第15話 白い部屋
今度はそこは美しい熱帯の植物園のようであった。小道の両側に繊細な葉を広げる背の高い木生シダ、その根元には、見たこともないような派手な大きな花が咲き誇っていた。近くにはせせらぎの音が響き、宝石のように輝く美しい大型の蝶も飛び回っていた。
レベッカ・スカーレットが進み出た。
「ここはきれい、楽園みたいね。でも、前に来たことがあったかしら?」
それを聞いて、レイチェル・マッキントッシュは冷静に言った。
「ここは最初の南の島で間違いないと思うけど、島のどの辺り?」
するとフリントがメモを見ながら言った。
「僕は実際歩いていないけど、まず間違いなく、あのジャングルの黒いピラミッドの反対側にあるトレッキングコースのどれか一つだろうね。このままなだらかな坂を上って行けば、また、あのピラミッドに出るはずだ。どうだい、ブライアン、そんなところだろう?」
すると実際に最初にジャングル探検の隊長をやったブライアンがあたりを見回して言った。
「ほら、向こうに見晴らし台がある、あそこから眺めると、向こう側に海が見えたところだろ。フリントのいうことに間違いはない」
確かに少し離れた茂みの向こうに小高い崖が見える。やがて、ゆるやかな坂を上りきると、ジャングルが開け、石畳が広がり、その真ん中に高さ3mほどの黒いピラミッドが再び見えてきた。
「よし、じゃあピラミッドの反対側に抜けて、滝への道に出るぞ」
ピラミッドを抜けながら、もう一度じっくり見てみる。このピラミッドの黒い壁には大きな六芒星が刻まれていたが、今から思えばこの三つのエリアの記号なのだろう。だとするとこのピラミッドは何のためにあるのだろうか…?
やっと全員が歩いたことのある、見覚えのある道に出てきた。この美しいランの咲き乱れるジャングルを進んでいけば、ヤシの林をぬけて、最初の浜辺に出る。その歩いていく途中に、あの五メートルほどの滝があるはずだ。みんな近づきながら、だんだん緊張してきた。
まず、自分たちの探している物はいったいなんなのか。もしかしてそれを見つけたら、なにが起こるというのだろうか? いいや、待てよ。あの魔人も探している様子だった。もし、それを手に入れたら、すぐに魔人がやってきて、こう言うのじゃないのか?
「反応アリ、反応アリ。よく見つけてくれてありがとう。では、さらばだ…永遠にな」
なんか、いろいろ考えると、rの手紙にもあったように、何もしないでこの世界のどこかで隠れていた方がいいのかもしれない…。でもこの世界の謎を解き明かし、元の世界に戻りたい、それは本心だ。
少し迷いを残しながら、歩いていくとやがて心地よい滝の音が響いてくる。緑のツルやシダの葉に包まれた美しい崖、底を落ちゆく豊かな水、青い滝壺、そして水しぶきと虹…。ブライアンがみんなに呼びかけた。
「みんな、足元に気を付けて、このあたりを探すんだ。隠された洞窟を探すんだ」
アイザックは石版を取出し、滝のそばで光る文字がないか確認しだす。フリントは細かい地形をメモに取り、あやしい部分がないかチェックする。女子チームは周辺を歩いて、脇道がないか、細かく調べる。フレデリックとブライアンは水しぶきを浴びながら、崖にしがみついて滝の裏側を調べる。しばらくして、フレデリックが、アイザックを呼ぶ。
「アイザック、来てくれ、ここに人工的な階段みたいな岩がある。怪しい感じだ」
なるほど、滝の裏側に三段ほどのぼれるステップのような岩がある。近くに来なければわからないような岩だが…。アイザックは石版を持って、滝の裏へと駆けつけた。
「どうだい、反応はあるかい?」
ブライアンの問いかけに、アイザックはうなづいて答えた。
「オーケー、じゃあ、光った文字を押すよ」
すると崖の裏側でゴゴゴゴと音がして、なんと壁が左右に動き、小さな洞窟が現れたのだった。いよいよ近付いてきた。みんな緊張して、中へと足を踏み入れた。
鍾乳石から、時折冷たい水が垂れてくる。みんな低い天井を気にしながら奥へと進んでいたのだ。少し歩くと天井が高くなり、薄く火があたっていた。天井の岩と岩の隙間から、光が差し込んでいるようだ。そしてその光の下に何かがきらめいていた。
「これが、そうなのか?」
それは、ゴールドの包装紙とシルバーのリボンできれいにラッピングされた十五センチ四方の真四角な箱だった。奥の岩のテーブルの上に、そのゴールドとシルバーが輝いていたのだ。
「いったい何が入っているのだろう。けっこう重いぞ」
フレデリックがその箱をわきに抱えた。
「さっそく、外に戻って中を開けてみようぜ」
だが、ブライアンがそれを止めた。
「その箱の中には魔人が狙っている物が入っているようだ。へたに開けると危険かもしれない」
とりあえず七人は外に出て相談することにした。
明るい光の中で箱をもう一度確認する。メッセージなどなにもない。石版を近づけても何も起こらない。
「厳重にラッピングしてあるということは、この箱や包みから出さなければ、何も起こらないということじゃないかな?」
アイザックの意見にみんなうなずいた。
ブライアンは昨日プラネタリウムで見つけた黄金の鍵も取出し、滝の前でこれからどうすべきか相談を始めた。
「いくつかやり方がある。まず、箱を開けて中をみること。二つ目は、このカギを使ってここを抜け出すこと。三つ目は、あえてなにもしないでこの不思議な世界で、魔人から逃げて隠れていることだ」
ここで珍しく意見が分かれた。すぐ箱を開けるは、フレデリックだけ。二番のカギを使って脱出が一番多くブライアン、フリント、レイチェル、ミランダの四人、三番のまだしばらくこの世界で隠れているが、アイザックとレベッカの二人だった。
フレデリックは、これが何であるのかはっきりさせればきっと謎が解けると主張した。アイザックとレベッカは、まだなにもわからないのに勝手に動き、わざわざ危険な目に合わなくてもいいのではと意見した。フリントは、箱を開けるとやはり、魔人に気づかれるかもしれない、だが、たぶん自分の推理では、このカギを黒いピラミッドで使えば、あの中世の城のようなところに抜けられるはず…、速くこの世界の謎を解いて元の世界に帰ろうと力説した。
結局、フリントの意見が通り、黒いピラミッドに向かうことになったが、この温度差が
不穏な予感を感じさせていた。
「ほら、やっぱりそうだ。みんなカギを使っていいかい?」
誰も反対の声は挙げなかった。みんなちょっと不安な顔をしてカギをじっと見つめた。カギをかざすと、目の前のピラミッドの大きな六芒星が光り、光る鍵穴が六つ出現した。
「どの鍵穴を使うんだい?」
ブライアンの問いにフリントは冷静に答えた。
「あの地図の中心の城には、m0という表示があった。ここにもm0の鍵穴がある。間違いない」
フリントが、そこに黄金のカギを入れてゆっくり回すと、その六芒星がゆらゆら揺れて、その隣に、見たこともない風景が見えてきた。そこはよくわからないが、広い真っ白な部屋で、何かメタリックに光る複雑な機械のようなものが少し見えた。
これがあの地図にあったお城の中なのか? どちらかというと未来の病院みたいだ…。今までにない不安がみんなを襲った。するとまたブライアンが進み出た。
「この先はやはりとても危険な気がする。ぼくが一度中に偵察に行ってくる。安全かどうか確かめてもう一度戻ってくる。それから決断しよう。どうだい?」
すると、フリントが言った。
「この意見を主張したのは僕だ。僕も一緒に偵察に行くよ。二人いた方がなにかと安全だろう?」
相談の末、二人の偵察隊が決定、ゆらゆら揺れる空間の扉の中に二人は進んでいき、その奇妙な白い部屋の中に消えて行った。時間がすごく長いようにも短いようにも感じられた。
「…すぐ、帰ってくると言ってたけど、なかなか来ないね」
女の子たちがだんだん不安になってきた。まだ、来ない、なかなか来ない。どうしようとみんなが顔を見合わせ始めた時、ブライアンが、フリントを引きずるようにして戻ってきた。二人とも激しく息をしている。特にフリントはかなり動揺しているようでよろよろしている。いったい中で何があったのだ…? ブライアンが話し始めた。
「中は近未来の医療室か何かだった。僕は僕たちが抜けてきたもう一つの出口の周りの機械を調べ、フリントは部屋の奥の大きなカプセルのようなものを調べに行った。ぼくの方はまったくわからなかった。僕が今まで見たどの機械にも似てなくて、ボタンも操作版らしきものもあまりなくて、シンプルな金属の塊のようだったが、すごく精巧に作られているようだった。突然ガタンという音がしたので見ると、フリントがカプセルの横で倒れこんでいた。これはまずいと思って、フリントを抱き起こし、今やっと連れ帰ったんだ」
みんな心配してフリントを覗き込んだ。冷静なフリントが何でこんなに興奮しているのだろう。
「…、みんなすまない。ちょうど人が入るほどの円筒形のカプセルのようなものが、奥に並べてあった。一つに近づきよく見ると、その中に、人間が入っているんだ。僕は驚いて、よく観察してみた。そして信じられないことに、その人間が自分のとてもよく知っている人物だと分かった」
「そんな、馬鹿な? いったい知っている人物って…?」
するとフリントは震えながら言った。
「その人物は絶対に間違えようのない人物…フリント・ソリッドフェイス…僕自身だったんだ」
「そんなばかな?」
「僕はあわてて、そのほかのカプセルを見た。ブライアンも、レイチェルもみんないた。ここにいるみんながその中で眠っていたんだ。そして信じられないぼくは、もう一度自分の姿を見つめた。その途端、頭の中がぐるぐる回って…その時、眠っていた自分自身が眼をカッと見開いて僕自身を見たんだ。驚いて、そして気が遠くなって…そしてブライアンに助けられたんだ」
「そんなバカな…」
みんな言葉を失った。何か大きなことがわかりかけた。だが、もっと大きな謎に飲み込まれていく。フリントは重ねて行った。
「あれは間違いなく僕自身だった。じゃあ、ここにいて話をしている僕は、いったい何者なんだ!」
進むべきか、とどまるべきか…みんなは言葉を失って立ち尽くしたのだった。
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