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「まわりに安らぎがあることを、もともと知らないんだから。悲しいとか寂しいとかすらわからないんだよ。これって…、人としてどう?」
「なかなか、終わってますねぇ。人として」力なく、高見はぼやいた。
「正直だねぇ。でもそのほうが気が楽だよ、お兄さんは」
伊野田は肩を揺らして笑った。この人も笑ったりするのか、そりゃ人間だもんな、と高見は思った。彼女は伊野田の方を見て、聞いた。
「いつか人と、ちゃんと触れ合ってみたいと思いますか?」
「そうだね、いつかね。体質が改善されたら、そうしたいって思うよ」
瞼を伏せてそう呟く伊野田を見て、”よくこんなに捻くれずに大人になったな”という気持ちと同時に、それがどことなく寂しく思える気持ちが湧いて来て、高見は少し戸惑った。
今の彼には出会うもの全てが、電車の中から眺める景色のように、ただ通過していくだけのものなのだ。通過だけ、していく。そこには触れ合いや気持ちの交換が発生しない。よく言えば純粋の塊だなと思った。いつか誰かが、伊野田のことを「子供のようだ」と言っていたのを高見は思い出す。彼の周りにいる琴平や笠原は、彼をどう思っているのだろう、と高見は今更気になった。純粋と思っているのか、嘆かわしいと思っているのか、はたまたこんな考え自体が、野暮なのでは……?と高見は考える。
端末から呼び出し音が聞こえて、伊野田がゆっくりと身を起こした。琴平から連絡が来たようだ。彼は舌をだして、困った顔をして見せた。
「依頼手伝った報酬はいらないから、ターミナルまで乗せてくれないかな?」
「もちろんそのつもりで、車呼んでありますよ、行きましょう。琴平さんを待たせると怖そうですし」
高見はそう言いながら、慎重に絵画を包みなおした。バックパックを担いで、滑るように道路脇にやってきたリモートレンタカーに乗り込む。車が動き出すと、二人は特に何も話さなかった。ただなんとなく、窓の外、通過する景色を眺めていた。
ターミナルで伊野田を下ろして、高見は改めて礼を言った。
伊野田は窓越しに頷いて手を掲げ、こちらに背を向けて歩いて行った。今度もし会うことがあったら、その時はビールでも飲みながらゆっくり話をしてみたいな、と高見は思った。
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