第7話 時空の扉

 海鳥の声で目が覚めた。ゆっくり顔を上げると頬から白い砂が滑り落ちた。

 冷静なフリント・ソリッドフェイスはあたりの状況を分析した。

「僕たちは、あの魔女屋敷のそばのエルダーフラワーの木に不思議な光がともっているのを見つけて、…それから…思い出せない。ここはどこだ?」

 背中の方からは波の打ち寄せる音、気が付くとまわりに仲間が眠るように横たわっている。

「おはよう。フリント・ソリッドフェイス。ここは見たこともない美しい浜辺だ。少なくとも、僕の記憶にはない」

 一人だけ、リーダーのブライアンが起き上がって、空を仰いでいた。

 やがて、ほかのみんなも目を覚まし起き上がった。みんな周りを見渡しきょろきょろしていた。ブライアンが確認したが、なぜ、どうして、ここにいるのか誰一人記憶になかった。

 困ったのは、みんなの持ち物が完全に失われたことだ。リーダーのブライアンの古代の歴史や神のカードに関する詳細な文献や研究資料、レベッカのご自慢の辞書もミランダの水晶のついた鎖も、アイザックの高性能ラップトップも勿論、レイチェルのお得意のタロットカードも一枚もなかった。なぜか携帯も腕時計でさえ一人も持っていなかった。みんな着の身着のままだった。

 それにしても美しいビーチだった、やさしい海風に向かって波打ち際を歩けば、打ち寄せる波の向こうはエメラルドグリーンの海が広がっていた。ブライアンが何かを見つけ、海を覗き込むと、宝石のような小魚が泳いで行った。レベッカはさっそく赤やピンクの貝殻を拾い集めていた。

「おおーい、こっちに道があるぞ!」

 理屈より行動派のフレデリックは、こういう時は頼りになる。フレデリックは石畳の小道を見つけ、みんなもそちらに歩き出した。

 最初はヤシの木の林が続き、しばらく歩くと、突然熱帯のジャングルが目の前に現れた。

「どうするみんな?」

みんな不安だったが、もう少し行こうということになり、先に進んでいった。そこは繊細な木生シダが葉を広げ、ランや南国の色鮮かな花々が咲き乱れる、楽園のような場所だった。

「おい、見ろよ、滝だ」

 5mほどの緑に覆われた小さな崖の上から、勢いよく水しぶきを上げて水が流れ落ちていた。そこに強い日差しを受けて、虹が輝いていた。そして、さらに道を行き止まりまで行くと、そこには黒い小さなピラミッドが忽然と現れた。高さ3mほどの黒い石でできていてあちこちに古代文字が刻んである。

「ここに大きな図形があるぞ? いったいなんだろう」

 ブライアンがそのひんやりした表面をそっと触った。

 その黒い壁の側面に、三角形を二つ組み合わせた大きな六芒星の文様が刻まれていた。フレデリックは頭を抱えて叫んだ。

「これはいったいなんなんだ? ここはいったいどこなんだ。僕たちはいったい、どうしてここにいるんだ」

 フレデリックの嘆きに答える者は誰もいなかった。

 少年少女7人は道を引き返し、もう一度浜辺に戻り、作戦を立てることにした。

 ヤシの木陰でとりあえず決まったのは、この浜辺の周辺の捜査だった。

「何か筆記用具があればいいのだけれど、だれも、ハンカチひとつ、何も持っていないのだから仕方ない。とりあえずはぼくにどんなことでも教えてくれ。頭に入れておくから」

 チームの記録係、フリント・ソリッドフェイスが言った。

 理論派のブライアンと行動派のフレデリックがそれぞれ分かれて二つのチームを率い、この浜辺の短剣にでかけることになった。

 ブライアンと女子3人は先ほどのジャングルをさらに詳しく、フレデリックたち男子チームはこの浜辺をさらに先に進んで探索することにした。

 フリント・ソリッドフェイスは連絡・記録係としてヤシの木の下で待機していた。

 フリントはチームの帰りを待って、しばらく海を見ていた。こんなわけのわからない状況でなければ、なんと素晴らしい場所だろう。あの石畳の小道もとてもよく整備されているのに、人っ子一人いない。究極のプライベートビーチだ。

 やがて数時間して、ブライアンのジャングル女子チームが帰ってきた。

「…あのピラミッドから先に、反対側に通じる何本もの小道があり、それぞれに小川の川ぞいの道や、大きな川のマングローブに通じる道、花の咲き乱れる道などがあり、少し歩いてみて分かった。ここは島だ。ジャングルの小高い崖の上から見渡したら、向こう側にも青い海が広がっていて、陸地はなかった。」

 島…? ここからの脱出の可能性がグーンと小さくなった。でも一緒に帰ってきた女の子たちは明るくはしゃいでいた、まるで楽しいピクニックにでも行った帰りのようだった。

「だって、崖からの眺めは絶景、どの道もテーマ別のハイキングコースみたいだし…。本当に気持ちよかったよね」

 レベッカ・スカーレットが楽しそうに言った。

「でも、ここは自然の島というより、ものすごいお金かけてリゾート地に作られたところって感じね。あらゆることが行き届きすぎているわ。石畳もいろいろなコースもね」

 レイチェル・マッキントッシュが付け加えた。すると遠くからフレデリックの男子チームが走ってきた。

「おーい、みんなこっちにくるんだ。不思議な建物を見つけたぞ」

 みんなざわめいた。そして立ち上がりそちらに走って行った。白いビーチの先に黒い岩に囲まれた磯場があり、そこから長い橋を渡るとサンゴ礁の真っただ中に、客船を思わせる一階が藍色で二階三階が白い積み木を重ねたような建物があったのだ。

 みんな音をたてないように静かに近づいて行った。

 フレデリックが言った。

「ブライアン、今のところ人影はない、どうする? 中に入ってみるかい?」

 ブライアンは、しばらく考えて、こう言った。

「まずはリーダーの僕が一人で様子を見に行って来よう。みんなはここで待っていて、僕からの合図を待つんだ」

 ブライアンは、すぐに歩き出した。みんな緊張してそれを見守っていた。大きな岩の先から、斜めに海に突き出した長い橋を渡り、どんどん海の中の客船のような建物に近づいていく。そして、デッキの上に突き出たような、二階部分の建物の中に消えていく。何もおきない。みんな顔を見つめ合った。と、ブライアンがすっと出てきてみんなに向かって叫んだ。

「やっぱり誰もいない。みんなくるんだ」

 みんなばらばらと橋を進みだした。自動扉がスーッと開いてみんな中に入った。

 そこは涼しい空気と安らぎの間接照明、木製の調度品の配置された落ち着いた空間だった。奥には大きな木製のらせん階段があり、上にも下にも行けるようになっていた。

 籐のソファ、麻のクッションやソファ飾り、壁には鮮やかな熱帯の花々をデザインした壁飾りがある。

「本当に誰もいないのか。ここがどこで、僕たちはどうしたらいいのか、なんでもいい、確かめようよ。みんな、手分けして探索だ」

 建物はどうやら三階建てだった。みんな2、3人ずつに分かれて調べだした。女子たちはらせん階段を下り、一番下の部屋へ。そこはまるで船のような丸い窓や昔の木製の舟の舵がついている、その横には、古い世界地図と錨の壁飾り、お洒落な部屋だった。中心に丸いテーブルがあり、そこに大きな羅針盤が配置されていた。

 ブライアンとフリントは三階に上って行った。そこは古めかしい調度品の机のある書斎と、大きな窓から青い海が見える、いくつかの寝室になっていた。書斎の周りには珍しいカニや貝の標本が並べてあった。やはりどこにも人影はなかった。でも、中はどこも掃除をしたばかりのようにピッカピカだった。その時、下からフレデリックの呼ぶ声がした。ブライアンたちが駆けつけると、アイザック・ハミルトンが不思議な石版を持って、そこに立っていた。そして、二階の大きなテーブルの上には、フルーツの盛られた大きなかごが置いてあった。

「いったい、どういうことなんだ?」

 するとアイザックがその石板をみんなに差し出した。十センチ四方の黒い石版で、いくつもの象形文字が刻まれていた。

「最初にフレデリックがテーブルの上にメタルブラックに輝く黒い四角い箱のようなものを見つけた。表面は小さな四角に仕切られて、その中に色はないが同じような文字が並んでいた。よくわからないとフレデリックが僕に渡してきた。僕は一瞬見てこれはルービックキューブに似たパズルだと分かった」

「さすがアイザック・ハミルトンは、理数系だよ。僕にはまったくわからなかったんだけど、ものの数分カチャカチャ操作して、すべての文字を面ごとにそろえてしまったんだ。そしたら、そのキューブが光りだして、その中から今度はこの小さな石版が出てきたんだ」

「きっとこの石版は大事なもので、金庫代わりにパズルに封印しておいたんじゃないかな。でもこれはなんだろうと思って石版をこっちに運んで来たら、文字の一つが光った。何気なしにその文字を押すと、机の上が光って、突然フルーツが出てきたんだ。どういうことだろう?」

「奥においてあったときは光らず、移動したら光ったのか。じゃあ、こっちのらせん階段の方に持ってきたらどうだい?」

「よし。やってみよう」

 するとなんということ、今度は二つの文字が光り始めた。

「どうする、押すかい? 押すのをやめるかい?」

「押してみよう。」

 みんな緊張した。アイザックが光る文字の一つを押した。すると、らせん階段の下の階の方で何かが光り、女の子たちの叫び声が聞こえてきた。

「まずいぞ。急ごう」

 らせん階段を下りた男子チームは驚いた。なんと一瞬して一階の床がガラスのように透き通り、海底が手に取るようにわかるのだ。女子たちの悲鳴は海底のサンゴ礁のあまりの美しさに対する声だったのだ。しかも好奇心バリバリのミランダ・カペラピスがゆっくりと木製の舵を回すと、建物がゆっくり弧を描くように動きだし、白い砂からサンゴ礁、そして大きな魚の群れる深い岩の斜面にいたる海底をゆっくり動いて見せてくれるのだ。

「わー、もっと右、右。すっごい、きれいだわ」

「その石板、もう一度やってみようぜ」

 男子たちは二階に戻り、もう一度光り始めたもう一つの文字を押してみた。すると今度は、三階で何かが光った。早速上って行くみんな。でも今度はさっと見回しても大きな変化はない…? いいや、フリントが見つけた。

「みんな見てくれ。さっきはなかった手紙が、書斎の机の上にある。」

ブライアンがその手紙をそっと手に取って読みだした。

…すまない。君たちを送り込んだのは私だ。

急がないと、魔人がやってくる。

引出にどこでも持ち歩ける筆記用具を用意した。

すぐにメモをとること。

大きな三日月の

落ちゆくところ

隠された洞窟の奥に

それはある。

r…

 引出を開けると、一本のペンとノートが入っていた。フリントが早速メモを始める。

「rって誰だ?」

「この手紙の内容を信じていいのか?」

「まあ、ともかく、下から女子たちを呼ぶんだ」

 女子が来て、もう一度ブライアンが内容を読み上げた。

「じゃあ、私たちにその何かを探せっていうわけ? なぜ、どういうわけ?」

 レイチェルが聞き返した。レベッカは不安そうだった。

「ところで、魔人ってなんなの、ここに追っかけてくるわけ?」

 ミランダ・カペラピスはもう、謎ときにはいっていた。

「大きな三日月ねえ…どっかにあったかしら…」

 なんにしても手掛かりが一つ見つかっただけでみんなは前向きになってきた。ところが読み終わって少しすると、手紙は光の霧になって、消えてしまったのだ。魔法を見ているようだった。

「みんな、心配しないで、もうきっちりメモしてあるから」

 それからみんなは、謎の言葉を推理し合ったり、アイザックを中心に石版の操作の研究をしたり、浜辺を歩いたり、下の部屋で海底を眺めたりして、そのうち日が暮れてきた。石版は、かってに操作せず、緊急時以外はみんなの承諾を取ってから操作することになった。

 三階の個室からは雄大な夕暮れがショーを繰り広げ、やがて、海と空が溶け込んで、夜がやってきた。みんな二階の突然現れた山のようなフルーツを夕食代わりにして、やがて、三階の個室に分かれて、倒れるように眠り込んだ。そして次の日の朝、ありえない状態に驚くことになる。

 最初、女の子たちの部屋から、おかしな声が上がる。どうしたのかと、男の子たちが駆けつける。

「ねえ、おかしいと思わない? おかしすぎるわ。昨日波にぬれて、砂まみれになったズボンがまったく新品みたいにきれいになってるの。それにシャワーも浴びていないのに、体はさっぱりしていて髪の毛も全く乱れていない。私なんか前髪整えるだけで毎朝十五分以上かかっていたのに。考えたら、昨日、フルーツだけしか食べてない。でも、のどが渇いたなんて一度も思わなかったし…」

 そう言われてみれば、男子チームもあれだけ走り回ったのに、どこも汗くさくない、風呂上がりみたいだ。洋服も新品同然だ。汚れひとつない。トイレにも誰も一度も行っていない。体調も良く、疲れひとつ残っていない。

「まだこの世界は、わからないことばかりだ。でも、大事なのは前に進むことだ」

 ブライアンが言った。するとアイザックが手を挙げた。

「リーダー、実はこの石版がこの世界を動かす、コントローラーのようなものだとわかってきた。そして一つ、どうしても気になる文字があるんだ」

 それは矢印の文字だった。光りはしないが、その矢印と船の形をした文字だけが別に並んで刻んであるというのだ。

「この二つを同時に押してみたらどうだろう」

 みんなの意見が一致し、石版の文字が押された。その途端、建物全体が光った気がした。

「な、なんだ?」

 すると二階の海側が大きく開き、海に降りていく階段が姿を現した。

「なんだこれは、船着き場か?」

 みんなが、手すりをつたって静かに降りていく。すると目ざといミランダ・カペラピスが水平線を指さした。

 沖の方からゆっくりと、不思議なモーターボートのようなものが近づいてきて、そして階段の下に接岸した。

「僕は勇気を出して、このボートに運命をゆだねようと思う。どうだい、一緒に来るかい?」

 ブライアンの言葉にみんな最初は躊躇して固まっていたが、一人、また一人乗船希望者が増え、男女7人は結局全員乗船した。すると船はゆっくり動き始め、どこに向かっていくのか、出航したのだった。

 乗ってみて驚いた、船には舵もなく、動力のようなものもなかった。どんどん沖に出るのかと思えば、どうもそうでなく、島の周りをゆっくり回って行くようなコースだった。

 何人かは不安になり、何人かはその次々と変わる海の色や、海岸の絶景などに目を奪われていた。

 船はやがて大きく陸地側にカーブし、大きな岩に向かって進みだした。大丈夫なのかしらと不安がるレベッカ・スカーレット。だが、近づくと、大きな岩と岩の間に洞窟のようなトンネルがあり、船はどうやらそこに入って行くようだった。

「わあ、きれい、秘密の入り江ってところね」

 低い洞窟の天井に頭をぶつけないようにしながらそこを抜けると、美しい入り江が広がっていた。やがて船は浅瀬で停止、みんなが下りると、また元のコースへと帰って行った。

 奥の崖に涼やかな滝が流れ、昼寝に絶好の岩陰、そして小さな貝殻でできた浜辺、熱帯魚が泳ぐ潮溜まりなど夢のような場所だった。みんなはしばらくそこではしゃいで遊び、探検を始めた。フリントはその間も、新しい場所の地図をメモしていた。そのうち、偵察隊のフレデリックが騒ぎ始めた。なんと隣にも似たような秘密の入り江があるらしい。早速みんなで行ってみることにした。

 そこは、さっきの秘密の入り江とそっくりだが、そこにある砂が違うのか、緑色の浅瀬が広がっていた。みんなは誰言うともなく、蒼い入り江と緑の入り江と名付けた。

 だが、緑の入り江に近づいた時、アイザックが叫んだ。

「石版の象形文字がまた光りだした。今度は扉を現す文字だ」

 みんなの承認を取って光る文字を押す。

「おおお!」

 するとなんということ、緑の入り江の波打ち際に、光とともにこつ然と大きな扉が現れたではないか! 駆け寄るみんな。その大きな黒い扉には、白い魔法文字が浮かび上がり、打ち寄せる波に立ち向かうように、その扉は静かに開き始めた。その向こうには、海ではなく、緑に覆われた美しい森、そしてこんこんと湧き出る静かな泉が姿を現した。みんなは覚悟を決めて、その中に足を踏み入れたのだった。

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