第11話 苦行の滝
七つの湧き出し口から湧き出した豊かな水が、この崖でいくつもの滝となって落ちる場所、それが恵みの瀑布である。幅数十メートルにわたって、大小の滝が見られるこの場所は、神聖な修行の場所として知られ、特に中央にある一番大きな滝は苦行の滝と呼ばれ、滝裏に石窟が掘られ、その内部は古代の見事な装飾で彩られていた。あの神殿にもあった光の神の紋章があり、それは立派なものだった。だが、今は水が枯れ果て、石窟がむき出しになっていた。虚空の城に行くには、この滝の向こう側に出なければならない。ケイトとファーガスは、崖を下ると、滝の前を忍び足で進みだした。本当なら、ここから大河聖エルラスが流れ出すのだが、目の前には荒野と砂漠が広がるばかりで見る影もない。
「うむ?」
「うん? どうした、ケイト?」
実は苦行の滝に近づくにしたがって、リュンコイスの瞳が、また警報を発し始めたのだ。
「反応はあの石窟のあたりか…? また何かが待ち伏せしているとでもいうのか?」
だが、虚空の城に急ぐには、石窟の前を通らなければならない…。ケイトは慎重に進み始めた。
だが、あの枯渇した苦行の滝に近づくにしたがって、警戒音はさらに強くなる。
「あの、滝のあたりに何かが隠れている。さっきの魔人とは違うが、強烈に邪悪な波動が出ている…。おや、あの古代の神の象か? なんであんなところに…?」
滝の水が落ち込む辺りには、彫刻のある石窟があり、あの石化神のペルソナ・フォボスに似た、でももう一回り大きな古代の神が座っている。だが奇怪なのは、先ほどの奴らとは違い、あの戒めの象形文字が全身にびっしりと書き込まれている。この石化神から邪悪な波動が出ているとは考えにくい、何者かが近くに潜んでいるのだろう。
さらに近づく。ますます邪悪な波動が強まった。
あの座っている石化神はピクリとも動かず、あやしいものも確認できない。いったい敵はどこにいる。この邪悪な波動の出所はどこなのだ。
その時、下で見張っていたファーガスが叫んだ。
「ケイト、やばいぞ。急いで逃げろ!」
あっという間の出来事だった。地震のように大地がうなったかと思うと、苦行の滝に向かって岩山の陰から、荒野の向こうから、あちこちから、巨大なものが次々と飛び出してきたのだ。それは、小山のような石化獣の群れだった。
次から次へと暴れ牛のように飛び出してくるのは、この間見たデウムと呼ばれる岩の巨人たち、その頭の上には、あの大小の鳥の群れ、小さいのがクムで大型がコペルカナンだ。さらに数十体の巨人たちに続き、見たこともないライオンやゴリラのような岩の巨大生物たちがこちらに向かってくる。ライオンのようなウォルドラ、見事な角を持つカモシカのアルカペリア、巨大なゴリラのギロガムス…すごい迫力だ。
そして、滝の周りに次々に群がり、じわじわとケイトやファーガスに迫ってくるのだ。だが不思議なことに、あんな勢いで迫ってきたのに、そばで立ち止まりなかなか襲ってこない。そしてついに二体の岩の巨人デウムが地響きとともに近づいてくると、ケイトやファーガスにつかみかかった。
「逃げろ!」
「グワオッ!」
巨大な腕が二人の体をつかみにかかる。二人はさっとよけたが、勢い余って崖が大きく削れる。動きが遅いからすぐには捕まらないが、どうしたらよいものか?
一か八かで、二人で、横に飛び出す。だが、いけると思っていたが、さっと別の岩の巨人が立ちふさがる。まずい…。しかも二人が滝から少し離れると、岩の怪物たちの動きがおかしくなってきた。
みるみる岩の怪物たちが滝の周りを取り囲み、うごめいて、もうどこにも逃げ場がない。
「しまった、私たちが滝のそばにいたから、思い切った攻撃をしなかったんだ。あの滝には何か彼らが攻撃できないものがあったんだわ」
でも、もうあとの祭りだった。滝から離れた二人に本格的な攻撃が始まろうとしていた。
「まだだ、まだなにか方法がある。」
ケイトは巨大な腕を何度もよけながら、それでもあきらめなかった。ファーガスはダメもとで波動ボムを用意していた。だが、これを使ったら、奴らはさらにパニックになるだけ、こちらの危険も増すに違いない。しかもそのうち、さらなる恐怖が訪れた。長老が言っていたとんでもないものがこちらに向かって一直線に飛んできたのだ。
「岩の鯨、エルマスだ。奴はその巨体で体当たりしてくるぞ。これは、よ、よけきれない…!」
岩の巨人より、さらに二回り大きな空飛ぶ空母のような鯨が空に見えた。岩の体にあの赤い模様が不気味に浮かび上がる。巨人たちがサッと左右に分かれ、身を低くした。
「グオオオオオーン」
鯨は特大の唸り声をあげながら突進してきた。だがその時ケイトは、ファーガスに何か合図をした。
ズガガガガーン。
ものすごい地響き、立ち込める土煙、崖は大きく崩れ、そして、その巨体がめり込み、えぐるように鯨は反転し、そして再び空へと飛びあがった。
ケイトとファーガスの姿はどこにもなかった。巨人はしばらくそのあたりを探していたが、やがて後ろに下がって行った。崖の上からはテュフォンが見下ろしていた。
「石化獣がなぜ、あの滝にこだわるのかはわからぬ。だが、これで倒す手間が省けた。奴らは土砂の下か。これだけひどい衝突では、探すことも困難だ。ハハハハハ…」
崖の下には多量の土砂が積もっていた。巨大な石化獣はいつの間にか数百体に膨れ上がり、崖を取り囲んでいた。だがその時、ケイトは生きていた。ファーガスとともに鯨の背中にグリフォンのカギヅメモードで必死に食らいついていたのだ。最初は落ちないように食らいつくだけで命がけだったが、やがて上空に出ると、鯨も落ち着き、やっと楽になってきた。だが、ファーガスが叫んだ。
「おや、一難去ってまた一難だ。石の鳥の群れに突っ込むぞ。頭を下げるんだ」
上空に群れていた石の鳥が、バサバサバサっとすぐ近くを通り抜けていく。もしぶつかれば、一発で墜落だ。しかも、集まった石化獣を見下ろすと、その数は数百匹におよび、まだ興奮して動き回っている。この大群の中に紛れたら、命はない。見下ろす光景はまことに壮観なものだった。
「おや?」
その時、一羽のひびの入った石の鳥が、ケイトのすぐ目の前に降り立った。
「クムね。来てくれたのね。ありがとう」
クムはまた人懐っこく、ケイトに近づいてくる。
「ケイト、平気か、そいつにかかわらない方が…」
「ちょっと待って。私に考えがあるのよ…」
「…ねえクム、私あそこに浮かんでいる虚空の城に行きたいの、あっちに行くように鯨さんに言ってくれないかしら?」
ケイトは、伝わるとも思えないのだが、身ぶり、手振りを交えて何回も同じことを繰り返した。するとそのうちクムは前方方向を向いて、大きく鳴き出した。
「ピィー!」
すると、どうしたことだろう。空飛ぶ巨大な鯨は大きくカーブを切って、虚空の城の方に飛び始めた。
鯨と、鳥の大群に囲まれながら、ケイトとファーガスは虚空の城に近づいて行った。いよいよ魔王との戦いだ。
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