第7話 好きだなんて言うなよ、ネネ――お預けの真相――

 或る時分。

 どこか思いつめた様子のネネが、スーリヤに告げてきた。


「あたしね、スーのことが好きだよ。すっごくすっごく……好きなの……」


 彼女の目は真剣で、顔はおろか耳まで真っ赤にして、ぎゅっと握り締めている手が震えているので冗談を言っているのではないと容易く理解出来た。

 ネネにそう言われて、悪い気は全くしない。それが問題なのだけれど。


「……そうか」


 内心では酷く動揺しているのだが、幸いなことに仏頂面と定評を頂く顔にそれは表れていないようで、彼女には悟られていない。

溜息を一つ吐いて、スーリヤはこう答える。


「……お前のことは嫌いじゃあない。だが人間は人間と、亜人は亜人と番うものだ。……そういうことは俺に言わないで、人間の男に言え」


 彼女は泣き出しそうなのを堪えている表情で、「分かった」と言った。泣かせたい訳ではないけれど、そう言わなければならないのでそうした。ネネの表情を見て、胸が痛んだ。

 その後も時折ネネは告げてくる――「好きよ、スー」と。望んでいる返事がくることはないのに、だ。

 その度にスーリヤは素っ気無く答える――「……あっそ」と。自身の内にある思いをネネに悟られないように。

 そうして、スーリヤとネネは普段通りの生活を営む。何事も無かったかのように。


 ――ネネは気付いているだろうか?スーリヤが何故「嫌いじゃあない」と答え続けるのかを。

 確かにネネのことは嫌いではないのだ。だが、「好きだ」とはどうしても言えないので態と素っ気無く答えている。出来ることなら望んだ答えを言ってやりたいけれど、スーリヤには出来ない。――亜人と人間の間にある差別という見えない壁は未だに崩れきっておらず、亜人と人間が惹かれ合うことは許されないのだと知っているから。

だから彼女を子供扱いすることで、ネネに対して抱いている思いを隠している。

 誰とも番わないのだと誓ったのは誰だ。惑うのであればネネを早く故郷に返してやれと、己に言い聞かせて。


 ――ネネ、俺のことを好きだなんて言うなよ。

 俺もお前が好きだと言いそうになるのを必死に堪えてるんだっつーの。




**********




 或る日の夜。

 なかなか寝つけなかったので、スーリヤは居間でこっそりと晩酌をしていた。ひょっこりと現れたネネに見つかり、「あたしにも頂戴」と強請られた。

 硝子のコップに半分にも満たない程度の酒を注いで手渡した――のがいけなかったらしい。


「スー……スー、好きよ、馬鹿ぁ……」


 仮にも好きだという相手に向かって馬鹿とは何だ、ネネ。

 胡坐をかいているスーリヤの膝の上に陣取っているネネは、完全に酔っ払いと化している。彼女は唖然としているスーリヤに構わず、彼の首に腕を回すと口付けをしてきた。


(……そういえばこの酒……強かったな……)


 何気にアルコール度数が高いこの酒は、アニスという花で香り付けされているので甘い香りが鼻腔を擽り、更に口当たりも良いのでついつい飲みすぎる。それを知っているので少なめに注いだのだけれど――彼女が酒にあまり強くないことは知らなかった。

 手にしたままだった空のコップを金属で出来たお盆の上に置くと、スーリヤは酔っ払いを引き剥がそうとする――が意外にもネネの腕の力が強いので敵わない。力ずくで、とも思うが酒の入っているスーリヤには力加減が難しい。下手をするとネネに怪我をさせてしまいそうなので、それも出来ない。


(……何だかんだで、俺はネネに甘いなぁ……)


 放っておけば、自然と寝るだろう。それまではされるがままを楽しんでいようと考えたスーリヤは、硬く閉じていた唇の力を抜いた。それに気付いたネネの舌が入り込んできたので、自分のもので絡めとり、重ねる。

 柔らかい唇や仄かに酒の味のする舌を味わい、自身の長い舌を使って歯列や上顎をなぞったりしているとネネの体から力が抜けてきた。充分に彼女の口内を堪能したところで唇を離し、ネネの口の端から垂れてしまっている唾液をべろりと舐めとると、彼女の体がぴくっと反応した。


「……そんな顔するなよ……」


 途中で止められなくなるだろうが。

 目元をほんのりと赤く染めて、肩を上下させているネネの姿に思わず喉を鳴らしてしまう。長い間忘れていた劣情が顔を出し始めているのだと分かり、苦笑しか出来ない。


「スー、もっとして……?」

「……こら、煽るな」

「やぁ、スーが欲しい……っ」


 酔っ払いの戯言だと一蹴しなければと思いつつ、体は真逆の行動をとる。親指の腹でネネの唇をなぞっていると、ネネの赤い舌が指を、掌を舐めてきた。その様子が普段の彼女と違って婀娜っぽく見えて、下半身が反応しかけた。


「……俺と番ったってな、何も良いことないぞ」


 スーリヤとネネが同居をしていても村人が何も言わないのは、番は持たないと公言しているスーリヤがネネに手を出さないと信じているからだ。


「仕方がないでしょ……人間の男には欲情しないんだもん……」

「……あっそ」


 スーリヤのシャツに手をかけ、ボタンを外して肌蹴させ、ネネは彼の肌に触れてくる。積極的な割にはネネの手付きは拙い。然し、その拙さがより一層劣情を煽ってくるのだから困ったものだとスーリヤは溜息を吐く。


(……何でネネに惚れたんだ?)


 自分とは違い、ころころと表情が変わるネネが面白くて、見ていて飽きないところか?

 儚げに見えたのは気のせいだったのかと思うほど、実際は逞しかったところか?どこで覚えたのかは知らないが、鮮やかな手付きで鳥を捌く彼女は勇ましい。

 自分の中にあった”女とはこういう生き物らしい”という考えが、ネネにはあまり当てはまらなかったところが良かったのだろうか?


(理由が思いつかないのに、惚れてるのか。訳が分からん……)


 兎に角自覚しているのは、ネネと過ごす穏やかな時間が心地良くて抜け出せないということだけだ。離れていこうとした彼女に「別に迷惑だとは思わないから、好きなだけ此処に居ても良い」などと言って、引き止めたくらいなのだから。

それに彼女の故郷が見つからないことにも安堵している。

 ――これって若しかしなくても重症か?呆れて物も言えない。

 知らず知らずのうちに笑っていたようで、ネネが不思議そうな顔をして此方を見上げているのに気が付く。


「スー?」

「……なあ、ネネ。嫌だって言ったって止めてやらないからな」

「ひゃ……っ!?」


 ネネを上向かせて、無防備な喉に食らいつく。鋭い牙がネネの肌に食い込まないように気を付けながら、甘噛みをする。その行為にどういう意味があるのかを知らないネネが抵抗しないことに満足すると、微かに赤くなった喉を一舐めして、もう一度口付けた。

 膝の上にいる彼女の体の向きを変えて自らの胸の背を凭れかからせると、スーリヤは徐にネネのシュミーズの中に手をもぐりこませて、豊かな胸を掴み、その感触を楽しむ。


「……柔らかいのに、結構重量があるんだな……?」

「ん……ふぅ……ひぁっ!」


 やわやわと胸を揉みながら、スーリヤは硬く尖り自己主張してきた乳首を摘んだ。ネネの体が跳ねるのが面白いので、両方執拗に弄る。


「あっ、あっ、んぅっ、スー、おっぱいばっかり、やぁ……っ」

「……何だ、他に触って欲しいところがあるのか?」


 そう問いかけると、ネネは言葉を詰まらせる。膝を合わせてもじもじとしているので、大体察しはついているのだが敢えて気付いていない振りをして、耳に舌を這わせて甘噛みする。

 齎される刺激に翻弄されてふるふると震えているネネは胸を弄っているスーリヤの手をとると、足の間へと導いた。


「ここ、触って、欲しい……っ」

「……ん」

「ひぅ……っ」


 ネネが震える手でシャルワールを止める帯を解いたので、隙間から手を忍び込ませる。茂みを掻き分けて、割れ目に指を這わせるとネネの体が震えた。ネネの秘所はスーリヤに与えられた刺激によって、しっとりと濡れている。


「んんっ、んっ、ひぃあぁぁっ」


 花芯を守るようにある包皮を蜜を絡ませた指で優しく剥いてそれに触れると、ネネはびくびくと体を震わせ、泉から一段と蜜を溢れさせる。鋭い爪が出てネネの中を傷つけないようにと充分に注意しながら、ゆっくりゆっくりと中指の先を秘所の内へと埋めていく。

 ネネの中は狭くて、蠢く襞が指をきゅうきゅうと締めつけてきた。中の緊張を解そうとして指をゆるゆると出し入れをしていると、或る一点に触れた時にネネの体が大きく跳ねた。

 ――ああ、ココがネネのイイトコロか。

 スーリヤは唇の両端を吊り上げ、重点的に其処を弄ってやる。一本だけだった指を二本に増やし、ネネの中でばらばらに動かすと彼女は淫らに体をくねらせる。


「ふ、あぁ、ふぁっ、やらぁっ、スーっ」

「……嫌か?止めるか?」


 まあ、止めてやる気はないのだが。そんな気は、とっくに失せている。

 亜人と人間は相容れないだの、結ばれることは許されないだの、そんなのはどうでもいい。番なんていらないと言った過去の自分には蹴りでも入れて、その誓いはなかったことにする。

 ネネが欲しい、ネネだけが欲しい。


「やめ、ちゃ、やぁ……っ」

「……ん、分かった……」

「ん、んんぅ、ぅあ、あぁぁぁぁっ」


 快感が頂点まで達したネネが大きく体を震わせる。彼女の中から指を引き抜くと、彼女の中から溢れ出した粘液が名残惜しそうに糸を引いて、ぷつんと切れる。

スーリヤはくったりと弛緩した彼女の体を抱きしめた。


「……なぁ、ネネ。お前が好きだ……ずっと……言いたかった……」


 腕の中で荒くなった息を整えている彼女に、スーリヤは語りかけた――のだが。


「……ネネ?」


 ネネの反応がない。

 おかしい、「そういう大事なことは早く言えよ、スーの馬鹿!」とか言われるかと思っていたのに。

 何だろう、とてつもなく嫌な予感がする。漠然とした不安を抱えながらネネの顔を覗き込んだスーリヤは――顔を引き攣らせて固まった。


「ぐぅ~……」

「………………………………………………………………………………………………おい」


 寝てやがった。覚悟を決めて告白をしたのに、ネネが寝てやがった。

 スーリヤががっくりと項垂れると同時に、立ち上がっていたモノも萎れて力を失くした。

 すっかりやる気がなくなったスーリヤはネネの体を清めて服装を整えてやると、自分の寝台に彼女を連れて行き、腕に抱いて眠ることにした――明日の朝、彼女が目覚めた時の反応を楽しみにして。




**********




 ――翌日の朝。目を覚ましたネネが、此方を見て硬直している。

 面白い顔をしているなぁ、昨夜の艶っぽい表情はどこへやったのやらと、表情には出さずに腕の中の彼女を眺めていると、漸くネネが口を開いた。


「あのー、何であたしはスーと一緒に寝ているのでしょうか?」

「……覚えていないのか?」


 そう問いかけると、ネネは頭を抱えて悩み始める。


「えーっと、昨日の夜は……スーがお酒飲んでて……あたしも飲んで……。うーん、あたし酔っ払ってスーの寝台に潜り込んじゃった?」

「……」

「あたた……思い出したら、頭痛がしてきた……二日酔いかなぁ……?」


 ネネは昨夜の出来事を、綺麗に忘れ去っていた。


(……俺の苦労と苦悩を返せ……)


 そのことに無性に腹を立てたスーリヤはネネに告白したことを彼女に教えてはやらず、暫くの間は素っ気無い返事をし続けてやろうと心に決めたのだった――初めのうちはネネが寝てしまうまで、彼女にされるがままの状況を楽しもうとしていたことは棚に上げて。あれは自分も酒が入っていたからだ、と自分で自分に言い訳をしておく。


 まあ、ネネが素面の状態で誘ってきたら、少しは考えるけれど。

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