第6話 第一神殿
「また神官の道がふさがれている、ケイト、bの3の経路に変更だ」
「了解。これがやつらの作戦なの?」
砂漠を突っ走り、無数の砂の兵団を全滅させ、砂嵐の魔人を振り切って、地下の大迷宮に飛び込んだ。中はところどころに仕掛けのある迷宮になっているが、あの巡礼の図に最短で抜ける道が示されており、神官の道と呼ばれていた。だが、ところどころ神官の道がふさがれ、二人は迷子になるところだった。だが、迷路全体がデータとしてファーガスの分析コンピュータ『ルシフェル』に取り込まれているので、ファーガスがすぐに代わりの道を示してくれた。素晴らしいナビゲーターだった。
「次は大きな部屋に出る、出口は四つ、右から二つ目の出口を進めば、神官の道に戻れる」
「了解。…む、気をつけろ、何かいるぞ」
身構えて中に入る二人、
ケイトの高性能センサー、リュンコイスの瞳が、怪しい怪物をあぶりだす。
「なんだ? サソリか?」
それは、二メートルほどもある巨大なサソリだった。金属音のような不気味な鎧の音を響かせ、近づいてくる。は、速い。低い位置からははさみと毒顎、高い位置からはしなる尻尾と強力な毒針、だが、ケイトとファーガスは少しもあわてなかった。
「グリフォンの翼!」
すると短剣から翼が伸び、それを空中に投げると、まるでブーメランのように飛び回り、あっという間に、サソリの恐るべき毒針のある尾やはさみを切断していく。もがくサソリたち。そして、動きが止まったサソリを、ショットガンの魔法弾が木端微塵に吹き飛ばしていく。あとには精霊石が残るだけ。見事な連係プレーだ。
「よし、進むぞ」
そして、二人はくずれかけた石の橋を飛び、小部屋に待ち伏せするサソリやムカデなどの怪物を倒し、さらに複雑な迷路を抜け、神官の道へと戻って行った。
そこは天井の高い荘厳な廊下だった。正面には大きな階段があり、その先は第一神殿だ。やっとこの迷路を抜けられる。その時、リュンコイスの瞳が、何か危険を知らせた。だが、どこにも怪しい影はない…。
「…おかしい、何かがいる?」
その時、ファーガスが叫んだ。
「ケイト、真上だ。伏せろ」
天井に向かってショットガンが火を噴く。しかし、何かが着弾する前に、ケイトの上に襲いかかってきた。そいつは気配を消し、体色を透明に変え、待ち伏せしていたのだ。
ケイトはすぐに身をかわし、グリフォンの爪で応戦した。確かに鋭い刃先を短剣で跳ね返した。だが…!
「ぐふ…なんだ、この…」
気が付くと、ケイトの肩に巨大な鎌のようなものが突き刺さっていた。ケイトの動きが止まった。それから一秒の何分の一かの間にケイトは振り向きすべてを理解した。すぐ後ろにいるのは、ファーガスのファイルの中にあった四大魔人の一人、バルログではないか。ねじれた黒い骨の塊のような怪物だった。その黒い眼の無いどくろのような顔が、しゃべった。
……完全に仕留めるまで、何回でも来る……
すぐにファーガスの魔法弾がもう一度火を噴いた。だが魔人は自分から鎌を抜き、すごいスピードで後ろに跳び、そのまま体色を透明化させて逃げて行った。
「ケイト、大丈夫か?」
「自分でもわからない、体がしびれてうまく動かない。いったいどうしたんだ…」
「奴は4本の腕を持ち、あと尾や隠し顎や隠し棘をいくつも持っていて、二弾攻撃、三弾攻撃をしてくる。一度弾き飛ばしても、二度目三度目の不意打ちが返ってくる。そして魔人の一撃は我々のオーラアーマーをもぶち抜く。どうやら、何か毒を流し込まれたな。しかもかなり強力だ。装備した解毒剤と回復剤をすぐに使え。のろのろしてたら命がない」
ケイトはよろよろと立ち上がった。見えていなかったはずだが、暗い天井からぶら下がる、あの黒い人骨のような魔人が長い鎌を死神のように伸ばして落ちてくる映像が鮮やかによみがえる。そしてその死神の鎌が自分の肩に直撃するのだ! 体中が恐怖に震え、また動けなくなる。
「ううう、くそ!」
薬を使うとイメージが少し遠くなり、心地よい音楽が体中に満ち、体が楽になってきた。
「おれが見張っているから、少し休んだ方がいい」
しかし、ケイトは何かに取りつかれたように歩き出す。
「もう、平気だ。行くぞ」
止めようとしたファーガスは見た。黒く変色した肩の傷に、金色の炎が上がり、傷口がだんだんふさがっていった。フェニックスオーラの力か? いいや、彼女の強い思いが回復の奇跡を起こしているのか?
やがて二人は階段を上り、荒れ果てた広い神殿跡に出る。広大な石畳のあちこちに崩れかけた柱が並び、その奥には複雑な文様が刻まれた古代の神の石像が並んでいる。
そして、ひと山越えたあたりに、そう、すぐ目と鼻の先に、空中に大きな神殿のようなものが浮かんでいた。あれが目的地の虚空の城に違いなかった。
ファーガスが言った。
「ここが昔、巡礼者が押し寄せた第一神殿、当時は神殿の奥には光の神ファーラムが奉られ、十七人の大神官がそれを守っていたという。これからしばらくは、魔人たちは来ないから安心しろ。なぜならば、ここは別の奴らの縄張りなのだから…」
空には石の鳥の大群が舞っていた。そう、この第一神殿は謎の石化獣の世界なのだ。
「石化獣とはおれも何度か必要に追われて戦ったが、邪悪なものを浄化消滅させるこの魔法弾も、波動ボムもほとんど効かない。だいたい奴らがなんなのかわからない。なるべく奴らを怒らせないようにして、静かに通り過ぎるしかない…。ここを抜ければ、もう、奥の院と呼ばれる神殿だ。虚空の城への入り口がある…」
「了解」
石の体でなんで空が飛べるのだろう。一羽の石鳥が、パタパタと羽ばたき、二人の近くに舞い降りた。カラスを少し大きくしたぐらいの大きさだが、頭が異常に大きく、くちばしは十センチほどもある。見えているのかわからない、レリーフのような大きな瞳、そしてやはり、羽や体に、不思議な文様がある。
「なんで、この一羽だけ、こっちにやってくるのだろう」
それは偶然ではなく、そっと忍び足で進んでいく二人に、明らかにすがるようについてくるのだ。
「あれ、あの石鳥の頭の右側…」
その鳥は、石でできた頭の右側にひびが入り、けがをしているようだった。
「この石鳥はファーガスのファイルによると、クムって種類だったわね」
ケイトが立ち止まり、しゃがんでそっと手を差し伸べる。
「ほら、クム、おいで、こっちよ」
「ケイト、関わらない方がいいぞ。おい」
緊張が走った。だがちょこちょこと近づいてきたクムは、なんとケイトの手のひらの上にちょこんと飛び乗ったのだ。
「不思議、とても軽いわ」
はじめて微笑むケイト。なんだろう、このクムとは、心が通い合うほのぼのとした実感があった。だが、次の瞬間、空から何か巨大なものが舞い降りてきた。
小さなクムたちを統率するという、二メートルはある石の大鷲、コペル・カナンだ。
ケイトはサッと身を伏せた。コペル・カナンは二人が何も攻撃しないのを確認するように、くるりと飛び回るとそのまま大空に帰って行った。小さなクムもそのあとについて飛び去った。
「親鳥なのか、リーダーなのか知らんが威圧感があるな、やつは。とにかくトラブルはごめんだ。先を急ぐぞ。あの神殿の左側に谷へ抜ける秘密の通路がある。我々の目的地は奥の院の光の神殿だ。その上空に虚空の城がある。うまくいけるといいんだが」
見たところ、石鳥のほかには、巨人や怪物も見当たらないが…。
頭の上の石鳥たちは、今はこちらに無関心のようだ。だが、神殿に近づき、古代の神の石像に近づいた時だった。石像の目が動いたように思えた。…まさか。奇怪な文様が全身に掘られた古代の神々が…。
「ま、まずい」
一体の心臓が青白く光りだした。ファーガスが早足になった。すると次々に石像が光だし、その光の中にあの岩の巨人や岩鳥にもあった赤い文様が浮かび上がった。神々の石像は、そのまま空中に浮かびあがり、呪文のような唸り声をあげながら岩の怪物に姿を変え、動き出したのだ。
そして、あっちでもこっちでも石像は動きだし、空中に浮かびながら、ゆっくりとこちらに向かってきた。気が付くと石造の群れに行く手はふさがれ、徐々に囲まれていたのだ。
「俺も変身するところは初めて見た。そいつは石像の怪物ペルソナフォボス、唯一、超能力を使うとても危険な奴だ。ともかく逃げろ。仕方ない、神殿の中に逃げ込むぞ」
足元の石がいくつもフワーッと舞い上がり、ペルソナ・フォボスの周りで回り始めた。さらにあちこちに小さな稲妻のような閃光がひらめき、不気味なエネルギーが渦巻きだした。あの石や稲妻を自在に操って攻撃するのだろう。
「こっちだ、ケイト、急げ」
二人は転がりこむように暗い石の神殿の中に飛び込んだ。
「うむ? どういうことだ…」
石神たちは、なぜか神殿の中には決して入ってこなかった。十数体が、神殿を取り囲み、じっと二人をにらんでいた。
「なんだ? この神殿には石化獣を遠ざける秘密でもあるのか?」
見張りをファーガスにまかせ、一歩一歩奥へと歩みだすケイト。神殿の中は静まり返っている。神殿の中にはたくさんの柱が並び、その一つ一つに光の神の紋章が掘られていた。これのせいだろうか?
緊張が走る。しかし、神殿の奥にあるはずの光の神の御神体はなく、やはり荒れ果てていた。
「ファーガス、ちょっと来てくれ、これはなんだ?」
「本当だ、よく見つけたな。後ろに先住民のアリスト文字が並んでいるなあ。これなら解読できるかもしれん。ルシフェルにかけてみるか」
なんとそこの壁には、あの石化獣の体にある文様と同じものが刻まれ、その後ろにアリスト文字が並んでいた。ファーガスは、その壁一面を無理やりコンピュータにかけて、分析作業にかかった。
戦略用分析コンピュータ『ルシフェル』はその中のいくつかを解読し、マインドモニターに映し出した。
「汝、苛酷な運命を喜んで受け入れよ」
「形は鎖となって霊を縛り付ける。だが、それは高みを目指す修行である」
そのほかにもいくつかあったが、どれもなにか、修行とか、望んで苦しい道を行けという戒めのような内容であった。それがなぜ、怪物の体に…。
ためしに神殿を取り囲む石神ペルソナ・フォボスにある文様を見た。『苦痛、絶望、嘆き、そこに光の道がある』という意味であった。
「わからぬ、いったいやつらはなんなのだ」
するとファーガスが言った。
「どちらにしても、奥の院に通じる道に出るのは難しそうだ。このままでは状況は悪くなっても、よくなることはない。一か八かだが、波動ボムで横の壁を崩し、遠回りになるが、聖エルラスの泉に抜けて、そこから先に進むってのはどうだ。おまえの意見を聞かせろ」
「ナイスアイデアだ、もう、時間がない。よろしくたのむ」
ケイトは即答した。なにが彼女を追いたてているのかケイトには休むとか様子を見るという言葉がまるでないようであった。
「よしきた」
ファーガスはサッと走ると近くの崩れかけた壁に行き、波動ボムを仕掛けると、走って戻ってケイトに言った。
「いいか、今は物陰に伏せて待て。おれがゴーッと言ったら、壁に向かって走るんだ」
「了解」
「よし行くぞ。3、2、1、0!」
空間が波打ち、あたりの壁に亀裂が入った。波動ボムはあたりに干渉波を送りながら爆発した。壁が崩れ、土煙であたりがほとんど見えなくなった。ファーガスの声がした。
「ゴー!」
思いっきり駆け出し、飛びだす二人、幸い、そこにはペルソナフォボスはいなかった。
「よっしゃ、成功だ。岩山を駆け抜けるぞ。」
二人は聖エルラスに向かって走り出した。
だが二人が姿を消した時、遠くの岩山の陰からじーっと見ている黒い影があった。あの黒い骨のような魔人バルログだった。
「ククク…なんとか追いついたと思ったら…。そうだ、テュフォン、テュフォン、聞こえるか? バルログだ…」
虚空の神殿の真下に、昔は奥の院と呼ばれていた古い神殿跡がある。その広い石畳の上に、三体の怪力の岩の怪物ロックゴーレムを引き連れた魔人のテュフォンが立っていた。テュフォンと呼ばれるその魔人の身長は3mを超え、凄まじい筋肉、ブロンズのような皮膚は刀を跳ね返すという。バトルアックス、モンスターファランクスやバトルハンマーのような重い武器を軽々と振り回し、重厚な鎧も重さを感じさせない。
「俺を呼ぶのは誰だ」
魔人テュフォンが地響きのような唸り声を発した。
「ククク…おれだ、バルログだ。実は…」
「なんだと? やつら山から来るのか。面白い、それなら待ち伏せ、いいやカロンが近くにいるから挟み撃ちにしてくれるわ。はははは!」
魔人は、不敵に笑うと手にしていたバトルアックスで地面を軽くこずいた。まるで地震のように大地が揺れた。決戦の時は迫っていた。
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