第3話 二人の過去

「それじゃ、また明日。ことねえ」

「また明日。くーちゃん」


 電話を切った私は、ベッドにうつ伏せになる。


「うーん。楽しかった。夢みたい」


 何をメルヘンな事を言っているのだろうかと思う。


 それでも、どこか夢見心地で、ふわふわとした気持ちだった。


 告白を受け入れてもらっただけでも飛び上がりそうなくらい嬉しかったのだけど、その上にキスを三度もしてしまった自分が少し信じられない。大昔にくーちゃんとキスしていたのは少し意外だったけど。


「キス、またしたいなあ」


 言ってて、うわ、病気だ、私、と思う。3年間想い続けていたせいだろうか。それとも、場の勢いでキスをしてしまったせいだろうか。ドキドキが収まらない。


「でも、キスだけでこうなっちゃうなんて……」


 帰ってから今まで、くーちゃんの事ばっかり考えている私。変ににやにやしてしまったりしたので、お父さんとお母さんには、少し心配をかけてしまった。そして、今もその熱が冷めそうにない。


 でも、もう、電話は終わっちゃった。さすがにメッセージを送るにも遅すぎる。時間は夜の0:00を回っている。


「とにかく、寝ないと」


 このまま延々とくーちゃんとの明日のことを考えていたら、寝不足でお弁当も作れないし、お迎えにも行けない。そう思うのだけど-


 頭から彼と会いたい、という想いが消えてくれない。告白を受け入れてくれた時のの事や、やっぱりキスの事や、明日はくーちゃんとどんなことができるだろうか。そんな益体もないことをひたすら考えている。いや、勝手に考えてしまっている。


「よし!昔のことを考えてみよう」


 今の彼の事を考えると思考が暴走してしまうので、昔の事を考えよう。うん。決めた。そうして、くーちゃんとの今までのことを思い出してみることにした。


◇◇◇◇


 私、浅田琴菜あさだことなは、夫婦仲が良好な家庭に生まれたごく普通の子どもだった。昔から、お父さんにもお母さんにも、


「琴菜はちょっと抜けてることがあるね」


 なんて言われる事が多かったから、少し変わっているのだろうけど。そして、もう一つ普通と違うことがあるとしたら。それは、昔からご近所さんにくーちゃんこと水野空太みずのくうたが居たことだろうか。


 最初に遊んだのがいつなのかの記憶は定かではない。確か、くーちゃんのお父さんとお母さんに何か頼まれた気がするんだけど。ともあれ、一つ年下の彼は大人しい子だった。昔から本が好きで、どちらかというと家でじっとしているような子どもだった。そして、少しぼーっとしたところもあった。


 小学校低学年から、そんな彼の遊び相手になっている内に、いつのまにか、「琴ねえ」「くーちゃん」とお互いに呼ぶようになっていた。くーちゃんは、昔から、その年齢に似合わない、中高生向け以上の小説を読んでいたので、同じものを読んで感想を語り合ったり。あるいは、一緒に対戦型のゲームをしたり。私はそういうのが絶望的に弱いので、いっつもボロ負けしていたのだけど。


 私は、くーちゃんの我が道を行く堂々としたところとか、知的なところ、それでいて、私に細やかな気遣いをしてくれるところが気に入って、よく、くーちゃんと二人で遊んだものだ。くーちゃんは同年齢にしては大人びた方だったので、小学校高学年になると、ほとんど同い年みたいな付き合いをしてきた。


 そして、きっかけは思い出せないけど、いつしか、くーちゃんを異性の男の子として意識するようになったのだった。確か、何かの拍子にドキっとした気がするのだけど。それ以来、くーちゃんと恋人になりたいと思うようになっていたけど、私は生来どうにも臆病で、肝心なところでくーちゃんとの距離をずっと詰めきれずに居た。


 それでも、お互い二人きりで遊びに行くことはよくあって、くーちゃんへの片想いはともかく、楽しかった。たぶん、通算で70回は超えてるんじゃないだろうか。それだけ一緒に遊んで、一歩を踏み出せなかったことはヘタレもいいところなのだけど。


 そんな事が3年も続いたある日、彼に片想いをしていることを友達に相談したら、


「ちゃんと告白して来なさいよ。彼も待ってるわよ」


 と呆れた顔で言われたのだった。というわけで、今日の告白となったのだったが、友達の言う通り、くーちゃんも私の事を好きだったらしい。


 本当にヘタレだ、と少し自己嫌悪してしまう。


◇◇◇◇


 昔の私達の事を思い出している内に、少しずつ気持ちが穏やかになっていって、暴走する想いのようなものがだいぶ収まっていることに気づく。


 よし、これで寝られる、と思う。たぶんだけど。


 そうして、ベッドに寝転んだのだけど。それから30分。未だに私の目は冴えたまま。気がついたら、今日の告白の時からくーちゃんと別れるまでを繰り返し脳内再生している。やっぱり駄目だったみたい。


 それにしても、これはちょっとまずい。朝起きられないどころか、くーちゃんに心配をかけてしまう。下手したら眠れずに徹夜コースだ。目にクマが出来てたら心配かけちゃうよね。


 そうだ。こういう時は、目をつぶって、羊を数えると良いと聞いた覚えがある。


「羊が1匹、羊が2匹、羊が4匹……」


 目を閉じて、無理やり羊を思い浮かべる。しかし、気がつくと羊じゃなくて、くーちゃんの顔を思い浮かべていた。くーちゃんが頭の中で大増殖。ますます、眠れなくなる。というか、なんでくーちゃんが増えているのだろう。


「あー、もう。どうすればいいんだろ」


 やっと彼に振り向いてもらえた……いや、元々そうだったみたいだけど、とにかくほんとうにままならない。


「もう、寝るのあきらめよっかな」


 寝よう寝ようとすると、余計に眠れなくなる気がする。そう決めて、読みかけの恋愛小説を読み始める。主人公は小心者で地味な女の子。そして、お相手はイケメンで性格も良くて、クラスの人気者。そんな少女は、自分に自信がないので、彼にアプローチをかけられても、勘違いに違いない、と一向に気づこうとしない。


 ちゃんと告白しても信用しない少女に業を煮やしたのか、男の子に強引に口付けられて、舌まで入れられてしまう。その描写がなんともなまめかしてくて、私もくーちゃん相手に試してしまったのだった。予想以上に気持ち良かったけど。


 その後は、少女も自分の気持ちに正直になり、相手の男の子の好意も受け入れて、ハッピーエンド。ちなみに、くーちゃんには言わなかったけど、少しだけど濡れ場っぽいところもある。色々ご都合主義なところもあるけど、描写が繊細で気がつくと最後まで読んでしまった。


 小説を読み終えると、ようやく眠気が襲ってくる。良かった。少しずつ睡魔が全身を襲ってきて、意識が遠くなる。寝る前に最後に思ったのは、


「今日は楽しかったけど、私って、馬鹿だなあ」


 そんな今更過ぎることだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る