「やだなぁ、仕事ですよ。仕事。黒澤さんは今日オフなんです」

「あ、だから黒澤さん、病院に来てくれたのか」

 そういえば私服で来ていたな、と思いつつ、かぶりをふった。そうじゃない。高見も、伊野田が欲しがっていた答えでないと知っていて、話を戻した。


「物資の回収作業くらいなら、私ひとりでも受けるんですよ。この案件、報酬が安くてずっと残ってたんですけど、このあたりの区域って馴染みがあったからつい来ちゃったんですよね」

「そんな、”ちょっと遊んで来る”みたいな感じで言われても」


 理由に困惑する伊野田を他所に、高見はその様子を、なんだか子供の頃に世話になった近所のお兄ちゃんみたいだな、と思った。伊野田は迷っていたが膝を叩いて立ち上がった。あくまで小声で告げる。


「ま、そう言う事なら止めないよ、がんばって」

「待ってくださいよ。ここまで来て帰っちゃうんですか? 金庫の中身を回収する仕事なんですけど、このフロアには金庫はないんです。残りは地下だけ。これも何かの縁だし、一緒にやりません?」彼女はこちらを見上げて、キラキラした瞳でそう言った。

「やめとく。おれはタイミング見計らって帰る」

 急に冷たくなったな…と、高見は思う。彼女が頬を膨らませて無言の抗議をしたことが伝わったのか、伊野田は声を潜めたまま反論した。

「冷たくない。冷たくないからね? 今日はおれもオフで、もうすぐターミナル集合時間なんだ、悪いね…って待て」


 言いながら、伊野田は高見の腕を掴んで素早く動き、彼女を壁際に隠すように身を潜めた。柱の後ろに回り込んで身を低くする。一瞬のことに目を丸くしつつ、なんだかんだ言いながら、危機回避能力が高いんだよな、この人は、などと高見は思う。伊野田が柱の影から顔をゆっくり出すと、階下で動きがあった。だが誰も上がってくる気配はない。

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