第18話 やれ、酔い酔い
※【これから(了)】と【いつかの光景】の間の話です。
肌に纏わりつくような蒸し暑さは、寧々子が生まれ育った日本の夏の特徴だ。一方、住み慣れてきたタウシャン村に訪れる夏はさらっとしていて、気温も上がりすぎるということがないのでなかなか過ごし易い。
その夏も過ぎ去り、一年の中で作物が最も豊かに実る秋が訪れようとしている頃。寧々子は畑仕事の帰りに、おじいちゃん、と呼んで慕っている村長のムスタファーに出会した。
「こんにちは、ムスタファーおじいちゃん。お散歩?」
「はい、こんにちは。散歩も兼ねて、スーリヤの家へ行こうとしていたところでね。お土産の酒をあげようと思って」
遠出した先の市場で見つけたという、果実を漬け込んだ酒の瓶を軽く揺すってみると、中にはまだ果実が入っているのが感じられた。
この中に入っている果実は何かとムスタファーに尋ねてみると、この酒を売っていた店の主人に聞いたことは覚えているのだが、村に戻ってくるまでの間に忘れてしまったのだと、彼は苦笑しながら申し訳なさそうに答えてくれた。
「じゃあ、スーに飲んでもらって、何の実なのか当ててもらおうかな。ムスタファーおじいちゃん、お土産をくれて有難うね。また今度おやつ持っておじいちゃん家に遊びに行かせてもらうから、スィベルおばあちゃんにも宜しくね」
「そうかそうか、ネネが作るおやつは美味いからねぇ、うちのやつも喜ぶよ。それじゃあね、ネネや。転んで酒瓶を割らないよう、お気をつけ」
「うん、またね。おじいちゃんも、足下に気をつけて帰ってね」
ゆっくりと、のんびりと歩いて帰路に着くムスタファーの背中を見送ってから、寧々子は手元と足下に気をつけながら、家へと帰っていった。
**********
その日の晩。
夕食の片付けを終えた寧々子は、いそいそと晩酌の準備をしている。晩酌は大抵スーリヤが一人でしているのだが、今夜は寧々子も付き合うつもりらしく、彼が普段使っている酒用の青いグラスとおつまみ、そして自分が使うチャイ用の緑のグラスをお盆に載せて台所から戻ってきた。
「……ネネも飲むのか?」
「うん。ムスタファーおじいちゃんがお土産にくれたお酒だもの、味見したいです」
「……ふうん、味見ねえ……」
果たして味見で済むのかな、と言いたげな目でスーリヤに見られた寧々子は視線を彷徨わせつつ、彼のグラスに酒を注ぐ。
いつのことだったか、酒を飲んで酔っ払った寧々子がスーリヤにナニかしたらしいのだが、寧々子は覚えていない。その時のことはスーリヤが何故か教えてくれないので、今でも分からず終いだ。自分は酒に弱いと、寧々子は自覚している。恐らく、その時に酔っ払いと化した寧々子がスーリヤに対して碌でもない真似をしたのではないかと想像するのは難くない。
寧々子が短大生だった頃にも、人数合わせで連れて行かれた合コンで烏龍茶と烏龍ハイを間違えて一気飲みして泥酔し、結果としてとんでもない事態を引き起こしたことがある寧々子は「酒は止めておけ」と言うスーリヤに従った方が良いと思うのだが――。
「あ、味見だけ、だよ?若しかしたら、料理酒としても、使えるかも、しれない、もの?」
「……ふーん」
好奇心という名の悪魔に唆されている寧々子は明後日の方向を見つめ、しどろもどろしながら言い訳をした。胡散臭いと言いたげな目をしながらも、スーリヤは寧々子が用意した緑のグラスに味見できる分量の酒を注いでくれた。
「おお~、甘~い匂いが凄いね。スーがよく飲んでるお酒も甘い香りするけど、それ以上だね」
「ネネでもそう思うってことは……相当なんだな、これ」
ムスタファーがくれた果実酒は口に含むと甘ったるい香りと、甘いようでいて苦いような何とも言い難い味が口の中いっぱいに広がるが、酒精自体はそれほど強くないようだ。この不可思議な酒をもう少し飲んでみたいという欲求が出てきた寧々子が駄目元で次の一杯を強請ってみると、意外なことにスーリヤがグラス一杯分注いでくれた。寧々子は注いで貰った分を、ちびちびと舐めるように飲む。スーリヤが言ったことを曲げるなんて珍しいなと思いながら。
「ねえ、何の実が浸かってるお酒なのか、スーには分かる?」
寧々子は徐々に徐々に酔ってきている。けれど本人は、そのことには気が付いていないようだ。ほんのりと目元を朱に染めて、何が楽しいのか、ゆらゆらと体を小さく揺らしながら微笑んでいる。
「マタタビの実が浸かってる」
「そっかぁ、マタタビのお酒ってこんな味なんだねぇ。猫ってマタタビに酔っちゃうって言うけど、スーは、酔っちゃうの?」
「俺が知ってる限りでは……
この世界に馴染んできた頃の寧々子は、虎は猫科の動物なので、
「じゃあ、スーは今……酔ってるの?」
「かなり、酔ってる」
玉葱とかは平気でも、マタタビには弱いなんて。亜人の習性や食性ってよく分からない、と、寧々子は素直に思った。
ふっと見上げると、スーリヤはとろんとした目をして、うっすらと微笑んでいる。普段ではなかなかお目にかかれない希少な表情に、寧々子の胸はきゅんとときめく。
(あー……何であたしの手元にはデジカメがないんだろうねー……)
こんな顔をしているスーリヤを画像として記録出来ないのが残念だと寧々子が心の底から思っていると、スーリヤが体を丸めて、寧々子の顔を覗き込んできた。
「ネネはもう、酔ってるだろ」
「そんなことないよ。頭、冴えてるもの」
「……ふぅん?」
くつくつと楽しそうに喉を鳴らしたスーリヤは手にしていたグラスをお盆の上に置き、寧々子の手からグラスを取り上げて、自分のグラスの隣に置く。寧々子の頤に手をやり上向かせ、ゆっくりと近付いて触れるだけの口付けを落として、肩の辺りから腕を撫で下ろし、寧々子の耳元でぼそりと呟いた。
「……美味そう」
俄かに掠れた低い声が鼓膜を刺激した途端、寧々子の臍の下辺りがきゅうっと締めつけられたような感覚がした。酒に酔っているせいで通常よりも鼓動が早くなっている心臓が、より鼓動を激しくしていく。
「美味しそうって、あたしのこと?」
「そう」
「じゃあ、スーは今、ムラムラしてるの?」
淡い期待を抱きながら尋ねてみると、スーリヤは「してる」と言って、あっさりと肯定した。それにより寧々子の心臓は、益々鼓動を早くしていく。
「うふふ、嬉しい」
喜んだ寧々子がちゅっと音を立てて口付けをすると、スーリヤが寧々子の唇をぺろっと舐めてきた。それは”口を開けろ”という合図だ。寧々子がそれに従って口を開けると、スーリヤの唇が重なり、ざらっとした肉厚の舌が口内に侵入してくる。猫の舌にも似たざらつきのある舌に自分の舌を絡めとられたり、捕らえられた舌を吸われたり、上顎や舌の根、頬の内側などをなぞられていることで、まるでスーリヤに食べられているような錯覚に陥り、それが気持ち良くて、寧々子はふるふると身を震わせ始める。時折、仕返しのようにスーリヤの舌に噛みついたり、鋭い牙を形をなぞると彼は愉しそうに喉の奥で笑い、余裕を見せてくるので寧々子は悔しくなる。拙い動きでも彼を翻弄しようと寧々子なりに頑張るが、やがては息が上がってしまい、唇が自然と離れていってしまった。力が抜けていき、自然と後ろに倒れていく寧々子をスーリヤが背中に手をやって支えてくれ、そうっと仰向けに倒してくれた。
「服、破っちゃ嫌だよ」
「気をつける」
スーリヤの大きな手によって服の袷を開かれ、寧々子の豊かな胸――本人曰く、唯一女らしいと誇れる部分――が露になる。居間の空気が思ったよりも冷えていたからか、はたまた快感でなのか、日に焼けていない両の乳房がふるふると小刻みに震えた。舌舐めずりをしたスーリヤが覆い被さってくると、寧々子は嬉しそうに喉を晒し、スーリヤの甘噛みを受け入れる。
(あれぇ?若しかしてスーの牙、刺さってる?)
彼の牙がちくちくと皮膚に刺さっている感触がして、痛いような気がする。それでも沢山して欲しいという気持ちの方が強いので、寧々子はスーリヤの頭を抱えこむように抱きしめて、もっともっとと強請る。
”食べてしまいたいほど寧々子を愛している”と行動で示しているスーリヤは巨躯を支えていない方の手で、寧々子の胸を押し潰すように撫でている。硬くなってきた胸の頂をぎゅっと摘むと、寧々子の体がびくりと大きく揺れた。
「痛いよ、スー。力が強すぎ。そんなに強く摘まれたら、乳首が千切れちゃうよ……」
「……悪い、力加減が分からなくなってる……うん?」
喉元から顔を離したスーリヤを捕まえ、今度は寧々子がスーリヤの鼻に思い切り噛みつく。
「いひゃい?」
「全然」
寧々子はかなり強く噛みついたつもりだったのだが、頑丈すぎる体を持つスーリヤには蚊に刺された程度にか感じないようだ。それが何故だか負けたような気がして悔しい寧々子は、”美味しく頂きなさいよ、あたしの大事なスーリヤさん!”という思いを籠めて、がじがじと彼の鼻に齧りつく。
「……ネネ、もう良いか?」
「うぅ~~、これくらいにしておいてやらぁー」
「そうか、有難う」
寧々子の鼻噛み攻撃が終わると、スーリヤは美味しそうに色づいた胸の頂を口に含み、つんと尖った其処を舌先で転がす。反対側の乳房はぐにゃぐにゃと強く揉み拉かれる。おっぱいがもげる、と、寧々子は少し心配になった。
「ん、んん……っ。スー、そんなに吸っても……お乳、出ないよ……?」
赤ん坊のように寧々子の乳房を吸うスーリヤが可愛らしく見えて、寧々子はふにゃっと笑いながら、彼の頭を撫でる。
「……乳が出なかろうと、吸いたくなるんだよ。悪いか」
「悪くないです」
随分と大きすぎるけど、赤ん坊みたいで可愛いね。という寧々子の言葉に拗ねたらしいスーリヤは、思い切り乳首を吸ってきた。それが結構な強さだったので、寧々子は自分の乳首が牛の乳首のように伸びてしまってはいないかと少しだけ心配になる。
寧々子の体を這っているスーリヤの手は徐々に下がっていき、とろとろと蜜を零す秘所へと辿り着く。触れられていなかったはずの其処は慣らされていないのにスーリヤの太い指を容易く飲み込み、あっという間に三本も受け入れてしまう。寧々子の体はどんどんスーリヤを受け入れることに慣れていっているのかもしれない。
「あぅ……っ」
秘所を弄んでいた太い指が引き抜かれ、寧々子は仰向けから四つん這いのような体勢を変えられる。尾てい骨の辺りから背骨に沿ってざらついた舌で舐め上げられると顎を引かされ、しっとりと汗ばんでいるので後れ毛が貼り付いている襟首に結構な強さで噛みつかれた。
――あ、死んだかな?
寧々子が呆然としている間に再びスーリヤの指が滴る泉に滑り込み、とろけた媚肉をかき回し、寧々子に快楽を与えてくる。
(首の後ろに噛みつかれたの、初めてだぁ……。痛いけど、気持ち良いかも……)
噛みつかれたまま秘所をかき混ぜられていると大きな波が押し寄せ、寧々子はスーリヤの指を締めつけながら絶頂に達した。襟首を噛んでいたスーリヤの牙は離れ、脱力した寧々子はその場に突っ伏する。快感に打ち震える寧々子は、達したばかりでひくひくと痙攣している秘所に熱い塊が押しつけられたのを感じとり、焦った。
「だめ、スー、あたし、イッたばっかり……っ」
「……無理。もう我慢出来ない」
「あ、その言い方もかわぃ、あっ!ん、んん~~~……っ」
寧々子の制止は聞き入れられなかった。熱く硬いスーリヤの陽物の先端がぐぐっと入ってきて、寧々子の中はどんどん押し広げられていく。スーリヤの陽物――寧々子曰くツチノコは、寧々子の体には大きいことは分かっている。けれどその大きさに慣れてきているはずの体が、「ツチノコがより一層大きく成長を遂げている気がします」と訴えてくる。
――これ、ツチノコ通り越してコモドドラゴンになってないだろうか。と、寧々子は思った。
「うあぁっ、くるし……っ。さ、裂けてない?裂けてない?」
「っ、裂けて、ない」
ぎちぎちと締めつけてくる媚肉を押し分け奥を目指していたツチノコは、とうとう寧々子の中いっぱいに収まる。これも入ってしまうのかと寧々子が感心する暇もなく、スーリヤは上体を倒して寧々子に覆い被さり、腰をゆるゆると動かし始めた。
「あ、う、んぅ……っ。ス、待っ、て、まだ、動か、ないでぇっ」
「……悪い、止まれない。寧々子の中、気持ち良い……」
スーリヤは熱に浮かされた、切なげな声を出して腰を動かして寧々子を苛む。
マタタビに酔っているせいで理性の箍が外れてしまっているのだろうか。寧々子に触れる手付きが、些か乱暴だ。寧々子の腰を掴んで離さない手の指先から出ている爪が肌を傷つけ、彼女の痛覚を刺激してくる。
(そんなに一所懸命に捕まえてなくても、あたし、逃げないよ。大丈夫だよ、スー……)
只管に寧々子を求めてくるスーリヤが愛おしくてたまらなくなって、肌に爪が刺さって痛くても、寧々子の体には大きすぎるツチノコを受け入れるのが辛くても、それらがいつしか快楽に変わってくるのだから不思議だ。
マゾヒストの気があったのかな、と頭の片隅で思ったりしたが、それは気のせいにしようと決めた寧々子はそれを払拭しようとふるふると頭を振った。
「あ……っ?」
スーリヤへの愛おしさを募らせていた寧々子は、突如感じた違和感に驚く。お腹の中で何かがぐぐっと嵌っているような気がしたからだ。
「ああ……寧々子の奥……抉じ開けちまったなぁ……」
「うわあぁ、スー、動かないでっ!が、我慢して!どうどう!」
「……赤ん坊の次は馬扱いかよ」
抉じ開けられてしまった寧々子の子宮口は、偶然にも押し入ることになってしまったスーリヤのツチノコの先端をぎりぎりと締め上げているらしい。それが辛いのか、スーリヤは腰を動かすのを止めた。そして腰を掴んでいた手を動かして、寧々子の下腹部――丁度子宮がある辺りを撫で始めた。皮膚越しに子宮を撫でられているような妙な感覚が気持ち悪くて、寧々子は体を震わせた。
「スー、お腹、撫でちゃ、やぁ……っ。変な、感じ、する、から……っ」
「そうなのか?寧々子の奥の入り口は強張りが解けてきたし……気持ち良さそうに、俺に絡み付いてくるのにな……」
「こらぁ、動くなぁ~っ」
寧々子が油断した隙を見計らって、スーリヤは再び腰を動かし始める。子宮の入り口を出入りされる感覚は、膣を擦りあげられるのとは違って、何だか気持ち悪くも感じられる。寧々子は拳を握り、歯を食い縛って、与えられる感覚を堪える。
「寧々子、歯を食い縛るな……。辛いなら、俺の手、噛んでろ……」
「や、だっ!スーの手はもふもふしたり、掌の肉球も、ぷにぷにして、愛でるものであって、がぶっと、噛みつくものでは、ありま、へんっ!」
スーリヤの手へのこだわりを訴えようと口を動かすが、寧々子は最後の最後で噛んだ。それが面白かったのか、スーリヤは「あっそ」と笑い混じりに言って、荒い息をしながら、腰の動きを早めていく。そうしてスーリヤは絶頂を迎え、寧々子の胎内に精を吐き出した。
寧々子の秘所から陽物を引き抜いたスーリヤは、胎内にじわじわと広がっていく熱を味わっている彼女の体を再び仰向けにすると、彼女の顔に宥めるように口付けの雨を降らせる。
「……今日は、ここまで?」
「いや、まだまだ」
「…………………………死なない程度に、で、お願いします」
「んー……善処はする」
ああ、善処なのね。酔いが醒めてきた寧々子は、明後日の方向を見つめながら口元を引き攣らせた。
掌で寧々子の体の線を撫でていたスーリヤは身を起こし、だらんと力が抜けてしまっている彼女の両足を持ち上げて抱えると、萎えることを忘れたらしい昂りを秘所に幾度か擦りつけ、ぐっと沈めてきた。
「スー、コモドドラゴンが、そんなにも、出入りを、繰り返したら、あたしのソコ、ゆるゆるの、がばがばに、なっちゃわない?」
「……は?コモド……?何だそれ?ツチノコじゃなかったのか、俺のは」
「ん、あっ、マタタビのせいで、ツチノコが、コモドドラゴンに、なって、おいでです……あんっ!」
「要するに、いつもよりでかいってことを言いたいのか?」
寧々子はスーリヤの陽物を何かに例えるのが好きなのだろうか。それは如何なものなのだろう。
マタタビの効果が薄れてきたのか、ほんの少しだけ冷静さを取り戻してきたスーリヤは、寧々子は色気というか、情緒を大事にする感性を何処に置いてきたのだろう、と思いつつ、本能に従って寧々子の体を貪ったのだった。
**********
翌日の朝。昨夜の激しい情交のせいで寧々子は生まれたての小鹿と化していた。
「今日は畑仕事は休んだ方が良い」
すっかりマタタビ酔いから醒めたスーリヤは寧々子の体を気遣ってそう言ったのだが、畑の様子が気になる彼女は悲鳴を上げる体に鞭を打って根性で立ち上がった。然し、全身を襲う鈍痛と疼痛、そして筋肉痛には耐えられず、○ヴァン○リオンのような体勢で硬直した。
見兼ねたスーリヤは、寧々子の体のあちこちについている血が滲んでいる噛み跡と鈍く重たい痛みを訴える腰に、鎮痛効果があるという
その御蔭で痛みは和らぎ、どうにかゆっくりと歩けるまでに回復はしたのだが――流石にがに股はどうにもならなかった。ぎしぎしと妙な音を立てる両足を動かして畑へ向かおうとしていると、向こうからムスタファーが歩いてくるのが見えたので、寧々子は笑顔で手を振る。それに気が付いて、ムスタファーも手を振ってくれた。
「おはよう、ムスタファーおじいちゃん」
「やあ、おはよう、ネネや」
「昨日貰ったお酒ね、マタタビ酒だってスーが教えてくれたの。その後、ちょっと、すごいことになっちゃったんだけど……」
「うんうん、そうだろうねぇ。実はねぇ、昨日の夜遅くになってフッと思い出してね。店の主人に、あの酒はマタタビ酒だから、猫やそれに近い亜人に飲ませると大変なことになるから気をつけろ、と言われてたことを」
「そうかぁ~。出来ればお土産として渡す前に思い出して欲しかったかなぁ~」
こんなことにはなったが、普段では滅多に見られない可愛らしいスーリヤが見られたので、まあ、いいか。と、思った寧々子はとりあえず「あはは」と笑っておく。
「すまないことをしたねぇ。お詫びと言っては何だがね、別の酒を持ってきたんだよ。これにはマタタビは入っていないから、安心しておくれ」
「えっ、気にしなくても良いよ、おじいちゃん。あたしもスーも、怒ってなんかないし……」
ムスタファーも悪気があってしたことではないのだと思っていると伝えるが、ムスタファーは頑として譲らない。根負けした寧々子は、有難くその酒を頂くことにした。
「有難う、おじいちゃん」
「いやいや、こちらこそ有難う。ネネに受け取って貰えなかったら、うちのやつにどやされるところだったよ。それじゃあね、ネネや。あまり無茶はしないどくれよ、膝が笑ってるからねぇ」
「えっ、あ、はい、無茶しないように気をつけますっ」
互いに会釈をして、寧々子とムスタファーは別れる。寧々子は頂いた酒瓶を家に置きに戻り、ムスタファーも自宅へと向かって歩いていく。
のんびりとしてはいるが、高齢の老人にしてはしっかりとした足取りのムスタファーは、ふと、歩みを止めた。白髪が増えて濃い灰色に見えるようになった毛に覆われた長い耳を動かして、周囲に溢れている音を拾い集める。声が届く範囲に寧々子の気配がないことを確認すると、頤に手を当て、愉快そうに幾度か頷く。
「酒ではザルのスーリヤも、マタタビには勝てんのか、ほぅほぅ」
酒に強いスーリヤは、マタタビ入りの酒には酔うのだろうか。そんなことを考えたムスタファーは、スーリヤで実験をしたらしい。
「然しネネには悪いことをしちまったかねぇ。まさか、あんなになるまで、ねぇ……」
ムスタファーおじいちゃんは、自分の好奇心を満たす為の実験に寧々子を巻き込んだことを、ちょっとだけ、反省した。
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