第20話 聖なる王冠
「いやあ、本当に何があったというのでしょう。驚きました。どこを見ても人っ子一人見当たりません。いったいどこに消えたものか? 残すはあと、一つの部屋だけです。一番奥の神々のテーブルのある例の部屋だけです。急ぎましょう」
世界有数の資産家アドリアン・ハリオンが異次元に建設したオリンポス城は、いろいろな時代のいろいろな建物をミックスしたような奇妙な建物だった。
最初の白い部屋を出ると、ゴシックの大聖堂のような壮大なリビングがある。天井がとんでもなく高く、数百人が入れるほどの大きさだ。どういう仕掛けかわからないが、見たことのある風景が窓から見える。東の窓にはあの白い浜辺と熱帯植物の森、北の窓には色の違う五つの湖とせせらぎ、そして西の窓には砂漠に連なる砂丘とオアシスが見える。そして部屋のすみには、なぜか、イースター島のモアイ像が五体並んでいた。ぐるっと見回して、レイチェルが辛辣な言葉を言った。
「私、このお城を作ったアドリアン・ハリオンっていう人のセンスを疑うわ」
でも歩き出すと、そのセリフはさらに現実味を帯びてくる。寝室や廊下はステンドグラスや工芸品を贅沢に使ったアール・デコ調、大航海時代の地球儀や羅針盤のある書斎、古代ローマの大浴場そっくりのバスルームがあるかと思えば、そこに行く通路には見事な枯山水が美しい? モダンアートの娯楽室、古代マヤ風のキッチンにいたっては、もうなんだかわからない…。それぞれの場所はすごいお金をかけて、当時のインテリアや美術品を贅沢に再現し、とてもよくできているのだが、歩き回るとなんともおかしな感じだ。
マルセルに案内されて、七人は階段を上り、二階のアールデコ調の長い廊下を奥へと進んでいった。
「おや、なんてことだ? カギが壊されている」
力を入れてもドアはウンともスンとも言わない。ブライアンとフリントがよく調べてみる。
「誰かが、人為的にカギを壊したんだ。だれも中にいれないように…」
みんなは仕方なく戻ることにした。フリントがマルセルに尋ねた。
「あと、行っていないところはどこかありますか?」
「そうですねえ、この城には、あ、玄関ホールには行ってませんね。まあどうせ外に出られないし、特に何もないと思いますが…」
玄関ホールは、最初にいた白い部屋の隣の部屋だ。一応確かめようということになり、みんなはあの巨大なリビングを抜けて、玄関ホールへ戻って行った。
玄関ホールは丸いステージを巨大な柱が取り囲む古代ギリシア風だった。その向こう側に大きな扉が見えた。だが、柱は銀色でなぜか金属でできていた。マルセルが言った。
「この丸いステージの向こうにある玄関の扉はなぜか開かないのです。一度も開いたところは見たこともない。でもお客様は、いつもここから出てくるのです」
ところが、ラップトップを持ったアイザックが突然進み出た。
「たぶん、その扉は開かないよ。この柱に囲まれた玄関ホールは、転送マシンかなんかじゃないかなあ。ほら、このエンタシスの柱は、何か金属製で操作盤がついている。みんな、ちょっと待っていてくれ」
アイザックは金属の柱の裏側にコネクターを見つけ、無理やりコードでつなぐと、なにやらラップトップで操作を始めた。少しすると、柱がしゃべった?!
「確認しました、今接続された旧型のラップトップに使われているのは、二十一世紀初頭に広く使われていたOSと判明。ただいま変換機能発動、交信可能です」
するとアイザックのラップトップに城の内部データが映りだした。
「さすがに一部のデータしか見られないけど、おや、この転送マシンを使った記録が残っている。最近では同じ日に5人がここにやってきているよ」
「5人? おかしいですね。私はこの屋敷の中にいて出入りはしていないですし、やってきたのはハリオン様と三人のお客様ですから、四人のはずです。それでみなさんはもう、お帰りになったのですか?」
「それが、ここから出て行った記録はまったくない。全員、まだこの城にいることになってるけど…」
アイザックの言葉を聞いて、フリントがつぶやいた。
「え? じゃああやっぱりあのさっきの部屋の中か? 人の気配は感じなかったけど…」
ブライアンがアイザックに言った。
「あの神々のテーブルの部屋のデータは何かないのかい?」
「ええっと、ちょっと待ってくれ…。あれ、あの壊れたカギ、もしかしたらコンピュータ制御で中から開けられるぞ。ちょっとやってみる」
わずか数十秒後、気持ちの良い効果音が聞こえた。
「やった、カギを開けられたよ。中に入れるぞ」
すると、レベッカがつぶやいた。
「ええ? でも、なんか怖いわ。どうしよう、マルセルさん?」
「まあ、ハリオン様も、三人のお客様もご立派な方々ばかりですから心配はいりませんが、もしもう一人やってきたとすると、その人物が問題ですな」
「もう一人って…魔人?」
みんなの視線がレイチェルになんとなく集まった。高貴なるレイチェル・マッキントッシュは、さっそく古代タロットを出して、占いを始めた。
「難しいカードが出ているわ。慎重に、しかし大胆に事を運べば、成功するわ」
今度はみんな、銀縁のめがねが光るブライアンを見た。ブライアンはじっくり考えて言った。
「まず、マルセルさんに、サンジェルマン伯爵という、元のご主人のところに先に帰ってもらおう。もしかしたら何か力になってくれるかもしれない。マルセルさん、伯爵にこの事件やぼくたち七人のことを話してほしい。助けてくれと。マルセルさん、お願いできますか?」
「もちろんですとも。それにそれはとてもいい考えだと思います。サンジェルマン伯爵はそれは素晴らしい方だ。きっと力になってくれるはずです。私一人だけここから脱出するのは心苦しいですが…」
「とんでもない。あなたは僕たちの希望です。じゃあ、頼みましたよ。いいね、みんな」
「オーケー!」
転送タグと呼ばれる小さなカードを取出し、柱に囲まれた丸いステージに一人で乗るマルセル、アイザックが操作すると、やがてマルセルは光に包まれて消えて行った。
「本当に転送ができるんだ。話には聞いていてもこうやって目の前で見ると、とんでもないことだなあって思うよ」
フリントがしみじみ言った。レベッカがいつまでも手を振っていた。
不安と期待が交錯する中、七人は階段を上り、二階の廊下の一番奥の部屋、「神々のテーブル」のある部屋に向かっていった。
今度はリーダーのブライアンと行動派リーダーフレデリックが最前線に立ち、ドアを開ける。他の五人は少し離れたところからそれを見守っていた。
「アイザックありがとう。確かにドアが動くぞ」
フレデリックが感謝した。ブライアンが合図する。
「よし、ドアを開けるぞ。3、2、1、0!」
ガラッとドアを開ける。みんな息をのんだ。中は静まり返っていた。明るい広い部屋だった。おかしい、人影はなさそうだ。フレデリックがさっと飛び込んで中を調べる。ブライアンが安全なのを確認して、みんなを呼ぶ。みんな緊張して中に入って行く。中は大理石でできた白い床、大理石の大きなゲームテーブル、それを囲む王座のような四つの椅子がある贅沢な部屋であった。
「でも、おかしい? 人が誰もいない」
結局謎の五人はそこにもいなかったのだ。しばらくみんなであたりを探すと、一つだけとんでもないものが見つかった。
「おい、ブライアン、これ、例のなんとかいうあれじゃないのか?」
フレデリックが小さな箱を持ってきた。声が震えるブライアン。
「こ、これって…まさか…聖なる王冠の残りのカード?」
これを取られないためにカギを壊しておいたのか? ブライアンは持ち物から神のカードを取り出すと、それを残りのカードに加えてみた。すると、部屋に声が響き渡った。
「聖なる王冠のカードが、すべてそろいました。ゲームを始める場合は、テーブルの中央にセットしてください。」
突然の言葉に顔を見合わせる七人。
「やってみようぜ。面白そうだ」
さっそく興味を示すフレデリック。だがアイザックは意外と慎重だ。
「よくわからないのに、手を出すのは考えもんだぜ」
ミランダは反対に反対らしい。
「でも、ほかにもう、やることがないよ」
「でも、ゲームをやったら、お客さんたちはみんなケンカしたんでしょ、なんか心配だわ」
レベッカはやはり不安らしい。フリントは冷静に言った。
「とりあえず、少しやって確かめるだけ確かめてそれでやめればいい。僕はゲームをやらないで公平な審判として、それを見ているよ。もし、何か危険を感じたら、みんなを止める。それでどうだい」
みんな、その意見で試してみようということになった。フリントは審判、レベッカとアイザックは見物、残りの四人がゲームプレイヤーだ。
ブライアン、フレデリック、ミランダ、レイチェルの男女二人ずつが大理石の四角いテーブルを囲んで背の高い大きな椅子に陣取った。そしてブライアンがすべてそろったカードをテーブルの真ん中にセットした。するとカードが光り、次の瞬間予想しないことが起こった。
「動かないでください。休眠カプセルセットいたします」
急に声が聞こえ、大きな椅子の背もたれから、透明のカバーがすーっと出てきて一人一人を取り囲んだ。なんとこれは、あの白い部屋にあったのと同じ心の旅をさせるマシンだったのだ。
見物の三人はただ、見守るしかなかった。ただ時間がたつにつれて、テーブルの真ん中に置かれたカードが勝手に配られ、次々にめくられ、光って何かが起こっているようだった。
「凄い、精神が異次元に飛んで、四人は異次元で勝負をしているんだ」
フリントは興奮した。
「私たちには何も見えないけど、大丈夫かしら?」
心配するレベッカ。アイザックは、カードを見ながら感想を言い出す。
「フレデリックのやつ、調子に乗るとすぐに負けるぞ」
そう、4人は驚くべき体験をしていた。まず、自分の中から自分が飛び出し、あれよあれよという間に、空中に浮きあがり、精神体となって天井を突き抜け、オリンポス城の上へと出た。あたりを見下ろす。中世のおとぎ話に出てくるような見事な城がすぐ下に見える。そしてさらにぐんぐん上って行く、すると城を中心に三つに分かれた広大な庭が見えてくる、三日月型の南の島、急流と五つの湖、変岩奇岩の谷と広大な砂漠。それがこのオリンポス城を中心に広がっているのだ。
「あのオアシスの神殿で見た、地図そのままだ。フリントに見せたらさぞ喜んだろうな」
ブライアンは上昇しながらそう思った。
四人はさらに上昇し、雲の上に出る。雲の上には先ほどと同じ椅子があり、みんなそこに座る。四人の向き合った中心にはあのカードの束と同じものが浮いており、先ほどと違うのは、足元の雲が晴れて、一人一人の目の前にそれぞれの土地が見えるのだ。まるで、自分が神様になって世界を見守っているような気分だ。そして、カードが光ると、その見える台地に一人の人間が現れる。すると厳かな声が聞こえた。
「今見えるのがお前たちの新しい土地、お前の育てる人間だ、名前をつけてやりなさい」
フレデリックが口火を切った。
「お前はアレキサンダーだ。最強の男になるんだぞ」
するとレイチェルが誇らしげに言った。
「あなたはアナスタシアよ。気品と誇りを忘れずに強く生きるのよ」
ミランダは自分の好きな宝石の名前を付けた。
「あなたはルビー、ルビーちゃんよ。きっと幸せになろうね」
ブライアンは悩んだ挙句、ボソッと言った。
「おまえはパヴェルだ。よく考えて行動するんだぞ」
次に四人の創造主は、四人のキャラクターに贈り物を贈る。フレデリックはアレキサンダーに「勇者の実」を、レイチェルはアナスタシアに「智慧の実」を、ミランダはルビーちゃんに「宝石の実」を、ブライアンはパヴェルに「美の実」を与えて、それぞれの能力を高めた。でも、まだ全員道具もよく使えない原始人。家族で獲物を探して森や草原を駆け回っている状態だった。やがて、最初の一枚のカードが配られた。これは全員に配られる人間が人間らしく進化する最初のカードだという。
「汝は手に入れた生きる糧を仲間と分かち合い、力を合わせるであろう」
厳かにカードの言葉が読み上げられる。
すると全員のキャラクターが、木の実や獲物をいままでばらばらだった家族以外の他人にも分け合うようになり、その結果人々が集まって村ができるようになった。まだ原始人のようで暮らしは貧しいが、人々は協力して食べ物をとるようになり、それをすべて分け合い、仲よく暮らし始めた。すると雲間に宝石が輝きだした。黄色い宝石は人々のパワーを現し、青い宝石は個人の幸福を現しているという。まだ人々全体のパワーは微々たるものだが、個人の幸福度は非常に高く、みんな幸せいっぱいだ。
さあ、これから先はそれぞれにカードをめくり、すぐそのカードを使ってもよいし、同じカードを繰り返し使って強化してもよいし、使わず捨ててもよいし、決められた枚数までなら伏せカードにして後で使ってもよいのだが、
「よっしゃ、アレキサンダー、ガンガン行くぞ!」
フレデリックは最初から強気だ。カードの意味は難しいが、大胆にどんどん挑戦していく。
「汝は命の糧を得るための道具を智慧で工夫し、さらに強き者となるだろう」
フレデリックは最初このカードにこだわり、繰り返し使ってアレキサンダーを強化していった。カードを選ぶとぐるぐる回る小さな的と、弓矢を持った小さな天使が光とともに現れ、ルーレットのように回る的に矢を射る。失敗か、成功か、大成功かが瞬時に判定される。ルーレットは、成功の確率によって何種類かあるようだ。これがアレキサンダーの勇者運がいいのか続けて成功が出る。打製石器から磨製石器、槍やナイフ、最後には投石器から弓矢までどんどん進化していく。
「すごいぞ、アレキサンダー、おまえの力を見せてやれ!」
次にフレデリックが選んだカードは
「汝は見知らぬ土地へ攻め入り、命の糧やたくわえ、労働力などを略奪し、自分たちのものにするだろう」
という侵略のカードだった。
残りの三人は、まず、このカードから始めた。
「汝は大地を耕し、いらない植物をすべて滅し、ほしい作物だけを育てて大量に手に入れる。さらなる繁栄とともに土地争いや水争い、富める者と貧しい者などの問題を抱えるであろう」
…そう、読むと恐ろしい感じもするが、これは、農業のカードだ。これを上手く使うと、どんどん村は富み、人口が増えて黄色い宝石が輝きだす。ただ天使の矢の当たり所が悪いと、農業の持つ争い事が吹きだし、個人の幸福度を表す青い宝石の輝きは色あせていくのだ。
また定期的に、大地に変化が起きる。温暖期と寒冷期、小氷河期などが入れ替わり、場所によっては間伐、洪水なども繰り返す。そのたびに人々は飢え、人口を減らし食糧不足から人々の移動や戦乱が起きる。これは人間にはどうしようもない。そのたびに知恵を使って乗り切るしかないのだ。みんなは食糧不足に備えて、豊作の年は蓄え、さらに農地を開墾して生産量を上げたりした。
「わあ、すごい! アナスタシアのミニチュアの王国だわ」
レイチェルが歓声をあげた。立て続けに的当ての天使が農業の大成功を当てて、気が付けば雲間に見える国土がどんどん広がり、ミニチュアのようなたくさんの農民が働いていた。雲間を覗き込めば国土のすべてが見渡せるし、自分のキャラの名前を呼べば、その部分だけが拡大して見えてくる。レイチェルは広大な農地の中にアナスタシアのお城をたてて、女王としておさめさせた。
しかし、フレデリックのアレキサンダーは自分からは農業をやらなかった。その代り、肥沃な大地で農業を行う隣の国のケルト人を侵略し、税を取って農作物を手に入れたのだ。
それでアレキサンダーは寒冷化や間伐などが起きれば、さらに侵略と略奪を繰り返し、自分の領地を広げて行った。そして本拠地に要塞のような城を建ててアレキサンダーを王位につけた。彼は誰よりも早く、機動力も食料もたっぷりある軍事国家を作り上げたのだ。
そしてさらに戦いを続けながら、次々と新しいカードを試していった。
「汝は離れたところにいる敵でも、一瞬にして金属の弾で倒す道具を知る。それがたくさんつくられることにより、敵に近づかずに戦う大きな戦争がおこる」
鉄砲や大砲の開発のカードだ。さらにこんなカードもあった。
「汝は智慧の輪をまわし、獣より速く地をかけるであろう」
「汝はイカルスの翼を得て、空から神の瞳で世界を見下ろすであろう」
これは車輪や翼のついた乗り物のカードである。まだ周囲の技術が低く、国力も弱いため、馬車のようなものやグライダーのようなものしか作れないが、将来的には、自動車や戦車、飛行機やヘリコプターにつながっていく物である。さらにフレデリックは、よく意味もわからないまま、恐ろしいカードを使おうと準備していた。アレキサンダーの伏せカードの中に、こんなカードがあるのだ。
「汝は世界の運命を決するほどの恐るべき光と熱が、立ち上る雲の中に輝くのを見るであろう」
このカードはいったい…?
レイチェルはあのカードにこだわり、繰り返し使っていた。
「汝は大地を耕しいらない植物をすべて滅し、ほしい作物だけを育てて大量に手に入れる。さらなる繁栄とともに土地争いや水争い、富める者と貧しいものなどの問題を抱えるであろう」
そう、農業のカードだ。これを繰り返し使うことにより、作物の種類が増え、農機具が劇的に進化し、開墾も進んで農地が広がって行く。さらにレイチェルは次のカードを使った。
「汝は生き物とともに暮らし、生きる糧として役立てるであろう」
「汝は生き物とともに野を歩き、生きる糧として役立てるであろう」
そう、家畜と牧畜のカードである。これをレイチェルは広い土地に合わせて使い分け、乾いた土地では牧畜、肥沃な低地では農地や家畜などと配置し、そのうち大きな農業大国となった。アナスタシアは、作物が豊富にとれるようになると、大きな市場を作り、物々交換で取引ができるように計らった。この自由な市は大評判になり、多くの農民が集まってにぎわうようになった。そこで次にこのカードが登場した。
「生きる糧を腐らない金銀のコインに置き換え、あらゆるものと交換することにより、富める者と貧しいものがうまれるであろう」
それは通貨の発明、商業が始まったのだ。農民の取引はさらに盛んになり、小さかった市場は、広く立派になった。安い使用料で誰でも店を出せた。アナスタシアの国は農民への税金もとても安く、農民の幸福度はかなり高くなっていった。国はさらに繁栄し、アナスタシアは広い農地市場を管理するお城の女王となり、国が富むと同時に権力を強めて行った。だが豊かな大地を狙って、隣国の蛮族が侵入することが度重なり、ついに次のカードを切った。
「戦うことを自らの職とする勇者が集まり、強い軍隊を作り、国を守り、他国を侵略するだろう」
そう、アナスタシア女王は、農民を守るために、強力な軍隊を作って、国を守らせることにしたのだ。さらに女王は堤防やダムを作って洪水を抑え、農業用水を確保した。そしてさらに農業を発展させるため、アナスタシア女王は次のカードを切る。女王の権力を強め、巨費を投じて今までにない大きな船を建造し、優秀な乗組員を集めたのだ。
「人々は新天地を求め、大きな船を作り、大海に乗り出していくだろう。そして未開の大地を発見するだろう」
大航海時代の訪れだ。だがアナスタシア女王の狙いは財宝や奴隷貿易ではなく、ただ一つだった。
「汝は新天地で、今までになかった画期的な食材や資源を見つけ、大きな富を得るであろう」
女王は各種スパイスや、トマト、ジャガイモと言った新大陸の植物を新天地から持ち帰り、どんどん栽培し、国をさらに富ませていった。だが、広大な王国を収めるために強大になりすぎた女王の足元で、反政府の波が徐々に広がりつつあったのだ。
ミランダのルビーちゃんは一つのことにこだわらない、柔軟なキャラクターだった。そこそこに農業開発をすると、次に目を付けたのは商業であった。
「生きる糧をくさらない金銀のコインに置き換え、あらゆるものと交換することにより、富める者と貧しいものがうまれるであろう」
「生きる糧としての金貨を分けることにより、まったく別々の仕事をしても生きられるようになる。富めるものはさらに富み、新しい仕事が次々と生まれるであろう」
ルビーちゃんの街では金や銀の通貨が生まれ、物々交換の必要がなくなり、いろいろな職業が生まれ、早い時期から職人が育って行った。でもルビーちゃんはそれもそこそこでやめて力を入れたのは次のカードだった。
「汝は遠い土地の貴重なものや珍しいものを売り買いして富を築き、街や街道を発達させるだろう。」
知らない土地をあちこち歩いていくだけでも楽しかった。砂漠の中のオアシスや豊かな森の中の街、海辺の漁村など探検気分で交易をおこなったのだ。街道や道を整備することが、とても喜ばれることもわかった。ルビーちゃんは侵略もせず、権力を集中させることもしなかったが、いつの間にか交易の長い道のあちこちに新しい街を築き、特産物を流通させ、あちこちの国を繁栄させていた。
だが調子に乗って次に出したカードは大変だった。
「人間が作った動く工具が大量生産を行って低価格を実現させ、みんなが安く買うことで富める者はさらに大きな富を得るであろう」
そう、産業革命のカードだ。低価格の商品はルビーちゃんの広い交易ルートを通じて売れに売れて、すごい富を生み出したが、ものすごい煤煙が出たり水が汚れたりしたので、これもそこそこで手をひいた。おかげで環境被害はひどくならず、徐々にいい方向に向かいだした。だがそのかわりに用意した、次のカードが難敵だった。何度読んでもわけがわからなかった。
「姿の無い金貨の亡霊が集まって巨大な金の怪物となり、今までにはないさまざまなものを生み出し、富を持つ者の心を操る。その強力な力で見えない帝国を打ち立て、その富と金の炎で世界を裏から支配するであろう」
これは使ってみて初めて分かった。金融や株式の世界だった。このカードで大きな金が裏で動き出し、巨大な会社や金融市場が生まれた。だが使い方を間違えれば、バブルや世界大恐慌もおきかねない。ルビーちゃんにこの難局を乗り切れるか?
ブライアンの目的は最初からゲームに勝つことではなかった。このゲームの後にみんな仲が悪くなったのはなぜか?
そしてそもそもこのゲームは何のために生まれたのか? ゲームの真の目的は何か?
だから、最初からみんなの使ってないカードを試したり、意味の難解なカードの意味を考えたりしながらゲームに参加していた。だから、みんなよりかなり出遅れて農業を始め、通貨やいろいろな職業に手を出したのだ。
「なるほどねえ…分かち合うことによって人間らしい暮らしを始めたけど、金貨や銀貨を作ることによって、人々の間に格差が生まれた。そして格差は農業や商業を通じてさらに大きくなり、支配階級や貧富の差を作り出した。最初はあんなにみんなで分かち合って幸せだったのに、みるみる幸福の青い宝石は、どこの世界でも色あせて行った。集団が力を持って来れば、個人の幸福は色あせ、個人の幸福を優先させれば貧富の差はますます拡大していく。産業を発達させれば、国全体は富むが、貧富の差は大きくなるばかり。無理をすれば環境問題や健康まで脅かす。それにかならずやってくる異常気象や天変地異で、毎回多くの人が飢え、戦乱が起きる。しかしそれを乗り越えた人々はさらなる技術や新しい秩序を生み出す。すべてのことに、よい面も悪い面もあり、それがしかもいくつも絡んで複雑な現実が押し寄せるんだ」
パヴェルは、いろいろ迷い、なかなか自分の方向が決められないようであった。しかし、そんなパヴェルが、二つのレアなカードを引き当てた。それは「神のカード」と「芸術のカード」であった。
「汝は苦難の時も幸福な時も、神に祈ることによって心の平安を得て、明るい未来に進むであろう」
「汝はこの世界の素晴らしさや矛盾を心の目でとらえなおし、人々の前で表現することにより、多くの人々に感動と生き抜く力を与えるであろう」
本当はゲームの中で効果的な出しどころがあるのだろうが、どんな効果があるのか、ブライアンは早いうちに試してみた。するとどちらも苦難やピンチの時に、人々の幸福度を上げることがわかってきた。また、場合によっては宗教建築や音楽、美術などの力で、集団のパワーも、個人の幸福も、どちらもカバーすることができるのだとわかってきた。
信じる力、祈る力、美しいものを感じる感性などは、階級や所得格差を越えて個人にも集団にも大きなパワーを与えるのである。
かなり出遅れていたパヴェルも、二つのカードのパワーで困難を乗り越え、少しずつ領土を広げ、力をつけて行った。
そしてこのカードを使うことにより、ほかの国にはない人々が現れだしたのだ。
「生きる糧としての金貨を分けることにより、まったく別々の仕事をしても生きられるようになる。富めるものはさらに富み、新しい仕事が次々と生まれるであろう」
遅ればせながらこのカードを繰り返し使うことにより、専門の職種がいろいろと現れ、富裕層と貧困層もさらに別れたが、富裕層の家を建てる職人や工芸家、そして芸術家なども現れたのだった。
さらにパヴェルは以下のカードをまとめて使うことにより、問題を起こさずに国を富ませることに成功した。
「一度使ったものや資源を手を加えて繰り返し使ったり、循環させて使い続けるいろいろな工夫が考え出され、天地への搾取が減っていくだろう」
「流れる水、太陽の恵み、風、波、大地の熱などを使って、いつまでも使える力を取り出すことができるようになり、大地への搾取が減っていくだろう」
そう、この、循環型社会と自然エネルギーの二枚のカードを組み合わせ、パヴェルは水力を使った自然に優しい循環型社会を築いて行ったのだ。環境を重視したためあまり国力は上がらなかったが、風光明媚な美しい町並みができて行った。
やがて聖地として巡礼が集まるようになり、芸術家が集まり、大輪の文化の華が開き、花の都と呼ばれるようになった。
巡礼地となった聖なる岩の周辺には美しい庭園や寺院が築かれ、多くの人が遠くから訪れた。最初は宗教画が描かれ、画家や芸術家が集まるようになり、やがて文化交流のサロンや美術館も完備された。パヴェルの街は、聖なる町であり、芸術に囲まれた美しい都になったのであった。
だが、ある瞬間を迎えた時、四人の顔色が変わった。
その年は何度繰り返したことかまた異常気象が起きた。ある地方は洪水、そして広い範囲で干ばつが起きた。最初に食糧不足で、多量の作物を買い付けに来たルビーちゃんたちの交易隊が大きな市場を見つけ、たどり着いてみると、そこはなんとレイチェルの国のあの市場ではないか? 広い交易ルートを持つルビーちゃんとアナスタシアの大きな市場がつながった。そして次に農地を脅かす蛮族を倒そうと、強力な軍隊を送り込んだアナスタシア女王だったが、いざ戦おうとした相手は、よく見ればアレキサンダーの軍勢だった。そうなのだ、このゲームは最後には四人で競い合うようになっていたのだ。それに四人が気が付いたとき、上空からキラキラ光る天界の宝石のようなシンプルで高貴な輝きをもつ何かが舞い降りて、みんなの真ん中で止まった。それはまさしく「聖なる王冠」であった。このゲームの勝者の頭の上で輝くために降りてきたのだ。ゲームはいよいよクライマックスを迎えようとしていたのだ。だが、どうなれば勝者になり、聖なる王冠を自分のものにできるのかはまったくわからない。他の国をすべて滅ぼせばいいのか、戦いを避けて平和な国になればいいのか、何も示されないのだ。自分たちで考えろと言うことなのか? でも、もうゲームは動き出していた。
侵略と支配を繰り返すアレキサンダーの帝国。フレデリックは、レイチェルの国に攻め入るのを一瞬ためらったが、いつの間にかアレキサンダーは、自分の考えで動き出したのだ。フレデリックが止めようとしたが、もう遅かった。紛争は徐々に広がって行った。一番の農業大国で軍隊も強いアナスタシアの王国も底知れぬ力を持っていた。また、経済力だけならルビーちゃんの国がダントツで、困ったのはパヴェルだった。まず真っ先に滅ぼされるのは目に見えていた。四つの国が協定を結び、平和を築くのが理想なのだろうが、もう、すでに国境で紛争が起きているのだ。ブライアンはパヴェルを呼び出し、つぶやいた。
「パヴェル、お前はいったいどうする…」
するとパヴェルは、初めて天空のブライアンを見上げて、自分からこう言ったのだ。
「創造主よ、ぼくを育ててくれて、この美しい花の都を作ってくれて本当にありがとう。この国はどうなるかわからないけれど、あなたには感謝の気持ちしかない…」
その口元はかすかに微笑んでいたが、その印象的な瞳は哀愁に満ちていた。 その視線がブライアンの心に刺さった。
「お前は…パヴェル…お前は生きているんだな…。確かに…そこで生きているんだな…」
その瞬間ブライアンの心の中で、何かの答えが出た。
「みんな、このゲームの目的がわかった。ゲームをやめるんだ。僕は負けを認め、ここでゲームを降りる。」
ブライアンはそう宣言すると、雲から降りて、一人城に帰って行った。やる気バリバリのフレデリックは全くやめる気はなかったが、レイチェルがブライアンに従い、ミランダも城に帰って行くと、しぶしぶやっとあきらめた。
聖なる王冠は誰の上にも輝かず、天界に帰って行った。雲間に見えていた小さな王国はすべて幻のように消え去り、四人がいなくなるとカードも元のテーブルに戻り、本物のカードと合体した。
カバーが開き、四人は現実に戻ってきた。ケンカはしていなかったが、四人はどこかよそよそしく、さっきまでの緊張関係を引きずっていた。
「お帰り、みんな。ご苦労さん」
フリントたちがやさしく迎えてくれた。カードの動きで、だいたいどんなゲーム展開だったかわかったそうだ。ちょっと危ない展開になったときに、さっとゲームをやめたのを、三人とも高く評価していた。だが、フリントは意外なことを話し始めた。
「実は、みんながゲームをしている間に、ひらめいて…ついに見つけたよ。消えた五人をね。まだ中まで確認したわけじゃないけどね」
「なんだって? やはりハリオンや三人の客たちはこの屋敷にいたのか?」
「ああ、多分、まちがいない。僕たちは見過ごしていただけだった。その前を歩いてもなにも気付かなかっただけだった。彼らはずっとこの屋敷にいたんだ」
フリントは真剣な顔でそう言ったのだった。
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