第9話 湖水地方

 明るい森の中に神秘的な泉が湧き出て、小さな流れを作っていた。あっちでも、こっちでも小鳥がさえずっていた。七人が、泉からの小川に沿って石畳の小道を歩き出すと、古い水車小屋があり、その先に可憐なお花畑が広がっていた。

 そしてお花畑を抜けると、小道はひっそりと森の中に入って行く。

 急流の音をはるか足元に聞き、ぐらぐら揺れる長いつり橋をはらはらしながら渡る。そこは奥深い山の中のトレッキングコースといった山道だった。でもあまり急な坂もなく、道はまたしっかり整備されていて、歩きやすかった。途中には、数百年の古木や、珍しいキノコなどもあり、あちこちで珍しい小鳥の声が響いてきた。フレデリックは早速長い木の枝を拾って枝先や小枝を落とし、まっすぐな棒にして、振り回していた。レベッカ・スカーレットは早くもどんぐりや松ぼっくりを拾っていた。だが、そんな森の道を二時間も歩いた時、道は川に当たって途切れていた。川はあちこちに白い波が見える渓流で、歩いて渡るのは不可能に違いなかった。

 みんなそこで立ち止まって、ほかの道を探すか、それともイカダでも作るかなど話し合った。アイザックが、もしかしてと、例の文字を操作してみた。すると、上流から光とともに不思議なゴムボートが流れてきた。そしてみんなの前で、ぴたりと接岸したのである。早速乗り込もうとする男子たち。でも今度はレイチェルが慎重になっている。

「わたし以前ゴムボートに乗って渓流下りをしたことがあったけど、その時はちゃんとインストラクターが指導してくれて、ちゃんとライフジャケットとヘルメットを着用して乗ったわ。第一知らない場所で、間違えて滝にでもぶつかったら、全員死亡ってこともあるのよ。すぐに乗っていいものかしら」

 なるほどもっともだ。だが、フレデリックがボートの後ろの箱の中から、すぐにライフジャケットとヘルメットを取出し、それをレイチェルに無理やり渡し、強引にボートに乗せた。レイチェルの怒りはちっとやそっとではおさまらず、その険悪な空気の中で、ボートは出航した。

「ウヒャー!」

「ホオオオウウウ!」

 右に左に、上に下に、大きく水しぶきとともに揺れるボート。水をかぶり、みんなは歓声を上げながら下って行く。すこし緩やかな流れになる。レイチェルはまだ怒っている。そしてまた白波が建つ急流へ! 歓声をあげて、またスピードを上げるゴムボート。

「うお!」

 ボートは小さくジャンプをして、大きな水しぶきとともに難所を抜けた。

 穏やかな流れに入ると、急にレイチェルが叫んだ。

「ほら、向こう岸に船着き場が見えるわ。ちょっと、何とかして、通り過ぎちゃうじゃない」

 でもみんなにはどうしようもなく、ゴムボートはその前をゆっくり通過すると、やがて川は大きく幅を広げ、広い湖へと流れ込んだ。ゴムボートは、ゆっくりカーブすると、また不思議な建物の横の船着き場に進んでいった。

 それは八角形の大きなログハウスで、太い丸太で組まれたやぐらの上に載っていた。大きな一本柱のまわりに、いくつもの木でできた巨大な歯車があり、からくり小屋のような外見だった。やがて船が完全に接岸すると、やぐらの横にあった木の階段が、大きな歯車の回転とともにせり出てきて、丸太小屋につながった。七人はライフジャケットやヘルメットを元に戻すとゆっくり木の階段を上って行った。警戒しながら静かに登って行く。やはり人影は全くないようだ。七人が中に入ると、静かに照明が付き、中には暖かい空気が広がった。壁はすべていい味わいの丸太で、八方の壁に額縁に入った木彫の魚が飾ってある。八角形の真ん中には大きな柱が支え、その周りを包むように戸棚が置かれ、各種釣竿やルアーなどの釣り具が所狭しと並んでいる。戸棚の横には大きな梯子があり、昇ればロフトにベッドが並んでいた。

「あれは木のテーブル、こっちは木の机、これは、これはいったいなんだろう」

 それは今上ってきた階段のすぐ横にある、机のようなものだった。机の上には二十種類ほどの魚、マス、イワナ、バス、ナマズ、コイなどの小さな木彫りが並び、机の下には木の歯車がいくつもついていた。

「なんだろう、これ。木彫りの魚図鑑かな? 魚の色まで、実によくできてるなあ」

 フレデリックとフリントが釣り具をさっそく触って、釣りに行けないかと話し始めた。女子チームは大きなガラス窓から外を見て、しきりに歓声を上げていた。深い青い湖や、黒い沼、緑の湿原のような湖など、この建物の周囲には5つの大小の湖があり、ちょうどここが真ん中なのだという。石版を持ったアイザックとブライアンは、部屋の中をあちこち歩き、ロフトに登ったりして、いろいろ探したが石版の光る場所はなかなか見つからなかった。だが、しばらくして、外を見ていたミランダが、急に外を指さして震えだした。異常に気付いたレイチェルがそれを確認すると、小声でみんなを呼び集めた。

「部屋の照明を消して。みんな、外から見えないようにしゃがんで。黒い空間のゆがみとともに、不気味な人影が遠くからこっちにやってくる。湖の上を歩いてね」

「魔人か?」

 するとミランダが答えた。

「たぶん間違いない。見ただけで、背筋が凍るような感じよ」

 すぐに照明が消され、七人はしゃがんでテーブルの陰に身を寄せた。そのうち不気味な風の音が近づいてきた。なんだろう、ものすごい威圧感に胸が張り裂けそうになる。

 やってくる。魔人がやってくる。そして、その風の音は、やぐらを上って、すぐガラス窓の外に近づいてきた。まずい。みんな体を小さくしてテーブルの下に隠れた。フレデリックは一瞬外を見て体中が震えた。黒い空間のゆがみの中から、黒い人影がこの建物の中を覗き込むようにゆっくり飛んでいるのだ。そして、恐ろしい声がしてきた。

「反応なし…反応なし…くそ、ラファエルめ、いったいどこに隠したのだ…」

 しばらくすると黒いゆがみは魔人とともに飛び去り、湖は元の明るい場所に戻った。七人は肩で息をして、しばらく動けなかった。

「あれが魔人か…。もう終わりかと思った…」

「ねえ、あの手紙にあった、rってイニシャル、ラファエルって名前ってこと?」

 七人はあわてていろいろ相談を始めた。

「あんまりゆっくりしてもいられない、また魔人が来るかもしれない。なんでもいい。小さな手がかりを集めて、先に進むんだ」

 ブライアンの提案に、みんな手分けして、もう一度この建物の中を探し始めた。

 ブライアンとフリントは、例の不思議な机のようなものを調べだした。

「あれ? この魚の図鑑の下に、何も入っていない木のパネルみたいなのがあるよね。これなんだろう」

「もともと入っていたものがはずれたのかなあ。でも周りには何も見当たらないし」

 そのうち、ブライアンがハッと思い立った。

「アイザック、石版を持って、こっちに来てくれ。これはもしかするともしかするぞ!」

 あわてて駆けつけるアイザック。ブライアンは石版を受け取ると、地図の下のパネルに石版をはめ込んだ。

「ほら見ろ、ぴったりの大きさだ。おお、光が…」

 なんと石版を小さなパネルにはめた途端、魚の木彫りの図鑑が光りながら左右に割れてスライドし、パネルの下から、この五つの湖のあるエリアの木彫りの地図が現れたのだ。

「へえ、かっこいい。なんか、操縦席みたいだ」

 アイザックが感心した。でも、まだ石版の文字は光らない。なにかまだ足りないのだ。

 すると後ろから来た女子チームが、図鑑の木彫りがかわいいと、覗き込んだ。かわいい物好きのレベッカ・スカーレットは、アクセサリーでも手に取るように、魚のフィギュアに触ってみる。

「かわいい、よくできているわ。ちいちゃいけど本物みたい。うわ、ザリガニもいる」

 その時だった。ザリガニの背中を撫でると、なんと地図の五つある湖のうち、レッドと書かれた湖が赤く光ったのだ。

「ザリガニって、このレッドっていう湖にいるのかしら」

 みんな面白がって、いろいろな魚の小さな木彫りに順に触ってみた。大きなナマズはブラックの沼、イワナやマスは今ボートで下ってきた渓流のある白波の建つホワイトの湖、オオクチバスはグリーンの湖といった具合だ。みんなが夢中になっていると、やっとアイザックが微笑んだ。石版が光りだしたのを見逃さなかったのだ。

「みんなのおかげでやっとここでの石版の操作がわかってきた。試させてくれ、どうだい、みんな、どこの湖に行きたい?」

 するとフレデリックが、答えた。

「やはりブラックだな。エルダーフラワーヒルにある沼に似ていてちょっといいかも。おれ、ナマズ釣りは結構得意なんだぜ。じいちゃんとよく通ったもんだ」

 するとアイザックはうなずいて、ナマズのいる湖を光らせ、そして石版の光る文字を押した。その途端、地震のような揺れと、大きな歯車のきしむ音、そして窓の外の風景がゆっくり回り始めた。

「うわ、どういうこと、丸太小屋が回り始めたんだわ!」

 あわてるレイチェル、しかし気が付くと丸太小屋はやぐらの上で回転し、ブラックの沼の方向に向きを変えていたのだ。そしてガタンと大きな音がすると、あの階段がせり出て、今度は黒い沼につながった。そして階段から外を見下ろすと、木製のしゃれたボートが接岸していた。フレデリックが早速ナマズ用の釣竿と仕掛けを持って、にこにこして降りていく。みんなは話し合って、次の扉を探すという目的もあり、操作係のアイザックを残して、出かけて行った。それぞれの湖には、それぞれの専用のボートがあり、みんな初心者も釣りマニアもウキウキして出かけていった。

 待っている間、急にひらめいたアイザックは、パネルにはめたままの石版をいろいろ操作していた。

 やがてしばらくして、フレデリックのボートが帰ってきた。

「ブラックの沼には特に何もなかったよ。でも見てくれ、大物を釣り上げたよ。見てくれよ、アイザック」

 フレデリックはアイザックに見せようと大ナマズをビクから半分持ち上げた。その瞬間、ナマズははねて、沼の中に逃げて行った。フレデリックは言葉を失って立ち尽くした。

「まあ、落ち込むなよ。今の大物は確かに俺が見たからさ」

 次に女子グループが、大きなアミにいっぱいの獲物をとってきた。

「見てよ、こんなのが網で浅瀬をすくうだけで採れるのよ。しかもザリガニだと思ったら、ロブスターみたい。ねえ、これ食べようよ」

 ミランダがはしゃいでいた。しかも女子チームはやぐらの下に、大きなバーベキュー台を発見したのだ。炭も、着火道具もそろっている。すぐに火をつけ、ロブスターのバーベキューを作り始めた。

 そして、グリーンの湖に行っていたブライアンたちが息せき切って帰ってきた。

「おい、アイザック、お前俺たちが出かけている間に石版をいじらなかったか?」

「ごめん、なにかまずかったかい? うん、みんなに言わないで試すのは悪いと思ったんだけど、ちょっとひらめいたことがあってね。試したけど、こちらでは何も変化がなかった」

 本当はアイザックの思いつきは約束破りで怒られるところだが、ブライアンは小さいことにこだわるようなリーダーではなかった。

「でかしたぞ、アイザック」

 なんでも、グリーンの湖の奥に小さなボート小屋を見つけ、なにかあやしいと目をつけていたら急にボート小屋が光ったのだと言う。急いでその中に入ると、小さなテーブルが光って、第二の手紙が現れたのだという。なんというグッドタイミング。すぐにフリントがメモをしてうまく内容を書きとめたというのだ。

 さて、それから七人は上に上がり、ロブスターパーティーだ。みんなむしゃむしゃかぶりつきながら、うまいと歓声を上げた。

 そして、逃げた大ナマズがどれだけ大きかったかとか、こっちだって逃がしてきたけど、大きなマスはすごかったと自慢話に盛り上がった。

「それでは、第二の手紙の内容を発表します。フリント・ソリッドフェイス、よろしく頼む」

「これはちょうど、僕とブライアンが小さなボート小屋の探索をしている途中で見つけた二番目の手紙です」


…君たちはこの世界で

魔人から隠れていたほうが安全かもしれぬ。

でも抜け出す必要もあるかもしれない。

例のものを見つけたなら、

「カギ」をさがせ

「カギ」はあの場所だ。

永遠の星空と黒い月の下、黄金のピラミッドを見るがいい。

              r


「以上です。我々は最初の手紙にあったように、何かを探さなければならない。そして、ここから元の世界に戻るためには「カギ」を探さなければならない。今度のキーワードは永遠の星空と黒い月の下、黄金のピラミッドです。少しでも似ている物があれば教えてください。お願いします」

 あれだけ山盛りにあったロブスターはカラの山となり、七人は疲れ切って、ロフトのベッドで倒れこむようにまた眠った。残念ながらその夜は少し曇っていて、星はあまり見えなかった。

 次の朝、また、洋服は新品に戻り、疲れは吹き飛び、あんな山盛りのロブスターのカラは消え去っていた。いいことだけど、いったいなぜ。しかも夕べは気付かなかったが、朝一番でフレデリックが、すごいものを発見した。

「みんな、見てくれ。ブルーの湖の真ん中に小さな島ができて、次の扉らしきものが見えるぞ!」

 みんな、驚いて窓際に集まる。昨日の手紙が出現したのと一緒に、すでに現れていたのではないかと推測された

「じゃあ、みんないいね。次のエリアに出発します」

 ブライアンが指示して青い湖に目的がセットされた。丸太小屋はまた動き、青い湖には龍の頭のついた大きなボートが接岸した。

「出航!」

 一番深そうな、どこまでも青い湖を船はすいすい進んでいく。時々、何か大きな魚がボートの下をゆらりと泳ぐ。この湖には、超大物のベルーガというチョウザメがいるらしい。四メートルにもなる最高級のキャビアのとれる種類だ。

 その神秘的な青い湖の真ん中近くまで船は進んでいった。

「みんな見ろよ、間違いない次の扉だ」

 真っ青な湖の真ん中に黒い岩が少しだけ頭を見せ、その上にあの白い古代文字の書かれた黒い扉が建っていた。

 ボートが近づくと、古代文字が白く光り、ドアが開いて次の風景が姿を現した。それは、地平線まで続く広大な砂漠と、不思議な形の岩のある風景だった…。

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