第4話 巡礼の図
謎の男が近づく。ケイトにはすぐに同じ使命を持ったものだとわかった。
「世話をかけました」
「あんたも例の『吹雪の絶滅』の件か?」
「その通り。しかも敵の妨害に遭い、転送座標がずれて、かなり遠くに転送され、ここにたどり着くのに数日を要した。もう、時間がない」
「空間海兵隊特殊潜入部隊、認識番号005、ファーガスだ」
「時空諜報部上級特命調査員、コードネーム、ケイト」
「上級特命調査員? エリート中のエリートだな。スピリットウェポンの使い方も熟練してるし、なんといっても度胸も据わっていて大したもんだ。ついてきな。あんたよりいくらか早くここに着いて、少しはここに詳しい」
二人が村に帰ると、長老が村の入り口まで迎えに出ていた。幸い長老にけがはなかった。
「ほう、さすがだな。生きて帰るとは。どうやら二人はお知り合いか」
「部署はちがうんだが、ま、目的は似たようなものだ。長老様、まことに申し訳ない、少しの間、祈りの部屋をお貸しください。巡礼の図を見せたいのです」
「よかろう。ただし、夕の祈りの時間には終わるのだぞ」
「もちろんです」
うらの崖のほうに歩いていくと、祈りの部屋と呼ばれる洞窟が見えてきた。きっとここの先住民は、古代からこの厳かな場所で、祈りをささげてきたのだろう。ファーガスが松明を用意し、狭い入り口を通ってしばらく歩くと、少し広い場所に出る。祈りの部屋と呼ばれる荘厳な空間だ。そしてファーガスが松明を持って奥に歩き出すと、その壁に大きく、色鮮やかな絵地図が描かれている。『巡礼の図』だ。
「昔、聖なる神殿を訪れる巡礼のために、この地図が描かれた。正式な巡礼のルートと、神官だけが通る秘密のルートの二つが示されている。虚空の城へ行くならこの図の通りに歩けばよい。だが、昔は神の加護のもとに安全に歩いて行かれたが、今は荒廃し、魔人や石化獣が出没、普通の人間は近づくこともできない。だから、長老の許可を得て、隠された秘密のルートを通らなければならない。私は地球単位時間で10日と7時間前にこの精霊界セリオンに到達した。その時は相棒のハリーも一緒だったがね」
「ハリー? その相棒はどうした? もう、元の時空に帰ったのか?」
「そうか、そこから話をしなきゃならないな。ケイト、あんたも知っている通り、ここは我々がもともと住んでいた物質世界とはかなり違う。物質世界で出来上がった岩だとか、砂漠だとか、街だとか、そういったイメージが何者かの意志によって集積し、この広大な世界を構成している。すべての存在がイメージであり、概念なのだ。もちろん生身の体では来られないので、われわれは現実世界に物質としての肉体を残し、精神対のみで、時空転送されてここにいる。だからイメージトレーニングをパーフェクトに行えば、現実世界ではありえない、超人的な動きが可能になったり、大けがを負っても気持ちだけしっかり持っていれば、驚くほど速く回復したりするわけだ。私とハリーは装備を整え、数日前に一度、虚空の城への突破作戦を決行した。だが、ハリーは作戦の途中で敵の手にかかり、戦線を離脱した…」
「現実世界へ、強制送還か…」
「それが…ほぼ回復が絶望的な瀕死の重傷で帰って行った」
「…どういうことだ。仮にここで大けがを負ったとしても、現実界に置いてきた肉体は無事なはずだが…」
「詳しいメカニズムはわからない。ハリーは、あの聡明で優秀な俺の相棒は、記憶の大半と人格のもとになる精神の半分以上が、失われた」
「どういうことだ…まさか…」
「…そのまさかだ。魔王は人の魂を食らう、ソウルイーターという怪物を飼っている。魂をぼりぼり食っちまって、失われた魂は帰ってこないのさ…」
「…ソウルイーターだと? 増殖する悪夢と呼ばれている精神生命体か。ソウルイーターというと、あの三年前の時空博物館でいくつかの収蔵品と一緒に小さな個体が盗まれたが、あの事件とつながりがあるのか?」
「たぶんな。魔王の正体は間違いなく時空犯罪者だ。危険なソウルイーターを盗み、育て、操っている可能性は否定できない。ハリーはあと一歩というところまで魔王を追い詰めたが、何かほかのものに姿を変えて潜んでいたソウルイーターに襲われて…。気が付くと、ハリーの背中に黒い怪物がしがみついていた。私はやっとのことでソウルイーターを引きはがし、重傷の彼を連れて命からがら脱出したのだよ。彼を無事に転送して、体制を立て直そうと思っていたところに上級特命調査員様のご到着というわけだ」
「そうだったのか…。私は今日にでもすぐ出かけるつもりだったが、それは難しいだろうか」
「長老の教えてくれた秘密のルートを、俺たちがしくじったおかげで敵に知られちまってね。四人の魔人と謎の巨大石化獣が手ぐすね引いて待ち構えてやがる。たぶんこの間より数段難しくなっているだろうな。すまない…」
「それは仕方ない。でも、魔人は四人もいるのか?」
するとファーガスは小さく光るネックレスのようなものをケイトに渡した。
「セリオンの言い伝えでは、魔人はもともとこの砂漠に四人いたそうだ。サソリの魔人サリス、イナゴや砂嵐の魔人フォドス、岩の魔人バムス、冬と冷気の魔人キノスだ。だが、今はその魔人にそっくりの別の四人の魔人が虚空の城を守っている」
「別の魔人? どういうことだ?」
「虚空の城と同時に現れたそいつらは、新しい名前でお互いを呼び合っていた。そいつらの新しい名前は、地球の神話や伝説にある怪物の名前だ」
「つまり、やはり黒幕に地球の人間が潜んでいるわけね」
「その通りだ。音もなく忍び寄るエイリアンみたいな不気味なバルログ、あの砂嵐のレギオン、でかくてバカ力で、体が異常に固いテュフォン、そして冷気を吹き出す機械仕掛けのカロンと四人いて、どいつも手ごわい。それとあの石化獣も何種類もいて、こちらの攻撃はほとんど通じない。魔人と石化獣の詳細なデータを今の精神イメージメモリに整理して入れてある。必要に応じて参考にしてくれ」
そのアクセサリーは、最初は軍の認識章のようなデザインだったが、ケイトがはめるとすぐに形を変え、バザールで売っていた美しい金属のアクセサリーに変わった。この世界で便利なのは、持ち物のデザインや大きさが、持ち主の感覚によって変化するのである。訓練して精神を集中させれば、大きな荷物も、みんなコンパクトにミニサイズ化し、ほとんど負担なく持ち歩くこともできるのだ。
二人はそれから、細かい作戦や攻略法を打ち合わせした。明日の夜明け前に装備を整え、最終点検し、夜明けとともに出発する段取りを決定した。必要な装備を十分に整え、次の日の夜明けに出発することとなった。
夜は長老の心尽くしの料理がふるまわれ、みんな何も言わずにただおいしい先住民の手料理を食べた。特別な薬用サボテンのサラダに、濃厚なフルーツジュース、トウモロコシのチャパティに似たパンのようなもの、炒めた豆とナッツなどであった。この世界でおいしいものは、気を充実させ精神力を回復させ、高める。それは明日の戦闘能力に直結するのだ。長老が、静かに言った。
「明日の暦を詳しく調べ、明日の運勢に必要な食材を取り寄せた。戦士たちよ。充分今日は休み、気力を高めて、明日に臨むのだ」。
「ありがとうございます」
なるほど、体の中の濁りが取れて、気力がどんどん増していくような食べ心地がする。有難い。
ケイトとファーガスは、早めに仮眠をとり、明日に備えた。そして夜明け前、地平線がバラ色にほんのり染まった頃、ケイトは村の出口へと向かった。砂漠の夜明けは寒い。息が白く、わずかな露が下りて、夜明けの光とともに砂の表面が銀色にちりばめられる。
「おはよう。さすが早いな。装備はいいか?」
あの黒いコートに黒い帽子、黒い革の手袋の男がやってきた。胸のベルトにあの巨大な銃を小型のピストル型に変形して装着している。
「あなたのアクセスコードがわかったので、今、装備のイメージをそちらのイメージメモリに転送する」
その途端、ファーガスの心の中に、詳細なイメージリストが流れ込む。ケイトの肉体のあちこちにいろいろなスピリットウェポンがくっついているイメージだ。
スピリットウェポンは気力が充実していれば自動的にエネルギーが充てんされ、性能が向上することもある。
「おう、打ち合わせの通りスピリチュアルエナジーカプセルなどの回復剤と解毒剤をたくさん用意したな」
「マインドストレスぎりぎりまで装備はしたが、そんなに必要か?」
「魔人の中には、攻撃とともに、心の毒を流し込むやつもいる。回復を遅らせる、恐怖やショッキングなイメージなどの成分だ。心の毒は回復を著しく遅らせる。用意するに越したことはない」
「なるほど…。で、どうだ、私のそのほかの装備は…。不備があれば教えてくれ」
「アーマーは、全身をオーラで守り、いざというときの回復能力もあるフェニックスオーラアーマー、武器は相手によって変形するグリフォンの爪、そして、スピードと驚異的なジャンプ力に加えて戦闘能力も高いユニコーンブーツか。犯罪者捕獲には空間固定ネットを使うわけだ。」
「ああ、今回の事件は複雑で謎も多い。わが諜報部では、生きたまま逮捕するのが優先条件だ」
「そうか、そこは空間海兵隊とは違うな。おれたちは犯人の抹殺が目的だ。ケイト、お前がダメだったら俺がやる。それでいいか」
「もちろんだ。そうしてくれ。装備品はまだあるぞ」
「…おや、リュンコイスの瞳か。こりゃあ、強力なセンサーだ。真っ暗闇でも敵を見逃さねえ。でも、能力も凄いが、珍しい貴重なアイテムばかりだ。伯爵のコレクションでも持ってきたみたいだな」
次はファーガスの装備のイメージだ。
「おれの方は、波動ボムと、オーラショットガンの『アイアンゴーレム』、現実世界で着なれた特殊コートをスピリットコピーしてもらったオーラアーマー『オーガ』と革の手袋『サンダーボルト』重力ブーツってところだな。あんたのセンサーとは違って、戦略用分析コンピュータ『ルシフェル』を積んでいる」
「ルシフェルだって? マインドメモリ容量が大きすぎて、重量がかなりの負担になると聞くが…。そんなにハードな戦いになるのか…」
「ルシフェルは分析と戦略の担当だったハリーの専用人工知能だった。ハリーの代わりに連れていくさ。しかも、魔王はなぜか頭がいい。おれたちのことをよく調べてある。こっちの一瞬の判断ミスが命取りになる。魔王の正体もまだわからん。あの吹雪の絶滅との関連も実はよくわかっていない。ハリーのためにも、今度こそやり遂げなけりゃならない」
「おや、なんだこれは?」
ファーガスの装備の中身、たばこのようなものがある。
「ああ、シガレット型の回復剤だ。この形態の方が性にあっていてね」
ところがファーガスはケイトの装備をもう一度確認して、驚きの声を上げた。
「おや、あんたも見たことのないものを装備しているな。なんだこりゃ」
「あなたから貴重な情報をもらったので、急いで装備した。まだ、実践では一度も使ったことのない、あの恐ろしいソウルイーターからの強制回復システム『キメラ』だ」
「キメラ? 噂には聞いていたが、こんな恐ろしいもの、よく装備したものだ。第一、非常に暴走しやすく、ソウルシンクロレベル90以上のバディークルーが必要だろうが。許可は取ってあるのか?」
「わが匿名調査課は全員許可証を提出済みだ。先ほど本部にスピリットメールを打っておいたから、もう部下がスタンバイしているはずだ。まあ、決して発動しないようにするがね」
「そう願いたいね。さて、そろそろでかけるか。あれ?」
いつの間にか、長老や神官、他の村人がみんな集まりだし、旅立つ二人の無事を願って、全員で厳かな祈りを始めた。夜明けの荒野にしみいる、素朴な聖歌のような不思議な祈りの歌だった。
大勢の祈りが、旅立つ二人のオーラをさらに強固なものに変えていく。
二人は昇り始めた朝日の中を荒野に歩いて行った。
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