「ワー、気持ち悪い。でも簡単に済んで良かった…、良くない」

 上に戻って高見を呼ぶために振り返ったが、そこにはすでに高見佳奈が立っていた。気まずそうな顔をこちらに向けている。なぜなら、別の男が背後から彼女の首元へ腕を回していたからだ。ナイフを握っている。


「いま、呼びに行こうと思ったとこなのに、何してるのさ」

 腰に手を当て半眼で伊野田が告げると、高見は申し訳なさそうに笑みを浮かべて弁解した。

「いや、あのですね。どうやら見張り役のこのお兄さんが、いたみたいです」


 その見張り役のお兄さんは伊野田を見てから、なにやら合図をした。特に具体的な指示ではなかったが、抵抗しない意味をこめて両手を上げておく。すると、どういうわけか高見がピースサインを向けている。手の甲がこちらを向いていたが。意味もわからず伊野田が目を丸くすると、彼女はピースサインを崩さないまま、その腕を振り上げて、勢いよく自分の頭上を通過させた。次の瞬間には男の短い悲鳴があがり、怯んだ隙をついた高見が、すかさず男の手を弾いた。ナイフが伊野田の真横を掠める。高見は男の腕を抱え込み、小さな体をさらに屈めた反動を使って、男を床に投げ飛ばした。背中を打った男はすぐには動けず、階段下に転がり落ちていたロープガンを拾った高見は男に向けてそれを打ち込んだ。伊野田が先に倒した二人にも、立て続けにロープを浴びせてから、高見はスッキリとした顔を見せて埃を払うように両手を叩いた。伊野田は自分が両腕をあげっぱなしだったことに気づき、ゆっくり下げてから恨めしげに口を開いた。


「高見さん、実は動ける人だったわけ?」

「やだなー、こんな仕事してるんですから、ちょっとだけ護身術勉強してるんですよ。さすがに黒澤さんとか伊野田さんみたいには動けませんよ」

「まさか目潰しするなんて思ってなかったぞ」


 それを聞いて高見はこちらを一瞥した後、数秒姿を消して上階からバックパックを担いで持って来た。中から小型のグレネードだろうか。それを取り出して、粘着剤で金庫のダイヤル部分に取り付けた。リモコン操作をすると、”ポンッ”と乾いた音を立ててから金庫がギィっと開いた。「これかな」と言いながら彼女はタブレットサイズの包みを取り出し、バックパックに詰めて背負った。


 わずか数分の出来事に、あっけに取られつつある伊野田を脇目に、高見は「警察呼んでおきますんで」と床に転がった男三人に言い放った。そして軽快に階段を上がって行き、あっという間に廃墟の外に出た。伊野田も彼女について廃墟を後にすると、彼女は振り返り「明るいところで中身を確認しましょう」と言って、大通りの区間へ歩き出した。「そうだね」と言いながら伊野田は彼女のあとをついて行った。

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