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 昼下がりのメトロシティ、明るい天気に合わせたような陽気な音楽がどこからともなく聞こえてくる。日中だというのに街の看板は賑やかに明るさを競い、人を呼び込んでいる。多くの人が行き交い、すれ違う若者たちが笑いながら歩いていった。その頭上にはモノレールが走る。柱の下ではベンダーがチキンサンドを販売しており、列ができていた。その喧騒からわずかに距離が取れる公園沿いのベンチに高見は腰掛けてバックパックを地面に下ろした。


 中から先ほど回収した包みを取り出し、開く。元は白い包みだったのだろうか。放置されていた経過のせいで、黄ばんでいるように伊野田には思えた。やがて中身が明らかになると、二人は顔を見合わせた。伊野田が先に口を開いた。

「これは? 誰だろう」

「誰でしょうね、でもなんだかイイですね。お母さんってかんじ」

「お母さんかぁ…」


 高見はハッとして伊野田を見上げた。まずいことを言ったような顔をしているので、伊野田は首をゆっくり横に降った。この人、デザイナーベイビーっていって、人工的に造られた人間だから、お母さんとかいないんだった…と高見は思った。デリケートな話題になってしまったかもしれない。


 回収物は絵画だった。何の変哲もない絵画で、女性が赤ん坊を抱えて微笑んでいる。それだけの絵だった。油絵だろうか。今のメトロシティではこういった芸術があまり理解されていない。だからなおさらこの仕事だけ残ってといたのか、と高見は思った。だが安い報酬にしても、回収して良かったと思える絵であることは、彼女にはなんとなくわかった。依頼主のもとへ早く渡したい、どれほど喜ぶだろうか、と。

 

 それは隣にいる伊野田も同じだろう、と高見は思った。そちらに視線をやると、それに気づいたのか伊野田も高見を見て、「いい絵だね」と呟いた。そして、「気にしないで」と言葉を続けた。高見はこの際、勢いにまかせて聞きにくいことを聞くことにした。いまならいける、と思ったのだ。


「伊野田さんって、ご両親は?」

「いないよ、そりゃ」思ったより普通の返答に、彼女は少しだけ安堵する。高見さんは?と彼が聞いた。茶化すように「彼氏は?」と訪ねてきたので、高見は少しだけ「それ聞くぅ?」と笑い出したくなったが、伊野田にとって家族の質問をされることが恐らくそんな内容と同等ということだろう、と高見は思った。これで気持ち的にはおあいこである。


「伊野田さんこそ。彼女みたいな。安心できる人は?」

「えー。いないよォ、そりゃ」彼は言いながら頭の後ろで手を組んだ。ベンチに背をもたれさせ続ける。

「それに近い人はいたことはあったけど、うまくは行かないもんだよ。この体質じゃあね。それに、さみしいってことも実はそれほど感じてないんだ。強がってるわけじゃなくてさ」

「どういうことですか?」高見も真似をして、背もたれに体を預けた。互いに宙を見上げる形になる。隣に座っているのに、二人ともが独り言をぼやいているような空気が心地よかった。

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