「ここで何してる?」

 作業に夢中になっていたのか、伊野田が背後にいることに誰も気づかなかったようだ。地下室には男が二人いた。彼らの持ち物だろうか、懐中電灯のわずかな灯りが、天井の低い地下室の中で光を反射させている。その中で、自分が着ていた服が黒いジップアップだったこともあり、こちらに気づくタイミングが遅れたようだ。


 男二人はバールのようなものを使って、どうやら金庫をこじ開けようとしていたようだ。足元にもいくつか工具が転がっている。持ち込んだのか、もともとこの家の物だったのかわからないが、伊野田は警戒した。


 男二人は、若く見える背の高いのが一人、ニット帽を被った猫背気味の男が一人。どちらも眉間にシワを寄せてこちらを睨みつけている。伊野田は胸の前で両手をゆるりと掲げて待ての姿勢を取ってから、端末を操作し、高見からスキャンした受注証明をかざした。互いの間にホログラムが浮かび上がる。伊野田はすぐにそれを閉じてから、動じずに続けた。


「ここは事務局の管轄現場だ。これから作業に入るから、すぐに立ち去りなさい」

 そう言い放つと、男二人は顔を見合わせてヘラヘラ笑みを浮かべながら伊野田を見据えた。彼も、二人に悟られないようにゆっくりと左足を後方へわずかに引いた。重心をずらす。ニット帽の方が懐中電灯の方へ歩み寄る…ように見せかけて、こちらにバールを振りあげて来た。


(やっぱ、こうなるよなぁ)

 心の中でため息を漏らしながらも、伊野田は腰を捻り体の向きを変えた。オートマタを相手にしている時のようにスムーズには行かないだろうと思ってはいたが、相手はどうやら素人中の素人らしい。こちらの身なりを見て、大したことはなさそうだと思ってくれているようで、これまでの中で最低ランクに入る不意打ちの下手さだった。


 そのことに安堵しつつ、右…左…と軽くステップをするように半歩ほど後退する。そこへ振り下ろされたばかりのバールを右手で掴んで、男の体ごとこちらに引き寄せた。男は驚いたのかバールを手放したが既に遅く、簡単に間合いに入った伊野田の左肘が男の肋骨に突き刺さった。その肉と骨の感触が伊野田自身にも伝わり、若干の不快さがこみ上げるが、一瞬だったので集中が切れるほどではない。膝から崩れ落ちた男を足蹴りにした流れで、背の高い男へ踏み込む。驚いた顔を見せているが、両手を構えてファイティングポーズを取っているということは、一応やる気はあるらしい。だがその所作は軽い。こちらの顔面めがけて打って来た一手を、伊野田は義手の拳で簡単に弾いた後、腰を捻って左腕をわずかに振り上げた。それが男の顎に命中し、背中から綺麗に伸びるように倒れ込んで男は昏倒した。伊野田は伊野田で、地団駄を踏みつつ左手をぶんぶん振りながら、こみあげる不快感を吹き飛ばそうと、もがいた。



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