第14話 楽園の影

 大空を、風を切って、大群が進撃していった。大小の岩の鳥に囲まれ、空飛ぶ鯨は虚空の神殿めざして飛んで行った。見事な柱が立ち並ぶ巨大な神殿の内側は光に包まれていて、まったく見えなかった。

「クムちゃん、あなたのおかげよ。ありがとう! ファーガス、このまま飛び移るわ。いいかしら」

「オーケー。まったくあんたの向こう見ずにはあきれるぜ。ようし、行くぞ」

 鯨が神殿の横をかすめた瞬間、二人は大きくジャンプし、転がるように神殿の床に飛び移った。そして二人は装備を整えると、光の中に潜入していった。

「ひ、広い! な、なんなのここは…」

 ファーガスから少し話には聞いていたが、そこは、この地上から隔絶された空中の楽園であり、ドーム球場かサッカースタジアムほどの広さに思えた。神殿の奥には神々の森や湖、神殿の中央には数メートルもある巨大なクリスタルが浮かんでいた。

 さらにそのすぐ下にはバベルの塔を思わせる、らせん型の塔。そして塔の前には、巨大な湧水を豊かに使った庭園がある。そこの七つの泉には、一つ一つに美しい彫像や噴水がきらびやかに並んでいる。どれもどこかで見たことのあるような一級品ばかりだ。だが、腕のついたミロのビーナス、頭も腕もある完全なサモトラケノニケなど、彩色も完全で、まるで作られたばかりのようだった。その周りにはそれぞれに見たこともないような艶やかで大きな観葉植物が葉を広げ、このセリオンの大地では絶えた珍しい花々が咲き誇っていた。七つの泉の水は一つに集まり、下から上に上って行く不思議な滝を作っている。

 おかしなことに敵の本拠地に来たのにあの邪悪なものに敏感に反応するリュンコイスの瞳が、先ほどから沈黙を守っている。まったく反応しないのだ。

「やったな、奴らは我々が土砂崩れで死んだと思っている。まったく警戒されていないようだ。今のうちに急ぐんだ」

 二人は気付かれないように、慎重に真ん中の塔に近づいていく。すると塔の門が開き、お供の女官を連れた高貴な女性が出てきた。

「おや、お客様ですか?」

 気配を消して、噴水の影に隠れていたのだが、その女性はすぐにケイトに気づき話しかけてきた。ケイトは静かに立ち上がると答えた。

「…魔王がここにいると聞いて、倒しに来たものでございます。あなた様は…」

 なぜだろう、この人に聞かれると嘘がつけない…。ケイトは本当のことを言ってしまった自分に鳥肌が立った。

「魔王ですって? 恐ろしいことです。何かの間違いだとよいのですが。私はヘレナ、これからこの世のあらゆるおいしい果物や、作物が実る天使の農園に出かけるところですの。お客人、よろしければ、天使の農園はすぐこの裏ですからおいでください。今、神のフルーツが食べごろですよ。それから、どうぞこの神殿の素晴らしい庭園をご覧になってからお帰りくださいね。この聖エルラスの庭園を…ウフフ」

 完璧なプロポーション、気品ある立ち振る舞い、しかし深く優しく、子供のように無邪気に微笑むそんな人だった。ヘレナはお供を連れて、庭園の奥へと消えて行った。ファーガスが言った。

「あのヘレナっていう女は、この美しい庭園にある美術品の一つって感じだな」

「自分のためだけの楽園、聖なる泉のせせらぎと美しい自然、作られた当時の美術品、貴重な食べ物、そして絶世の美女。…ここは魔王と呼ばれた時空犯罪者が自分の夢をこれでもか、これでもかと集めたとんでもない楽園のようね」

「でも、あの女、気になることを言っていたな」

「ああ、ここを聖エルラスの庭園だと…」

 …あの七つの湧き口がある地上の泉は枯れ果てていた。だが、ここにも七つの泉がある…これはどういうことなのだ。答えはまだ誰にもわからない。ファーガスが前回のことを話し始めた。

「以前来たときは、あのらせん型の塔のような建物の最上階、空中に浮いているクリスタルのすぐ下に魔王はいた。やつはまさか自分だけのエデンの園に侵入者がいるとは思ってなかったようだ。そして、先に突入したハリーがソウルイーターにやられた。私が入ったときは、魔王がちょうど逃げていくところだった。奴は正体を知られるとまずいらしい」

「つまり、ここから先はソウルイーターが出てもおかしくない場所なのね…」

「そういうことだ。前回俺たちが失敗したので、中の警備はさらに厳しくなっているだろう。気を付けることだ」

「でも、この庭園を見てわからないことも多いけど、はっきりしたこともわかったわ。ここの美術品はすべて地球の文明の過去の遺産。それを作られたばかりの状態でここに集めまくった。方法はわからないけど、こんなことをするのは異世界の住人ではなく、間違いなく地球の時空犯罪者だということだわ」

「すると、魔王はやはり、あの容疑者リストの4人に絞られてきたってわけだな」

「きっとそうだわ。それで…もしも、私がしくじっても、助けたりしないで魔王を討つのよ。私にはキメラシステムがあるから…」

「わかった。おれの時もそうしてくれ。じゃあ、突入と行くか」

「了解」

 二人は忍者のように気配を押し殺し、慎重に塔の中に忍び込んだ。驚くことにそこは巨大な博物館だった。ピカピカの大理石の床、吹き抜けの高い天井、ダ・ヴィンチのモナリザや、ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の壁画、ピカソのゲルニカ、フィリッポ・リッピの聖母像、日本の浮世絵の写楽や歌麿、ゴッホ、ベラスケスなど、数えきれないありとあらゆる美術品が、しかも色あせる前の描き上げた当時の色彩で展示されている。どういうメカニズムなのかわからないが、時空犯罪者はこんな誰も来ない場所でこれらの美術品をコレクションしていたのだ。

 部屋の奥には、建設当時パルテノン神殿に置かれていたという、大きなアテネ象やマヤやインカの輝く黄金細工が展示されていて、その先に、階段が見えた。

「奴の部屋はこの階段を駆け上ったところだ。もう目と鼻の先だ…」

 二人は装備を整え、階段を一気に駆け上って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る