第2話 セリオンの魔人
荒野に風が吹いていた。先人の時空アナリストや時空トラベラーの詳細な記録によると、このセリオンはもともと豊かな緑に囲まれた聖なる神殿があり、巡礼の地として有名な場所だった。だが今、目の前に広がるのは、荒涼とした砂漠と岩山…。
ケイトは、有名な時空トラベラーにしてさすらいの詩人であるハピオ・モルフォスの詩を思い出していた。
おお、祝福されしセリオン、砂漠の真珠、神秘のオアシスよ。
緑の大地を潤す聖なるエルラスの泉よ、
薫り高き風が吹けば、風花とともに妖精が舞う。
神を讃える人々の祈りが黒雲をはらい光を呼ぶ。
おお、汝は見たか、金色の雲間を進む天使の軍団を!
命の息吹とともに歩む聖なる獣がおこす奇跡を!
…ハピオ・モルフォスの歌にあった神秘の都が…こんなにも変り果てるものなのか?
ある時から突然謎の荒廃が進み、聖エルラスの泉は枯れ、今は見る影もない。このパルファンの街も異界の住人が流れ込み、すっかり様変わりしてしまった。
黒い革の戦闘スーツのまま、ケイトは人ごみに紛れてバザールを歩き出した。
「ほほう、けっこう人が出ているな」
パルファンのバザールは思った以上の人出だった。
金属の鈴のような音があちこちで響く。砂漠の商人ドラングが、自慢の金属細工を売っている。彼らは魔族の仲間だが、商売に不正はしない。見事な剣を売っている店を覗くと、そこは気高い龍族レプトランカーの店だった。砂漠の貴重なサボテンの花のサラダや果肉、オレンジのような果実、ジュースなどを売っている植物種族ミロスの店もにぎわっている。白い服に赤い文様の特徴的な民族衣装を着ているのは「祈りの民」と呼ばれているここの先住民だ。ここセリオンの特産の青みのかかった聖なる岩塩を売っている。ここに来るたくさんの客の一番の人気商品だ。
ケイトはレプトランカーの店に入り、宝石のようなものをばらばらと差し出した。レプトランカーは鼻を鳴らし、機嫌がよさそうだ。気前よく金貨を差し出し商談成立。
ケイトはバザールのあちこちの店をのぞき、ミロスの店で、赤い果実を買うと、その場でかぶりついた。甘酸っぱいひんやりした果汁が口いっぱいに広がる。
「おいしいわ。ありがとう」
金ぴかのアクセサリーをじゃらじゃら言わせて売りつけに来るドラング、遠くからケイトをじっと見ているレプトランカー、しかしケイトは全く動じることもなく、雑踏の中を歩き続ける。
やがて「祈りの民」の店で宝石のような岩塩を一粒買い、何かを訪ねる。すると「祈りの民」の一人が遠くを指さす。ケイトはバザールを抜け、町はずれへと歩き出す。大きな岩山を回り込み、その向こうに抜けると、白い石造りの小さな村が姿を現す。中ではあの白地に赤い文様の服を着た人々が歩いている。
ケイトは皆に挨拶をしながら、村の中央広場に出た。その奥に人々の集まる小屋があり、近づくと中に長老らしき人物が座っていた。
「マルダの闇の森を抜けてやってきましたケイトと申します。長老様にお話をうかがいたい」
すると、そこに集まっていた先住民はみな、驚きの声をあげた。マルダの闇の森は、近づくだけでも死を覚悟しなければならない場所なのに、そこを抜けてきたとは!
「マルダの森を?」
「これが証しでございます。お受け取りください」
ケイトはひときわ大きな宝石を取り出すと、長老の横にいた神官の一人に渡した。
「おお、この精霊石は、闇の森の魔物の精霊石。これほど大きいものは見たことがない。本物で間違いありません」
すると長老は厳かに立ち上がり、近づいた。
「命をかけてやってきたさすらい人よ、何が聞きたいのだ」
「…このセリオンの地の秘密を。そして虚空の城への入り口を…」
虚空の城と聞いて、また周りがざわめいた。なんでそんな場所に…?
「よかろう。私と来なさい。」
長老は神官を従えて、外に出ると村のはずれの岩山に登り始めた。村を外れてどんどん歩いていくと、荒野の真っただ中にある大きな岩山に続いていて、そこの頂上に小さな神殿が見えてきた。ここからは荒野が一望に見渡せ、奇怪な岩山がいくつも並んでいるのが見える。
「セリオンの言い伝えにこうある。はるか昔、天界から姿かたちを持たぬエネルギーの放出が始まり、現実界で物質が生まれ、宇宙が生じ、あらゆる形が育って行った。その姿かたちが鏡のように反射し、この狭間の世界に姿かたちが流れ込み、新しい世界が生まれた。それがこの精霊界の一つ、セリオンである。セリオンは天界と現実界の狭間にあり、現実界の形と天界の光を同時に持ち、光の神殿と呼ばれる聖地を中心に栄えた。われわれ祈りの民はその頃からここに住んでいた。私も十年前には、雲の間を飛んでいく天使の軍団を仰ぎ見た記憶がある。だが十年前のある日、天界の光が途絶え、神殿は廃墟となり、天使たちの姿は失われた。それとともに魔族たちが流れ込み、この世界はすべて様変わりしてしもうた。何があったのかわからない。だが、昔光の神殿があった場所の上空には、魔王の棲む虚空の城が浮いているという。それは、あの七つの岩山の中央だ。しかし、魔族のほかにも、正体不明の岩の怪物、石化獣が現れ、近づく者はすべて命を失ってしまう」
「石化獣? 初めて聞きます」
「鳥の形をした小さなものから、巨大な鳥、さらに大きな岩の巨人、岩の怪獣、空飛ぶ岩の鯨の化け物まで目撃されておる。正体は全くはかりしれない」
「…長老様、私は実は虚空の城の魔王を打つ密命を帯びてやってきたもの。虚空の城への秘密の道があると聞きました」
「虚空の城の魔王。黒い裂け目の魔王か。先日も魔王を撃つという勇者がいたが、魔王のずるさに退けられ、失敗したばかりだ。が、うむ、命をかけて密命を果たそうとしているのは、その眼を見ればわかる。いいだろう、心して聞くがよい…」
だが、長老が話そうとした途端、突然強風が吹き、黒い砂嵐が沸き起こった。
「な、なんだ? これは!」、
あまりの突風に身構える神官たち。ケイトは叫んだ。その砂嵐の中に邪悪な波動を感じたのだ。
「何者だ? 姿を現せ!」
すると真っ黒な砂嵐が渦巻き、神殿の中に立ち上がり、その中に邪悪な姿が現れた。
神官二人は長老の前に立ち、その邪悪な者を近づけまいとした。だが、黒い雲が渦巻き、神官は吹き飛ばされた。
「そんな秘密を軽々しゃべられちゃ困るんでな」
黒い鎧を身に着けた巨体の周りに黒い砂がいくつも渦巻いていた。しゃがれた声が響き渡った。
「私は魔王の配下、砂嵐のレギアン。さすらい人よ、おまえこそ何者だ。なぜ魔王様をつけねらう」
「問答無用。長老お逃げください!。」
長老をかくまいながら、走り去る神官たち。ケイトはあの秘剣グリフォンの爪を取り出し、瞬時に魔人に飛びかかった。グリフォンの爪は激しく光り、邪悪な黒い砂を吹き飛ばし、そのまま魔人とケイトは岩山を落ちて行った。黒い砂嵐に姿を変え、空中でふわりと離れていく魔人。だが、ケイトも空中でくるりと回転すると、ユニコーンブーツの能力でゆっくりと地表に降り立った。
魔人は脇腹をおさえて、ケイトをにらんだ。
「くそう、グリフォンの爪だと? とんでもないものを使いおって。だが、ここは砂漠の真っただ中、お前の愚かさを思い知るがよい」
魔人が何か呪文を唱えると、砂漠の黒い砂が盛り上がり、人の形になって立ち上がった。
「砂くぐつか…そんなものでは私は倒せん」
ケイトは砂漠を走り、次々に砂の怪物に光の短剣を刺した。その瞬間に砂の怪物は次々と爆発し、消えていく。だが、あとからあとから湧いてくるのでキリがない。一度岩陰に逃げて、様子を見る。だがその時、岩山の陰でグラッと地面が揺れた。その途端、魔人たちの動きが一瞬止まった。
「なんだ? 地震か? いいや違う、なんだ、これは?」
岩陰から出てきたのは…。最初に奇妙な石の鳥が群れで飛んでいるのがわかった。その鳥の群れが不思議な岩山の周りを飛んでいるように見えた。
「グオォ…。」
だがすぐに分かった。その地響きは大きなものの足音であり、その岩山は怪物の一部なのだと。しかもその岩山は、磨かれたようなつるつるの大岩で、ごつごつした周りの山とは明らかに異なり、あの先住民の衣装の模様に似た象形文字が大きく体にいくつも描かれている。
それはとてつもなく大きく、目も鼻も口もない岩の巨人だった。つるつるの表面の丸い岩が積み重なったような不思議な形をしていた。しかも、砂の魔人の方にどんどん歩いていき、砂くぐつ達を踏み潰し、吹き飛ばし、先に進んでいくのだ。まるで、通行の邪魔だとでもいうように。
どうも魔人たちは石化獣の類とは相性が悪いらしい。そして岩の巨人はそのまま歩き去り、荒野に消えて行った。
巨人の行進で、魔人たちの足並みが乱れたその時だった。
「な、なんだ?」
ケイトの頭の上を通り越して、後ろから何かが飛んできた。
「う、これは邪気を消滅させる魔法弾?」
魔人の顔色が変わった。さらにまたどんどん球が撃ち込まれる…。
「くそ、神官が加勢を呼んだな。さすらい人よ、今日のところは引き上げだ。覚えておれ!」
砂の魔人は退却。後ろを振り返ると、神官が不思議な男を連れて立っていた。
「ありがとうございます。今、魔法弾を撃ってくれたのはあなたですか?」
背の高い男が手を振った。そこには最新のオーラショットガンが握られていた。
明らかにこの世界の住人達とは違う。黒い帽子、膝まである長いコート、革の手袋、そして巨大なオーラショットガン…。
「魔人が出て大変だってんで駆けつけたら、まさかこんなところでお仲間に会うとはな」
男は顔色一つ変えず、ケイトに近づいてきた。
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