第七章 カリヤ・エーテル発電所破壊工作【前編】

第53話 次の作戦

 一九八六年二月七日午後四時四三分。


 水野は復旧中の国防省の作戦会議室へ向かっていた。疲労から開放された足で歩きながら考えていることは、なぜ作戦会議室へ招集されたのかという疑念だ。


 新たな諜報活動が課されるのだろうが、それほどの余力を皇国軍が残しているとは考えにくい。


 その理由として、一週間前に消え去った京都大坂戦線地域の復旧作業が挙げられる。

 瓦礫しか残っていない地域内には敵味方両方の不発弾が多数存在しており、その処理にはどうしても兵士を動員しなければならない。しかし、共和国戦線が以前の国境を超えて皇国領にまで侵入してきており、その足止めに精一杯なのが現状。攻勢へ転じるには、使える兵士と武器弾薬の数が不足している。


 今回告げられる任務は災害復興なのか、前線勤務なのか、はたまた諜報活動なのか。水野は見当がつかなかった。


 作戦会議室のドアが見えたところで水野は思考を中断した。数回ノックし、「入れ」と小さく籠もった返事を聞いて入室する。


 室内はモスクワへの諜報活動が知らされた時と同じように、テーブルと椅子と司会台だけの簡素な部屋だ。部屋の奥には任務内容を伝えるであろう位の高い軍人一人が司会台の前に立っており、テーブル前の椅子には六人の見知らぬ男が先に座っていた。隅にある一つ以外他の空席が見当たらないので、恐らく自分が最後の人間だろうと察する。


 軍人含めた七人と官姓名を名乗り合ってから着席し、軍人は作戦説明の開始を宣言した。


「これが作戦資料だ。まずは黙読してくれ。ミーティングが終了次第破棄する」


 各々手に取って表紙を捲る。

 しかし、作戦目的及び作戦目標に目を走らせると水野は驚きを隠せず顔に浮かべてしまった。


 作戦目的は『ソ連の弱体及び共和国戦線を押し退ける』ことであり、それを達成するためにソ連の電力供給の要である『カリヤ・エーテル発電所を襲撃すること』。


 水野はこの破壊工作が成されたその後を鮮明に想像できた。

 カリヤ・エーテル発電所から供給される電力が途絶えれば人口が集中している東ヨーロッパ及びシベリアの一部が電力不足に悩まされる。イルクーツク風力発電所が復旧したとはいえ電力不足が続いているこの状況に襲撃すれば、極寒に凍える国民が続出するのは火を見るより明らかだ。


 その至極当然な考えすら思いつかずに決行を決めたのか。もしくは、それすらも想定して強行するのか。


 前者の場合はこれ以上ないほどの愚か者であり、後者の場合、日本皇国政府は敵の文民の命は無視するほど冷たい輩だと後世から判を押されるだろう。


 何より、その作戦の実行者の一人に水野が含まれている。軍令上、今から到底変更できることではない。自分が大勢の人を殺すことになるのは避けられない運命にある。


 そして、この作戦は生きて日本皇国へ帰れない可能性が今までの諜報活動より十二分にあると推察した。

 妹が亡き今ではあるが、まだ両親がいる。自分まで死んでしまったら悲しみを上塗りしてしまう。己の生存本能を加えて勘案する以上、人一倍死ぬわけにはいかない。


 それから逃げるようにページを捲り、素早く目を走らせる。

 すると作戦実行者名が十一名であることに気がついた。今ここにはいない四名は一人を除き外国人名であり、その中の一人である「リザ・エンプーサ」という名前が目に留まる。すぐにそれが日本人民共和国での諜報活動で自分を気絶させた女であることを思い出す。

 そいつらと一緒に行うということに、人生何があるかわからないな、と思いながら素早く読み終える。顔を上げると、皆机から目線を上げていて自分が最後に読み終えたことに気づいた。


「よし、それでは具体的な作戦説明に移る」


 司会役の男は部屋を暗くし、高価な液晶プロジェクターに電源を点けてスクリーンにソ連全土の地図を映し出す。中央より少し左にずれた所とその下と国土中央のバイカル湖に面する都市イルクーツクに赤いピンが付けられていた。


「今映し出しているソ連国土図に赤いピンが刺してあるだろう。右がイルクーツク、左の二点の内下がエカテリンブルク、上がカリヤだ。君たちの大まかな作戦行動はイルクーツクで残る四人と顔合わせをして作戦結構日時を決め、シベリア鉄道でエカテリンブルクまで移動。そこで準備を整えてからカリヤへ向かえ。詳細は君たちに任せる」


 男はスクリーンをカリヤ・エーテル発電所外部の白黒地図に切り替えた。輪郭が黒く縁取られている建物が無数に立ち並んでいるが、一番大きな建物が赤く塗り潰されており、送電塔の位置が赤点で示されている。


「これはカリヤ・エーテル発電所を映した衛星画像を解析してわかりやすく書き直したものだ。大半は研究施設や住居、エーテル鉱石の掘削施設なのだが、発電所の大本は赤く塗り潰された所だ。ここは発電所の他にスフェーリャへの入り口へと繋がっている。本作戦の目標はスフェーリャへの行動の封鎖及び送電施設の破壊となっている」


 水野含めた七人はその敷地の広さに唖然とした。

 この広さを持つ敷地の中へ侵入して破壊工作を行えと? いくら何でも戦力が足りないのは明白だった。


「一つ質問、よろしいでしょうか?」


 すると一人が挙手をして質問の可否を問う。


「なんだね?」

「本当に、我々十一人のみで目的を達成するのですか? とてもそれが可能なだけの戦力が存在するとは思えないのですが」

「それは十分承知している。しかし、京都大阪戦線での被害が大きく未だにどの部門にも兵士が足りていないのが現状だ。資材はなるべく融通を利かせてもらっているが、それまでしかできなかった」


 この大掛かりな作戦にこれだけの人材しか派兵できないことから、相当日本皇国は疲弊しているそうだ。質問者もそれを察し、質問を切り上げる。


「……わかりました。ありがとうございます」

「では説明に戻る」


 その後、各人員の役割や交戦規定、使用武器などの説明まで一通り終えたところで作戦説明は終了し、七人のオペレーターたちはその部屋を後にした。

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