第2話 夜のひとときに会いたくて
「じゃあ、また明日ねー!」
琴ねえと別れた後、残り数分の道を独りで歩く僕。だけど、今日は妙に寂しい。曲がりなりにも恋人になったのは大きかったのだろうか。
それからの僕は、熱にうかされたようになりながら、帰宅したのだった。
「ただいまー」
「遅かったわね。食事できてるわよ?」
母さんがダイニングから顔を出す。
「ごめん、ちょっと図書委員の用事があって」
さすがに琴ねえとのあれこれを言うのはためらわれた。
「連絡くらいしなさいね」
「うん。気をつけるよ」
部屋に戻って着替えてから、ぼんやりと夕食を食べる。
「お兄ちゃんさ……いいや、後で言う」
「?」
父さんは遅いことが多い。だから、夕食をは3人で食べる事が普通だ。
そういえば、琴ねえは今頃どうしてるかな。
「ところで、
ガタッ。まさに考えていた相手のことを聞かれたので動揺してしまう。
「え?」
「図書委員、一緒にやってるでしょ?」
「あ、ああ。元気だよ、元気。今日も一緒だったし」
「そう。ならいいんだけど」
僕の反応に不思議そうな顔をする母さん。そして。
じー。
何やら言いたそうな表情をした妹の
これ、後に明美に白状するパターンだ。
◇◇◇◇
「それで、お兄ちゃん。こんなのが琴ちゃんから送られてきたんだけど」
ラインの履歴を見せてくる明美。そこには、
『今日からくーちゃんとお付き合いをさせていただくことになりました。明美ちゃんも、改めてよろしくお願いします』
との琴ねえからのメッセージ。
「琴ねえ、何やってるの……」
そりゃまあ、明美と琴ねえは仲良いから、いいんだけどさ。
「これは、お兄ちゃんの長年の想いがかなったってことでいいの?」
「叶ったと言えば叶ったのかな。えっとさ……」
付き合い始めた経緯を手短に話す。琴ねえの件に関しては相談に乗ってもらっているので、今更隠すこともない。
「というわけ」
何度もキスをしたことは隠す。さすがに恥ずかしいし。
「うーん……」
明美は何やら考え込んでいる。
「明美、どうしたの?」
「お兄ちゃん、なんか顔赤くない?」
「え。別にどうもしてないけど」
キスの事を考えていたとは言えない。
「ひょっとして、琴ちゃんに何か言われた?」
「言われたというか、されたというか……」
「された?」
ついうっかり口をついて出た言葉だったけど、それを見逃す明美じゃない。
「そこは黙秘権を行使したい」
「ひょっとして、キスしたとか」
「……!」
「やっぱり。琴ちゃん、意外に大胆なとこあるよね」
「いや、なんで琴ねえからって話になるのさ」
「お兄ちゃんにそんな度胸ある?」
「それを言われると辛い」
結局、琴ねえからのお誘いだったわけだし。
「まあ、どっちでもいいけどね。おめでとう、お兄ちゃん」
「ありがとう。明美には、色々世話になったね」
「ほんとだよ、もう。私の言った通りだったでしょ?」
「はい。おみそれしました」
他に琴ねえとの恋愛相談に乗ってくれる相手が居なかったこともあって、こいつは僕が悩んでいたあれこれについてはよくわかっている。その中で何度となく言われたのは、
「琴ちゃん、絶対、お兄ちゃんの事が大好きだって」
「早く告白しちゃいなよ。きっと待ってるって」
ということだった。そのたびに僕は、
「いやいや。琴ねえだから深い意図はなかったかもしれないし」
とかなんとか、一歩を踏み出せずに居たのだった。ほんとにチキンだったな、僕。
「ところで。明日から、琴ねえが迎えに来ることになってる……んだけど」
最後まで言う前に、じろりと見据えられる。
「もう、熱々だね、お兄ちゃんたち。別にいいけど、家では抑えてね?」
「抑えるって何を」
「私の前でキスとかそういう見せつけるようなの」
「そんな趣味はないって」
「琴ちゃんが自重しなさそうだから、お兄ちゃんに言ってるの」
「そこは、まあ、否定できないけど」
「とにかく。別にお迎えはいいけど、気をつけてね。お兄ちゃん」
「頑張ってみるよ」
こいつには、ほんと頭が上がらない。
「ほんとお兄ちゃんたち、春爛漫だね。妹としては嬉しいよ」
なんだか呆れられている。しかし、春、ね。
「明美は誰か気になる奴いないの?」
「私は特にいないなあ。なんかガキっぽいのばっかりだもん」
「お前、昔っから精神年齢高かったしなあ」
ため息をつく妹に僕は苦笑いだ。
◇◇◇◇
それから、お風呂に入った僕は部屋でぼんやりと今日の事を振り返っていた。夕暮れの図書室での告白。そして、キス。手をつないで帰った帰り道に、再度のキス。帰り際の笑顔。
「ああ、早く会いたいなあ……」
そんな事を自然と言っていた。やばい。重症だ。鏡を見るとにやけすぎてて、自分で見ててキモい。明美は言わなかったけど、さっきもこんな表情してたのなら「キモ」とか思われてたかもしれない。
「恋の病っていうのは本当だったんだな」
今こうして振り返っていても、今頃は琴ねえも部屋にいるのかな、とか。パジャマ姿の琴ねえ可愛いだろうな、とか色々想像してしまう。他の事が本当になんにも手につかない。
時計を見ると、21:00。まだ、起きてるよな。電話してみようかな。でも、いきなりだと迷惑かなあ。そんな事を考えてしまう。そして、結局。
「もしもし、琴ねえ?」
電話をかけていた。今から会うのは無理でも、せめて声が聞きたい。そう思ったら、抑えられなかった。
「どうしたの、くーちゃん?」
「いや、その。えーと……」
「?」
「琴ねえの声が聞きたくて、つい」
迷った末に、素直に要件を言うことにした。言ってて、本当にこいつ大丈夫か。あ、自分だ。などと思ってしまう。
「え」
「ごめん。急過ぎるよね」
恋人になったとはいえ、この時間にいきなり電話とかやりすぎか。そう思って、取り消そうとしたのだけど。
「ううん。実は、私も、声が聞きたくて、迷ってたから」
こころなしか、電話越しの声が照れている気がする。
「良かった。僕だけが一方的なのかな、って思ってたから」
「帰ってから、何も手に付かないの。くーちゃんは部屋でどうしてるのかな、とか。明美ちゃんと私の事話してたのかな、とか、お風呂に入ってるくーちゃんの背中とか、そんなことばっかり考えてて」
琴ねえの考えていた事は、ちょうど僕と同じで、嬉しくなる。と思ったけど、最後の言葉は何だ。
「そのさ。最後の、お風呂に入ってる僕って……」
「仕方ないじゃない!?想像しちゃったんだから」
「僕も人のこと言えないけどさ。背中、なんだ」
「くーちゃんの背中みると、ムラムラするっていうか」
「……まあ、そこは好きにしてよ。でも、僕も同じ。琴ねえ何してるかな、とか。僕のこと考えてくれてるかな、とか。そんなことばっかりで」
「くーちゃんも同じだったんだ」
「恋の病って言うけど、ホントだったんだね」
「僕もちょうど言おうとしてたところ」
ぷっと、おかしくなって笑ってしまう。
それから僕たちは、どうでもいいことを小一時間話したのだった。
「それじゃ、また明日。
「また明日。くーちゃん」
名残惜しさを感じつつも電話を切って、ベッドに大の字になる。
あー、もう、ほんとに早く会いたいなあ。そんな、他人が聞いたら、大丈夫か?と言いそうなことを考えながら、眠気が来るまで、今日のことや明日の事を考え続けたのだった。
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