第46話 再戦の始まり
一九八六年一月二十日午前十時頃。
グアム島のアンダーセン空軍基地では、大阪と京都へ攻めている共和国軍へ攻撃を加えるために十機のB-52爆撃機が滑走路に並んでいた。
それぞれに作業員が群がり、整備点検や爆弾倉への格納を手早く行っている。
「まさか、親子二代で日本を襲うことになるとね」
「おっ、お前の親父さんもパイロットだったのか?」
そこへ、同機に乗り合わせる二人のパイロットが雑談をしながら爆撃機のコックピットへ足を運ばせていた。
「ああ、東京とか長崎にも爆撃してたらしい。付け足すと、親父も
「親子で同じ飛行機を操縦したことがあるのか、スゲェや」
「ま、こいつも結構長生きだからな」
会話を続けながらコックピットへ乗り込む。電源を点けて計器類の異常がないかを確認する。
「親父は自分の仲間を日本人に殺されたことに恨みを持ってるからなあ。未だに
「そうか。でもお前は嫌いじゃないんだろ」
「ああ」
「なら別にいいんじゃないか? 今回の爆撃だって、場所は日本だが相手は
「まあな」
二人は席について離陸前の最終確認を行い、管制塔の指示を待つ。
GOサインの後、十機のB-52爆撃機は順に飛び立って日本皇国へ頭を向けた。
日本人民共和国軍、ソ連軍及び中国軍と日本皇国軍及びアメリカ軍は、京都と奈良県の各所で争い合っていた。
共和国側は市街地へ主力のT-80A戦車を投入して戦線を押し上げ、BTR-70装甲車とBTR-80装甲車で兵士を輸送して確実に占領していく。
しかし、皇国側の決死の戦闘によって進行は困難を極めていた。
数少ない七四式戦車や試作段階の戦車、
地理を把握していることを利用してゲリラ戦術を実行。装甲兵員輸送車には火炎瓶を投げて炎上させ、占領された陣地や死体にはブービートラップを設置した。
兵士は共和国戦線からいくらか引き抜いたが足りず、成人男性を徴兵して六四式小銃を持たせて防衛・突撃させる始末。
その行動は、ソ連軍の兵士に独ソ戦の凄惨さを彷彿とさせた。
そんな中、水野は最前線に立たされている。
吸収した物質を変形変質させて放出する能力は、防衛陣地を形成させるのに一役買っていた。
後方で原料を取り込み、戦地へ向かって壁や塹壕を形成して、また後方へ戻ることの繰り返し。食事はその合間合間に行う。
睡眠時間が五時間未満であるこの生活は、多忙によって亡くした妹やエーリャのことを一時的に忘れさせてくれた。
初めて戦地で見る死体には胃の底から上がってくる感覚がずっと離れず、いつまでも慣れなかった。
道路に無数に散らばる死体は回収されることなく腐敗していき、ハエが集り、時には戦車や装甲車の下敷きになってしまうこともある。次第には敵味方の区別が戦闘服でしかわからないほどに廃れ、自分もこうなってしまうのかと考えさせられてしまうのだ。
一九八六年一月二十日午後二時十四分。
防弾ベストの上にタクティカルベストを着ている水野は、薄暗い73式装甲車の中で揺れに身を任せていた。
流石に疲労が溜まり、移動中はずっと無意識でいることが多々あった。
水野と同じ格好をしている他の兵士たちは、六四式小銃を置いて顔の色を不安の色一色にしながらも今すぐ逃げ出したいという気持ちを抑えている。
車内は走行音だけが曇って聞こえ、誰一人として声を出すことはない。
「そろそろ着くぞ。全員持て!」
前方の助手席から上官の声が反響する。
その掛け声で全員六四式小銃を持ち、いつでも出れる体制を取る。
数十秒後、四両の73式装甲車は戦闘地域の少し後方へ停止する。
現地の兵士に警戒されながら続々と兵士たちが素早く上部から這い出てくる。水野は最後に現れた。
外に出ると爆音と銃声が遠くから鳴り響いている。そう遠くない所で交戦していることが、肌からでも感じられた。
「それでは全員、持ち場に付け!」
「はっ!」
上官はそれぞれの思いを抱いている兵士にそれぞれの担当へ向かわせる。
水野はそのまま立ち、少しの作業を終えて上官が歩み寄ってくるのを待つ。
「君が水野か」
「はい!」
「敵の装甲車が道が塞がれ、今は戦闘が行われてない状況だ。今のうちに壁や塹壕を造ってほしい」
「了解しました」
六四式小銃を構えて駆け足で移動する上官についていく。
向かっていく中で目撃した、散らばる薬莢の数やハエに集られている死体が、ここでの戦闘の凄惨さが水野に伝わってくる。
そして本能的に目を逸らし、上官のタクティカルベストにだけ視線を集中させた。
「この先だ」
ビルの影で上官が立ち止まって水野へ振り向く。
今いる場所のすぐ後ろやビルの中には兵士が息をひそめて敵の監視を続けており、いつ攻撃してきても交戦できるように備えている。
「見えるか?」
上官が場所を譲る。水野は少しだけ顔をはみ出させて状況を確認する。
T字に交差する国道の上に、有刺鉄線が広がっていた。
その奥にBTR-70装甲車が数両、横向きで道を塞ぐ形で炎上している。今の機会を見計らって皇国軍が設置した有刺鉄線が無数に張り巡らされており、道路には死体と黒血の水溜まりが点在していた。
「はい」
「護衛の兵士を呼ぶから、来たらすぐに陣地を造ってくれ」
「了解しました」
上官は手の空いている兵士を呼びに行く。
一分も経たずに、水野と同様の武装をしている二人の兵士が駆けつけてきた。
「あなたが水野さんですか?」
「あ、はい」
そのうちの一人が水野に話しかけてきた。
「吉田です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
「あ、僕は中村です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
礼儀正しい仲間につられて、もう一人とも水野はその場限りの挨拶を交わす。
「じゃあ、行きましょうか」
「「わかりました」」
味方が監視をしてくれている中、三人は足音を忍ばせて素早く有刺鉄線の傍へ近づく。
「ここで大丈夫です」
水野は二人に伝え、屈んで左手を道路のアスファルトに触れる。
吉田と中村は膝を付けたまま背中を向かい合わせ、六四式小銃を構えていつでも対応できる体制を取った。
水野が力を入れた途端、有刺鉄線と炎上している装甲車の境界線にコンクリートの壁が出現する。
道路の横幅ぴったりに建てられた壁は縦四メートル、厚さ一・五メートルほどで止まった。
続けて水野は有刺鉄線の下にコンクリートの棘を生やして、敵が進行してきた時の足止めにしようとする。
その刹那、壁の上から一人の女が跳躍してきた。
吉田がそのことに気が付き、銃口を素早く向ける。
それに対し、女は瞬時に生成した紫色の毒液の塊を飛ばす。
それが吉田に引き金を引かせる前に、軍用マスクを包み込んだ。
そのままマスクを貫通して顔を溶かす。後ろに倒れ、
「……え?」
残された水野と中村は、その光景を途中から視野に収めていた。
中村は吉田の死体をただ茫然と見るだけで、水野はその紫色の毒液の主をすぐに推察した。
顔を上げ、その相手を確認する。
特殊素材の短パンTシャツの上に防弾ベストを着こみ、液塗れの短い金髪。
以前より目は充血しており、皮膚は爛れていた。
水野は路地裏で初めて交戦し、研究所で再開した女、カルラだと断定した。
有刺鉄線を溶かして着地し、水野へ顔を向ける。
「ミズノ!! 殺す!!」
その一言だけを発し、カルラは水野目掛けて突進してきた。
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