第2話

枕元の携帯が激しいメロディーを奏でる


舌打ちしながら止めた俺はいつものように判りきった時間と知りながらも寝ぼけ眼で眺めた。


入社して2年目・・・

仕事の方は慣れたのだが朝は相変わらず苦手だ!

気力を振り絞りベッドから降り、習慣的に机の上に置いた煙草を1本取り出すと辺りを見回す。


「そう言えば昨夜、誰かにライターを渡したなぁ・・・」


顔は良く憶えていないのだが全体的なイメージは頭の中ですぐに浮かび上がった。


まさか今頃は彼女と一緒に俺のライターが川底に沈んでるなんてことないだろうな?

そんなことを考えながらどこかに置いたはずのマッチを探しながら結局、お湯を沸かす為につけたコンロで煙草に火をつけると深く吸い込んだ。


彼の名前は加藤翼(かとうつばさ)である


インスタントコーヒーをコップに入れ、沸いたお湯を注ぎ込みながら煙草の火を揉み消す


トーストをコーヒーで流し込んだ俺はシャワーを浴びて衣服を整えると片隅に置いたギターケースと通勤用のバッグを抱えながら慌ただしく部屋を出た。


戸締りをした彼はクルマの後部ハッチを開け、ギターを丁寧に置くと運転席へと座りキーを回す!

今日も一日の始まりだ。


ギターを持って行くのはプロのミュージシャンだからではなく趣味で金曜日の夜に限り公園の片隅で歌っている為である・・・


ただ好きというだけではプロにはなれない!


清涼飲料水を製造する会社に勤めながら夜更かしを重ねながら曲を作り、趣味で奏で歌っている。


何人か決まって聴いてくれる人が居るには居るがファンと言えるかどうかはわからない?

道行く人の殆んどはチラリと俺の姿を見るだけで足を止める人など居なかった。


立ち止まる人が居たとしても憐れむような目でしばらく見ると何事も無かったかのように立ち去る。


こちらとすれば文句を言われないだけでも助かるっていうのが正直な気持ちだ。


田舎町に住んでるし会社から離れた場所で演奏する為もあって、クルマは必需品である!

死んだ兄貴の友樹(ゆうき)が乗っていたクルマで年代物ではあるが幸いにも故障もせず、動いてくれている。


持って生まれた才能・・・兄貴はそれを持っていた!

俺が天才だとばかり思ってた兄貴は努力に努力を重ねて無理をしていたのだろう?

プロまでもう一歩という所でその悩みや苦しみを誰にも告げることなく自らの命を絶ってしまった。


眩く光る場所にはすぐそばに漆黒の闇がある・・・


俺の憧れでもあった兄貴はどんなことに苦しみ、悩んでいたのかが知りたくて兄貴が遺した楽器を手に俺が同じ道を歩こうとした時、両親とは争いになった。


兄貴を自分たちから奪ってしまった音楽が憎かったんだと思うのだが何か他に理由があるのかも知れない?


俺は会社勤めをしながら両親には内緒で今も音楽を続けているが兄弟だからといって俺にも兄貴と同じ才能があるわけではない!

暗がりの中で叫ぶように歌うだけの実力しか無い。


だが俺は努力を積み重ねた果てに何があるのかを知りたいだけで、別にプロを目指してるわけじゃなかった。


今夜はどこで歌おうかと考えながら会社に向かってクルマを走らせた。

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