恋の病と言うけれど~近所のお姉さんと僕はバカップル~

久野真一

第1話 告白は始まり

 10月21日木曜日、晴れ。すっかり秋らしくなって、過ごしやすくなった10月の夕方の図書室にて。


「くーちゃん、ずっと大好きでした。私とお付き合いしてください!」


 琴ねえの声が響き渡った。その言葉に、僕の心臓がドキンと跳ね上がる。


 本名、浅田琴菜あさだことな。僕は小学校の頃から琴ねえと呼んでいる。女子としては平均的な体躯に少し大きめの胸。優しげな垂れ目に三つ編みにしたロングヘアーがチャームポイントだ。もう少ししたら制服も衣替えの時期で、きっと冬服も似合うだろうなと思う。


 現在、高校2年生の彼女は、少し天然でドジっ子な性格も相まって、学校のライングループで行われた、男子どもによる非公式・見てて癒やされる女子ランキングでもTOP10に入っている。琴ねえが知ったら怒るだろうけど。


 くーちゃんは、琴ねえから僕へのあだ名で、本名は水野空太みずのくうた。読書が少し好きなだけの、どこにでもいる高校1年生だ。琴ねえと一緒に図書委員なんてものをやっているけど、読みたい新刊を蔵書にしてもらうのに手っ取り早いだけで、それほどの思い入れはない。


「琴ねえ。それは、告白ということでいいの?」


 あまりにも急に想いが叶ってしまい信じきれていない自分が居る。


「うん。もちろんだよ」


 琴ねえはあくまで真剣な表情だ。


「そっか。ありがとう。嬉しいよ、琴ねえ」


 少し深呼吸をして心を落ち着けてから、そう返事をする。


「うん。それで、返事、は……?」


 少し不安そうに見つめられる。しまった。


「ごめん。僕もずっと好きだったよ、琴ねえ」


 その返事に、ほっとした様子の彼女。


「良かった。両想いだったんだね」


 少し涙が滲んでいる。


「そんなに不安だった?」

「だって、3年前からだから。仲のいいお姉さんのままなのかなって」

「それを言ったら僕も同じなんだけど」

「え?」


 目を白黒させているけど、やっぱり気づいてなかったんだ。


「僕も3年間、ずっと不安だったから。それに、琴ねえは天然だし、鈍感だし」

「ちょっと。いきなりディスらないで欲しいんだけど」

明美あけみなんか、数年前から僕の気持ち、気づいてたよ。琴ちゃん、鈍感だねって」


 明美は、僕の一つ年下の妹で、今は中学3年生だ。しっかり者のよく出来た妹で、僕が煮え切らないのをよく嘆いている。


 琴ねえのドジっ子ぶりもあって、あまり年上として見てないらしく、彼女の事は「琴ちゃん」と呼んでいる。

 

「兄妹揃ってひどい!」

「だって事実だし」

「くーちゃん、実は私の事嫌いなのかな!?」


 涙目になっていじけ始める琴ねえ。


「涙目になってるところは好きかも」

「サディスティックだよ、くーちゃん!」

「冗談だよ。いや、半分本気かも」

「私、告白を撤回した方がいい気がして来たよ」

「それは困る。琴ねえの事、好きだし」

「全然、気持ちがこもってない……」


 また、いじけ始めた。ちょっと楽しい。


「ふざけ過ぎた。ごめん。それで、これからは恋人同士ってことでいいのかな?」

「うん。それは、こっちからお願いしてるんだし」

「ありがとう。でも、全然実感ないね」


 嬉しいはずなのに。あまりにも唐突だったからだろうか。

 

「そ、それじゃあ。キス、してみる?実感、できるかも」


 おずおずといった様子で、琴ねえが言った。って、え?


「キ、キス?そんないきなり!?」


 いきなりな提案に今度はこっちが混乱する。


「ごめん。いきなり過ぎたよね。で、でも、キスしたら実感できるのかなって」

「それは嬉しいんだけど。でも、いいの?」

「う、うん。いずれは、するんだし」


 いずれは、って。そんなノリでいいのか、琴ねえ。でも、断る理由もない。


「じゃあ、お願いします」

「は、はい。こちらこそ」


 なんだかお互い畏まった感じになってしまう。

 えーと、キスってそもそもどうすればいいんだろうか。

 そうだ。まずは近づかないと。そう思って、一歩踏み出した僕。


「な、なんか、凄く緊張するね……」


 同じく一歩踏み出した琴ねえ。カチコチに緊張している。僕もだけど。


 そして、一歩一歩近づいて、ゼロ距離になってしまった。あとはどうすればいいんだろう。


 ええい、もう、なるようになれ、だ。少し強引に彼女の顔を上向かせ、唇を奪う。


 ああ。キスってこんな感じなんだ。少ししめった唇の感触がする。レモンの味はしないな。そうぼんやりと考えながら唇を離す。

 

 でも、あれ?なんか、既視感が……ていうか、実際の記憶?


「ひょっとして、昔、琴ねえとキスした事あったっけ?」

「今、私も思い出したんだけど、小2くらいの時に、した、気が」

「言われてみれば……!」


 琴ねえの部屋でキスをした光景が朧気に浮かんでくる。


「ファーストキスじゃなかったとは」

「それはいいんだけど。実感、できた?」


 顔を赤らめて琴ねえが聞いてくる。凄く可愛い。


「凄く。現金だけど」


 唇が触れ合うだけで、ここまで違うとは。


「なんだか、私も急にドキドキしてきたよ……」


 唇に手を当てながら言う様子がなんとも艶めかしい。


「そろそろ、帰ろうか。日が暮れちゃってる」


 いつの間にか、夕日が沈もうとしていた。


「うん、そうだね。くーちゃん、これから、よろしくお願いします」

「こちらこそ、琴ねえ」


 お互いにお辞儀をして、妙な雰囲気のまま、二人して帰宅の準備をする僕たち。


◇◇◇◇


 学校からの帰り道。すっかり暗くなった通学路を二人で歩く僕たち。

 もちろん、恋人繋ぎだ。


「その。なんだか、凄くふわふわした気持ち。現実じゃないみたいな」


 ぽつりと琴ねえが言う。


「うん、僕もそんな感じ」


 さっきのキスでしっかり実感は湧いてきたのだけど、今度はこれは夢じゃないだろうかと思ってしまう。


「もう一度、キス、してみる?」


 横目で僕の事を伺いながらの提案。


「うん、僕もしたい」


 さっきは一度きりだったから。


 今度は、抱き寄せて、ゆっくりと唇を合わせる。

 と思ったら、舌が入ってきた。


「むぐ」


 一瞬、戸惑ったけど、僕も同じようにしてみる。

 最初のキスと違って、なんだか変な気分になってくる。


「ぷはっ」


 息が続かなくて、唇を離す。


「すー、はー」


 深呼吸をする。


「どうしたの、くーちゃん?」

「息するの忘れてた」

「変なの」

「琴ねえが舌入れてきたからなんだけど」


 ファーストキスでいきなり舌入れてくる人なんて居るのだろうか。いや、厳密にはファーストキスではないのだけど。


「最近みた恋愛小説でそういうシーンがあったから、真似したくなって」


 てへへと可愛く言う琴ねえ。


「それって、官能小説じゃないの?」

「それは偏見だよ。普通の女の子向け恋愛小説」


 そんなものなのだろうか。


「とにかく、いきなり過ぎだから」


 今も心臓がドキドキする。


「嫌、だった?」


 潤んだ眼で見つめられる。そういうのはずるい。


「嫌じゃなかったよ。というか、嬉しかった」


 ここまで積極的な琴ねえは初めてだし。


「良かった♪」


 そうして、ご機嫌になった彼女と歩くこと数分。気がつけば、琴ねえの家に続く道と僕の家に続く道が別れる十字路。


 もうお別れか、なんてつい思ってしまう。明日また会えるのに。


「明日、また会えるよね」

「それは当然。僕も会いたい」


 一瞬、同じ事を考えていたのかとびっくりしたけど、平静を装って返す。


「明日、迎えに行っていい?」

「……まあいいか。明美に何か言われそうだけど」

「さっきみたいにディスられないといいんだけど」

「大丈夫、たぶん」

「お弁当、作るね」

「怪我しないように、ほどほどに」

「そこで私の身体の心配?」

「だって、包丁の持ち方とか危なっかしいし」


 前に手料理を振る舞おうとした琴ねえの姿を見ていたのだけど、色々危なっかしくて、ヒヤヒヤしたものだ。


「そこは信用して欲しいな」

「うん。ほんとに無理しないでね」

「一からお料理勉強し直すよ」


 凹んでしまった。


「冗談だよ、冗談。お弁当、楽しみにしてるから」

「うん。頑張るよ」


 そう決意をしている彼女は、ちっちゃい子みたいで、ほんとに年上らしくない。


「それじゃ、また明日ね」

「うん。またあし……むぐ」


 返事をしようとしたら、唇をふさがれていた。

 数秒の間、呆然としてしまう僕。


「ちょ、ちょっと琴ねえ!?」


 慌てて言うけど、既に彼女は走り去っていて。


「じゃあ、また明日ねー!」


 そう遠くから言う声だけが聞こえたのだった。

 心臓はドキドキしっぱなし。

 これ、今夜寝られるのかな。


 こうして、僕と琴ねえの、一見普通で、ちょっと行き過ぎた恋人生活がスタートしたのだった。

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