞儀をしながら挨拶する。


これでも1時間は残業をしたのだ

いくら義理堅い俺でも上司に付き合ってこれ以上の勤務を続ける時間的な余裕は無い!

タイムカードを差し込み会社を出ると加藤翼は急ぎ足で駐車場へと向かって歩いた。


しばらくクルマを走らせた俺はコンビニへと駐車し、おにぎり2個とウーロン茶を買い、後部座席に乗り込むと背広を脱ぎ捨てジーパンに穿き替えて頭からすっぽりと厚手のパーカーを羽織った。


ワンボックスカーはデカくて取り回しは不便だがこういう使い方が出来るのは便利だ!

運転席に座り込むと買ったおにぎりを食べる。


1人暮らしだと自炊するより適当に栄養のバランスを考えながら買って食べた方が安い!

金曜日はいつも簡単な食事で済ませることにしていた。


真っ暗になってしまった空を車窓から見上げ、煌めく星を眺めながら良い天気に恵まれたことに感謝する

数分で食べ終えた俺は予定していた公園へと向かった。


車内に流れる音楽は死んだ兄貴が自作したCDである。


楽しそうに歌っていた思い出が甦り涙がこぼれそうになる時もあるが俺の最も尊敬するアーティストだ!

「これ以上、冷え込んで来るとヤバいかな?」

冷たい夜風に吹かれながら冗談っぽく呟いた。


近所に民家が少ない広い公園の脇にクルマを止めると後部のハッチを開けてギターと小さな折りたたみ椅子を取り出し、鍵を閉めて歩き出す。


所々に外灯がある遊歩道みたいな煉瓦敷きの通路を歩きながら中央付近にあったステージみたいな場所に椅子を置くと足元に置いたギターケースを開け、取り出した俺は周囲を見回した・・・


観覧席みたいな階段状のコンクリートが薄暗く見えるが勿論、誰もそこに座ってはいなかった。


自嘲気味に苦笑した俺はギターを弾きながらスローバラードな曲を小さな声で歌い始めた。


微かに聴こえるギターの音に数人の人影が集まって来るのを迷惑そうな表情をしていないかいつものように視線でさり気なく確認しながら段々と声量を上げて行く。


自分の好みに合わなかったのか?

人影は1人を残すのみで消えてしまっていた・・・

だが俺にはその1人が腰掛けて真剣な面持ちで聴いてくれているだけでも嬉しかった!


30分ほど歌った俺は立ち上がると最後まで聴いてくれた女性に深々とお辞儀をし、感謝の気持ちを送った。


彼女はそれを見ると慌てて立ち上がり拍手してくれた。


外灯は俺が居るステージを照らしているわけではなく、彼女が立つ客席を照らすわけでもない


仄かな明かりで見えた顔に何だか見覚えがあるような気がしたがギターをケースにしまうと椅子をたたみながら再びお辞儀をしてその場を離れた。


背中で聴こえる拍手の音は永く永く続いた・・・


その拍手の音は俺の胸に深く染み込み不覚にも出てしまった涙を慌てて被ったままのパーカーのフードで拭き取る!


拍手をされたことはこれまで何度もあったがこれほどの心を込めた拍手は初めてだった。

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