第18話 マルセル・デュビエールと神々のテーブル

 七人は黒いピラミッドの前で進むかどうか迷っていた。だが、嫌な予感がして、遠い砂浜の方を見ると、遠くで黒い歪みが見えたのだ。

「魔人が来る?」

 みんな顔色が変わった。決断するまでもなかった。みんな覚悟を決めてピラミッドの扉の中に入って行った。全員が入った途端、何かスイッチが入ったようだった。全員意識を失うように倒れこみ、そのまま気が遠くなっていった。

「こ、これは…」

 みんな気が付くとあの休眠カプセルの中だった。すごく不思議な気分だった。大冒険から帰ってきたのに、体はやっと目覚めたばかりのように言うことを聞かなかった。

「みんな、無事か?」

 ブライアンがカプセルのカバーを開けて、上半身を起こした。

「大丈夫だ。でも、リアルに腹が減ってる。いったい俺たちはどうなっちまったんだ」

 フレデリックが素っ頓狂な声を上げる。レイチェルが一つの答えを出す。

「きっと、私たちはここで寝ていて、みんなで同じ夢を見ていたに違いないわ。前髪が最悪! どこかにヘアードライヤーはないの?」

 夢というにはあまりにできすぎていて、もちろん、ついさっきまでの記憶も全員共通だ。

「ああ、そうだ、少しずつ思い出してきた。僕たちはあの時、魔女屋敷の中から出てきた魔人によってここに飛ばされたんだ」

 ブライアンが続けた。

「僕たちがなぜ、あんなに魔人を怖がったのか。それはあの時、魔人と一度出会い、恐怖を植え付けられたからだ」

 フリント・ソリッドフェイスがかすかな記憶をたどった。

「そして…気が付くとこの部屋にいた。そして魔人に命令されるままに、カプセルに入り…そうだ、持ち物をこのカプセルの下にしまいこんだような…」

 フレデリックがカプセルから飛び出して下の方を探る。

「あったぞ、おれの携帯、スポーツ用の腕時計もだ」

 みんな跳ね起きて、自分の持ち物を探す。

「あった!」

 歓声があっちでもこっちでもあがった。でも、携帯電話はまったく通じる気配もなく、時計はかなり狂っていた。アイザックのラップトップは無事だったが、やはり、ネットにはつながらなかった。レベッカの辞書もミランダの水晶のチェーンも無事だったが、ブライアンの持っていた「聖なる王冠」のカードは抜きとられていた。古代タロットを取り戻したレイチェルは早速その場で占いを始めた。

 それを見て、フレデリックが声をかける。

「あ、そうだ。さっき滝の奥で見つけたあの宝物はどこに行ったんだ? レイチェル、占いで、探してくれよ!」

「おい、レイチェル、それより先にこの部屋のカギの開け方を占ってくれよ、おれたちここから出られないみたいだぞ」

 アイザックはいつの間にかドアのところに行き、その周囲にあるボタンなどを調べていた。

 だが、レイチェルは思わぬカードを引き当て声を上げた。

「あれ? 妙なカードが…。思わぬ出来事が起きる予感だわ」

 その時、不思議少女ミランダが何かを見つけた。

「ちょっと待ってみんな、このカプセルを見て!」

 みんながどやどやと集まってきた。七人のいる白い部屋にはカプセルが八つあり、みんなのほかにももう一つのカプセルがあった。そのカプセルには見たこともない人物が入っていた。この人も魔人に連れてこられたのだろうか? でも、見たことのない、どこか昔の服装をしている。

 この人も起こしたらどうかとみんなで話し合った。この人ならドアの開け方を知っているかもしれない…。結局、その温厚そうな顔つきから推理して、けっこういい人なんじゃないかということでみんなの意見が一致し、起こそうということになった。

「でも僕たちは、全員で戻るとスイッチが入るようになっていたけど…どうやったら…」

 フリントが首をかしげた。いつの間にか、フレデリックがカプセルの周りを探り、理屈より先に何かのボタンを押してしまった。カプセルのカバーが開き、その不思議な男が目覚めた。その男は人相の通り、とても温厚そうで礼儀正しい人物であったが、困ったことにしゃべり始めたのは格調高いフランス語であった。

 みんな顔を見合わせた。何を言っているのかわからない。でもメンバーの中でただ一人、すべてを理解し、その男と楽しそうに話し始めた女子がいた。そう、語学の才媛、レベッカ・スカーレットである。

「おい、ベッキー、この男、何を言っているんだ?」

「ちょっと待ってね。今、彼の話をまとめるから」

 ベッキーは自分の持ち物から手帳を取出し、男の話の要点をまとめ始めた。男は、とても礼儀正しく、几帳面に話し続けた。それを笑顔と身振り、流ちょうなフランス語で返すレベッカ…。

「…だいたいわかったわ。彼はマルセル・デュビエール、どうも十八世紀のフランスの人みたいよ」

「十八世紀? どういうことなんだ!」

 事件はどうも時空を超えている? そしてマルセルは驚くべき話を始めたのだった。

「…助けていただいてありがとうございます。私はマルセル・デュビエール、高名な錬金術師であり、科学者であり、芸術家であらせられるサンジェルマン伯爵のお屋敷に十五年ほどお仕えしておりました。ところが時空時計が警報を出したのでそこに行くと、忍び込んでいた賊に襲われ、気が付くとこの屋敷に運ばれておりました」

「あのう、私たちが今いる場所はどこなんですか?」

 と、フリント・ソリッドフェイス。急いでレベッカが同時通訳だ。

「ここは伯爵の友人で大金持ちのアドリアン・ハリオン様のオリンポス城です。わたしにもよくわかりませんが、イジゲンという土地にあるそうです」

「この部屋は何の部屋なんですか? 僕たちは全員で同じ夢を見ていたようなんですが」

 ブライアンの質問にマルセルは笑って答えた。

「ははは、よくわかりませんが、それは夢ではないですよ。心だけこのイジゲンという場所のどこかに飛ばして、おもしろおかしい旅をさせる機械です。あなた方が行ってきたのはハリオン様の別荘ですよ、きっと。一度などハリオン様は十一人のお客様をお連れになり、私をお供に南の島や激流下りを楽しんだものです。錬金術の方々は信じられないことを平気でなされる」

 マルセル・デュビエールはすべて錬金術だと思っているようだが、このイジゲンという言葉を聞くと、何かとんでもない超科学がからんでいるような気配がする。でも、あの広大な世界が異次元の別荘だなんて、ハリオンとはどんな人物なんだ。

「それで、マルセルさんは、どうしてこのカプセルに、入れられていたんですか?」

 フリントがさらに尋ねた。マルセルはちょっと困った顔をした。

「私は、アドリアン・ハリオン様に、しばらくここで働いてくれと言われて、ここでお客様の接待などの仕事をしておりました。ところがある日、お客様とハリオン様の間でひどく罵り合うようなあり得ないケンカが起きたのです。その時私は、ラファエル・キューブリック・コルテス様をかばう発言をしたところ、それがハリオン様のお気に障ったようで、お前はしばらくここで眠っていろと言われて、ここで旅行することもなく、ただ眠っていたのです。そういえば、ラファエルさまのことで、思い出したことが…」

 レイチェルが叫んだ。

「ラファエル・キューブリック・コルテスって、例のラファエルの事よね。それって、どんな人なの?」

「っていうか、この部屋にぼくたちを運んだのは魔人と呼ばれている奴だけど、やつこそいったい誰なんだ?」

 フレデリックが矢継ぎ早に質問した。するとブライアンがちょっとストップをかけた。

「あんまりどんどん質問をしすぎてマルセルが困っているよ。通訳のレベッカもたいへんだよ。みんなで質問をちゃんとまとめて彼に聞こうよ。いいかい」

 そしてみんなの話をまとめ、マルセルとレベッカに渡し、返事がまとめられた。要約したものが以下の文である。

 まず一つ目の質問、ここに誰がきてどんなケンカや出来事が起こったのかについて。

 大金持ちのハリオン様は、その週末に大事な三人のお客様をお呼びになった。一人は、高名な学者のラファエル様。このお方は、この心の旅行ができる機械をお作りになり、ハリオン様の不思議な別荘の設計などにも関わったと聞いております。二人目は心の旅をするときに通常なら心の世界に持ち込めない機械や道具を持ち込めるようにした学者さんでとてもお美しいゾフィー・クリステル様。そして三人目は、司祭にして、世界有数の博物学者であらせられるシモン・ケペル・クワトロ様です。その日はなんと「聖なる王冠」という世紀の宝物を持ってきたということで、みなさん興奮していました。ハリオン様などは、そのカードゲームをするために、惜しげなく大金を使って、「神々のテーブル」と呼ばれる、そのためにだけ使う特別な部屋までつくっておしまいになったくらいです。豪華な晩餐のあと、ハリオン様と三人のお客様は、神々のテーブルの部屋に入り、カードゲームを始めたようです。私は部屋の外で待機していました。ところがカードゲームがクライマックスに達したころ、突然、何かが起こったのです。部屋の外にいた私には何が起きたのか全くわかりませんでした。急に、ゾフィー様が泣きながら出てまいりました。次にシモン・ケペル・クアトロ様が青い顔をして出てきて、そのまま部屋にお帰りになりました。そのあとハリオン様とラファエルさまが激しく怒鳴り合いながら出てきたのです。ハリオン様はいつも余裕たっぷりで自信に満ちた紳士ですし、ラファエル様は頭の切れる思慮深い学者で、その二人が感情的に罵り合うなど、考えも及ばぬことでした。いったいあのカードゲームで何が起きたというのでしょう。私が止めようと間に入ると、ハリオン様はそれが気に食わないらしく、私をこの部屋に送り込んだのです。

 二つ目の質問、ラファエルや魔人について

 ラファエル様ですか? ハリオン様に言わせると世界最高の頭脳だが、その天才を周りの人々に理解されず、なかなかやりたいことができない人だそうです。私にはとてもお優しくていつも気遣いをしてくれる紳士でいらっしゃいます。魔人ですか? 私のいるときはそのような不気味な人物はいませんでしたが…。

 三つ目の質問、ラファエルのことでなにか思い出したそうだが…。

 ああ、そうです。ラファエル様は、自分のことで、このマルセル・デュビエールが連れて行かれることになって、責任を感じていたようです。なにかあったら、旅の引き出しを見なさいと、そっと言ってくださいました。あとで開けてみましょう。

 四つめの質問、この部屋からどうやってでるのか? 心の旅から持ち帰った荷物はどうなるのか?

 ああ、私がこの城の中のほとんどのドアを開けられる魔法のドア用マスターキーを持っております。それから、心の旅からものを持ち帰れる場所こそが、旅の引き出しです。ではよろしければさっそくお開けしましょう。

 マルセルは立ち上がり、白い部屋の隅に歩いていき、あの金属のマシンに、ハリオン家の紋章の彫られたカードキーを差し込んだ。すると、機械の壁が左右に開き、中から銀色の美しい箱が出てきた。マルセル・デュビエールはまずその箱の中から二通の手紙を取り出した。

「一通は私への手紙でございます。ええっと…『だれが犯人かわからない。この城の人物が一人、また一人と消えだした。私も危ないかもしれない。しかし、逃げ帰るわけにもいかない。ここで逃げれば、犯人の思うつぼだ。私は最後の瞬間まで戦うつもりだ。ここは危険だ。お前は早くサンジェルマン伯爵のところに帰りなさい。私の分の転送タグをお前に贈ろう。お前の本当の主人サンジェルマン伯爵のところに転送先をセットしておいた。身の危険を感じたら、すぐ玄関ホールから逃げるんだ…』。な、なんと私めのために、ご自分の転送タグを…。本当に心のお優しいお方だ…」

 レベッカが二通目の手紙を箱から取り出した。

「こっちは英語で書いてあるから、翻訳の仕事はいらないわね」

 ブライアンが受け取り読み上げた。

「聖なる王冠のカードは使い方によってとても危険な力を出す。だから決して魔人に渡してはいけない。もし、守りきれなくなったときは、私に渡してくれ。二度と使われないようにその場で処分しよう。一緒に入れておいた腕時計だが、そのマシンは…」

 二通目の手紙は、そこで途切れていた。書いている最中にラファエルの身に何か起こったのかもしれない。こちらも走り書きだった。本当に時間がなかったようだ。さらにあの箱から、短剣で見つけた金色の包み紙と銀のテープで縛られたあの宝物も出てきた。

 それを取出し、開けてみる。

「お、これはカードが一枚。聖なる王冠の、しかも神のカードだ!」

 みんな驚きの声を上げた。間違いなく神のカードが入っていた。それとゼロがいっぱい並ぶ不思議なデジタル腕時計が中から出てきたのだった。何の時計だかわからないが、人に近づけると、いくつかの数字が出る。全員で試してみると、この七人の仲間は皆同じ小さな数字、マルセルはみんなより、少し大きな数字が出る。

「何かしら? 年齢?」。

「ちがうなあ、多分。だって僕たち、それぞれ誕生日も違うのに、全部まったく同じ数字なのはおかしいよ」

「それもそうね」

 結局、この腕時計は何を表しているのか誰にもわからなかった。でもデザインが女性用なので、とりあえずレイチェルが腕にはめることにした。神のカードは、ブライアンが大事にノートの中にしまいこんだ。

「とにかく謎を解くためにも、この世界から戻るためにも、ラファエルをみつけるしかないようだ。彼が現在無事かどうかも分からないが…。とにかく何が起こったのか、犯人は誰なのか突き止めて、ここを抜け出すんだ。これからこの部屋をでて、このオリンポス城の探検に行く。いいかい?」

 みんなうなづいた。マルセルがカードキーで、白い部屋の扉を開ける。みんなは部屋を出て新たなる探検に歩き出したのだった。

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