プレイレポート(小説風)

1.ロ1号


 海底ケーブルソナーが未確認生命体らしき物体を探知。未確認生命体は、沖縄本島はホワイトビーチに向けて悠然と潜行しつつあり。その報をサコミズ官房長官が聞いたのは、彼の日課である早朝のジョギング、その最中だった。続いて、近海を警戒中の護衛艦が襲われたことも。

 護衛艦は説明するまでもなく自衛隊の艦種である。それを、在日米軍基地がある沖縄本当のホワイトビーチ沖に配置する。

 これは訓練ではない。リハーサルですらない。

 怪獣を迎撃する作戦なのだ。それも我が国の持ち出しで。

 そのことに改めて思い至り、苦虫を噛み潰したような顔になっている自分に気づくと、サコミズはすっといつもの無表情に戻った。SPに、

「官邸……いや着替えが先か。議員宿舎に戻る」

 そのための車を呼ぶよう指示して、髪を撫でつけた。そのまま安堵の吐息をつこうとして、思いとどまる。ここは路上だ。

 携帯を取り出してはしまうという動作を繰り返すこと10回にして、迎えの車は来た。乗り込むと程よい冷気に一息ついて、さっそく携帯を取り出す。

 誰あろう、道端では通話をはばかられる相手に電話をかけるために。

『ああ、サコミズさん、お疲れ様です』

 総理の若い声は、まったく屈託がなかった。この無類の明るさと、それを頼もしさに見せる才能で、多くの男女を味方につけてきたのだ。

「もうすぐモロボシさんたちの記者会見が始まりますよ。一緒に官邸で見ませんか?」

 助手席の秘書が差し出したペットボトルの水を口にしながら、着替えを先にすると断ると、これまた明るく承諾された。

 その明るさのまま、毒が投げつけられる。

『サコミズさん、一つ、当ててみせましょうか?』

「ほぉ、なんですかな?」

 毒とは、苦いものだ。

『また東京が襲われなくて良かった、って思ってるでしょう?』

「めっそうもない。沖縄は要の地、ですよ。ははははははははははは」

 ではまた官邸で、と言って通話を切り、サコミズは手の冷たさに気づいた。いつのまにやら握りつぶしていたペットボトルから水がこぼれだしていることに。

 若造め、いつかこんなふうに……



 記者会見の会場は、眠たげな記者たちの漏らすため息とあくびで、どうにも締まらなかった。夜討ち朝駆けというのは、どうやらもう死語らしい。その目つきは「こんな朝っぱらから呼び出しやがって」と言いたげだ。

 かといって会見を遅らせれば、情報提供が遅いとブー垂れる。どうせ突っ込んだ質問もできやしないくせに、メールによる報道発表は手抜きだとぬかす。

 結論として、慇懃無礼な顔を取り繕い、モロボシ統合幕僚長は司会役の報道官を目顔で促した。

 委細承知した彼女のきびきびとした声で、緊急記者会見が始まる。

 ロ1号作戦。それがレヴィアス迎撃及び捕獲作戦の呼称だった。

 作戦に投入されるのは、こんぺき型護衛艦4隻。うち1隻を待機戦力として、基本3隻の連携でレヴィアスを追い詰める。使用するのは超音波機雷「カンナイ」。これの発する特定周波数をもって――レヴィアスはこの特定周波数を毛嫌いして、近づくことすらできない――奴の周囲を囲い、捕獲するのだ。

【「カンナイ」は人間側のアクションカードで、船コマのいる海洋マスに敷設します。この機雷があるマスに、レヴィアスは侵入できません。また、レヴィアスのいるマスに機雷が投下された場合、怪獣側プレイヤーは当たりであることを宣告し、1マス移動せねばなりません。】

 報道官による作戦概要説明が終わり、質疑応答へと移る。記者の1人が手を挙げた。

「今回の作戦に投入するのはこんぺき型とのことですが、イージス艦は?」

 予測された質問に、モロボシの隣に座るイサナ海上幕僚長がよどみなく答え始めた。

「イージス艦は対水中戦特化というわけではありませんし、探知能力の面ではこんぺき型は優秀です。それにイージス艦は弾道ミサイル監視任務もありますので、今回はこんぺき型による作戦を立案しました」

 もちろん、よどみない説明には裏がある。海中を棲み処とする得体のしれない怪獣相手に、艦隊防空システムであるイージスシステムの搭載艦をぶつける理由がない。イージス艦は、どこぞの国の民が――目の前の記者もだが――勘違いしているような”最強軍艦”ではないのだ。

【ゲーム付属の説明書には「新鋭イージス艦」と明記してありますが、上記の理由で(作者さんごめんなさい)通常の護衛艦ということにしました。海自はイージス艦に山の名をつけますしね。】

 別の記者が手を挙げた。

「この資料にある堤防、というのはなんですか?」

 それは、国土交通省管轄の特務建機部隊によって建設される、対怪獣水害特殊堤防のことだ。即席なので津波を受け止めて壊れてしまうが、怪獣の行動を読んだうえで建設することで、陸地の被害を最小限に食い止める。

【人間側のアクションカードで2基まで建設できます。AからEまでのどこに建設したかはレヴィアス側にはわかりません。】

「沖縄への、えーと、怪獣の出現はいつ頃ですか?」

 俺が聞きたいよ。なんなら取材してこい。単独スクープだぞ。

 もちろん、そんなことはおくびにも出さない。モロボシは劇場型政治家ではなく、コントをする気もないのだから。

「このままの速度で進むと、2日後と思われます」

 その後も質疑応答が続いて、記者会見は終了した。

 会見場を出たところで、副官が近寄ってきた。手に内線電話の子機を握りしめて。

「セリザワ研究総務官からお電話が――「切れ」

 モロボシの答えはにべもなかった。横のイサナが目を剥くのも構わず、厳しい表情を作る。

「そいつは研究総務官じゃない。米軍公認のマッドサイエンティストだ。切れ」

 はい、と素直に通話を切った副官が、澄ました表情で姿勢を正した。

「研究総務官から、奴は切るだろうからと伝言を預かっております」

 悪態を一声突きつつ、吹き出したイサナに拳骨を見舞ってから、モロボシは観念した。

「言え」

「はっ。……『私なら、例の機雷の改良プランを提示できるぞ』、であります」

 それだけじゃない。何かある。だが、統合幕僚長は即断した。

「奴に伝えろ。沖縄へ送り込んでやる。ただし、F-15のキャリーポッドに詰め込んでだ」



2.迎撃作戦開始


 首都でそんなやり取りがされてから、2日後――

 沖縄ホワイトビーチからやや離れた所に設営された指揮所。

 南国の強い日差しもその無機質な壁と完備された空調は越えてこない。だが、フジミヤは額に球の汗を浮かべていた。

 ロ1号作戦の指揮官に任命する。その辞令が交付されたのは2日前だった。身辺整理は最小限――というか着替えをひっつかんだだけで拘束同然に連絡機に乗せられ、この南の島にやって来たのだった。

 連絡機の機内で資料をむさぼるように読んだ。それは、幼少時からの生粋の海の男であるフジミヤをして、冗談か妄想としか思えない内容だった。

 その魚類の体長は、どう小さく見積もっても100メートル以上。体重不明。

 6月23日にハワイ州オアフ島を襲撃。その際の津波により、海岸線一帯の全築造物が倒壊し、死傷者及び行方不明者多数。急遽出撃した駐留米軍との戦闘の末、逃走。

 7月、マーシャル諸島、ソロモン諸島、グアム島、サイパン島を次々に襲撃。

 8月8日、本邦石垣島と宮古島を襲撃。海自は海底ケーブルソナーにより行動を探知していたが、それは別の進路を示していると幕僚部は判断。これが初動の遅れとなる。

 そして、真珠湾で採取された鱗の遺伝子解析により、「巨大魚類は高速で自己進化を繰り返す」と報告されている。実際、オアフ島と、それ以降の島々で撮影された魚影は外観も大きさも全て異なっているのだ。

【高速自己進化。いい響きです。ゲーム上ではレヴィアスは2回進化します。でも、ねぇ……】

 アメリカ政府命名「REVIATH(レヴィアス)」と、戦う。それが、フジミヤの任務だった。

 いや、戦うというのはちょっと違う。ハワイ駐留米軍の攻撃を2日間耐えて逃走に成功した怪物――いや怪獣に、護衛艦の装備では歯が立たないだろう。

 そのことは幕僚部も織り込み済みで、作戦目標はただ1つ、「捕獲」とあった。

「いくら俺が漁師の息子だからって、無茶振りしてんじゃねぇぞ、おい……」

 フジミヤは白髪の混じり始めたクルーカットをガリガリと搔き毟った。

 そして現地で米海軍関係者とのブリーフィングと現場視察――ところどころで試されながら――を終えて、あっという間に2日が過ぎ、ついにその日が来たのだった。



 ホワイトビーチの住民には避難勧告を出してある。もちろん米軍の基地司令経由だから時間はかかるが、どうにもしようがない。

 偵察ドローン――これを飛ばす許可すら米軍は渋りやがった――の映像では、まだ人影が見えるホワイトビーチ。その沖に、3隻の護衛艦をVの字に配置した。レヴィアスの侵攻方向に正対する形で、右から「しんぺき」、「こんぺき」、「らんぺき」と並べた。これに加えて、2日前にレヴィアスの襲撃を受けた「きんぺき」は修理を行いつつ港で待機させてある。

 全4隻。これがレヴィアス迎撃艦隊の総力だった。

【最初「ぜっぺき」「かんぺき」「けっぺき」にしようと思ったんですが、緊迫感がなくなるのでやめときました。どうでもいいことですが。

 港に停泊している船コマはアクションカードで現場海域に出航させることができます。】

 ……いや、いる。実際には、もう1人の戦力が。

 フジミヤは指揮所の後方を振り返ると、その1人――アメリカ国籍だという女性に声をかけた。

「奴は、どうしていますか?」

 女性はつぶっていた眼をうっすら開けると、かすれ声で応じた。

「そこにいるわ。来ている」

 参謀たちの胡乱げな目を、俺もしているだろう。彼女の過去の言動が全て当たっているとしても、だ。

 女性は西海岸に住む普通のスーパーマーケット店員だった。怪獣などカートゥーンの中の存在でしかなかった彼女が、レヴィアスの気配を感じられると言い出したのは、ハワイが襲撃された直後だった。その後の一連の襲撃を当ててみせると、彼女の周囲には見せ物扱いするマスコミ以外には、悪魔の使い呼ばわりして嫌悪感をむき出しにしてくる狂信者しかいなくなった。そして、間一髪のところを米軍の情報部に救出され、CIAに無事引き渡された後、今回の迎撃作戦に提供されたというわけだ。

 フジミヤは咳ばらいを一つすると、さらに問いかける。作戦遂行に必要な情報を手に入れるために。

「そこ、とはどこです? この海域図の上に示していただけませんか?」

 指揮所のメインモニターに大写しになっているのは、ホワイトビーチ沖の海域図だ。物憂げな彼女を促して、スタイラス付の指揮棒を渡す。なおも動きの鈍い彼女に、

「昨日、リハーサルをしたじゃないですか。その棒の先で、レヴィアスの潜んでいるポイントをタッチしてください」

 海域図は1から32までナンバーをつけて区分してある。スタイラスでタッチしてポイントを指定できるだけでなく、円を描いて広域の指定もできるようになっているのだ。

 だが、ぐぅっと首を傾げ、こちらの意図をつかみかねているらしき女性に、フジミヤは内心怒りを覚えてきた。こいつ、もしかしてわざとやってるんじゃないか。

(サボタージュか、いい度胸だ。俺の部下なら迷わず営倉送りにしてやるのに!)

 次の行動で、フジミヤの怒りはさらに増した。女性はツンツンと3か所もタップしたのだ。

「この3か所のどこかにいるわ」

 彼女の傍らに付き添ったCIAの女性士官がこくりとうなずくのを横目で見て――いや睨んで、フジミヤは参謀の一人に指令を下した。

「しんぺきにエリア20まで進出させろ。そこでソナーだ!」

【レヴィアス側はマップ上の陸と一番離れたエリア27、29、31のどれかにスタート地点を決め、手元のメモ用紙に数字を書き込みます。以下、移動を宣告したり、機雷を真上に投下されたりした場合に、メモに移動先の数字を書き込んで証拠とします。ゲーム付属の衝立で、人間側からメモは見えません。

 人間側の初手は、船コマ3つのうち前衛の2つどちらかを動かして、レヴィアススタート地点の含まれる海域に進出してソナー使用ということになります。1番手プレイヤーの手札に「ソナー」がないと、ちょっと大変です。】

 答えはすぐに出た。

「しんぺきから報告! ソナーに感! ソナーに感!」

【マップは合計32の正三角形の海洋マスで構成されていて、六角形になっています。海域とは、その三角形が4つごとに白い太線で囲まれているエリアで、正三角形型が6つと、平行四辺形型2つでマップが構成されています。詳しくは公式サイトを……と言いたいところですが、なぜか「Kaiju on the Earth」のサイトにレヴィアスが掲載されていません(2020.08.27現在)。Makuakeのページにマップの写真が載ってるので、それを見てもらうしかないですね。

 アクションカード「ソナー」は、海洋マスにいる船を1つ選び、使用します。人間側プレイヤーがソナーを使用した場合、レヴィアス側プレイヤーはその船コマがいる海域に怪獣がいるかいないかを正直に申告しなくてはなりません。】

 指揮所内が一気に沸き立つ。フジマキと女性を除いて。

 指揮官は冷静たれ。まだ作戦目的を達成していないのだ。

「よし、しんぺきはそのまま警戒を解くな。こんぺきに伝達。エリア11まで進出して――」

「移動したわ。多分ね」

 けだるげな声の主を横目でにらんで、すぐにオペレーターに目を剥けると、心得た一等海士は手元の端末を操作し、レヴィアスの現在地点を薄い赤色でモニターに表示させた。

(さて……)

 しんぺきを今のエリアから移動させるべきか。あの艦は今やレヴィアスの移動範囲にいる。襲撃された場合、作戦行動を止めて一旦港に帰投し、応急修理を受けるべし。これは海上幕僚部からの命令だった。自衛官たることをなによりも誇りとするフジマキにとって、上からの命令は絶対だった。たとえ一時的な戦力ダウンになろうとも。

 あるいは逆に、しんぺきに例の機雷を投下させるという手もある。東京から来た研究総務官とか名乗る女性が――なぜか統合幕僚長の推薦状まで携えてきた――機雷に突貫作業で機能追加を行い、こう言ったのだ。

『とにかくばら撒け。ばら撒ければこちらの勝ちだ』

 目を閉じて少しだけ逡巡したのち、フジマキは決断した。

「こんぺきはエリア11に移動。しんぺきに通信。カンナイ、投下」

【人間側プレイヤーは各々アクションカードを2枚配られています。船コマを合計2マスまで移動させた後、アクションカードを使用するか、手札を1枚捨てて、代わりに船コマをもう一度合計2マスまで移動させるか、の2択です。最後にアクションカードを山札から1枚補充して、ターン終了です。

 アクションカードの裏面にはDay 1からDay4までのカウントが記されています。1日が終わると、そこにはレヴィアスの進化カードが顔を出すという積み方をします。】

 怪獣は移動したので、もしかしたらしんぺきの直下にいるかもしれない。それならば――

 フジマキの希望的観測はわずか5分で崩れ、1時間で夢と消えた。しんぺき直下に怪獣はおらず、

「きんぺきより来電! レヴィアスの襲撃を受けたとのこと!」

【機雷が投下された場合、レヴィアス側はそこにいるかどうかを宣言し、いた場合1マス移動せねばなりません。そして、しんぺきの東側に展開していたきんぺきが襲撃されました。人間側の読みが外れたことになります。

 レヴィアスの行動「捕食攻撃」を受けた船コマは港に、つまりゲームからいったん退場になります。一方、レヴィアスはエネルギーを3得ます。船を(あるいは乗組員を)食ってエネルギーに変えるということでしょう。代わりにレヴィアスは、現在位置のヒントを、それもかなり確度の高いヒントを人間側に与えることになります。】



 きんぺきは15分ほど続けたジグザク行動をようやく止め、港に向かって舵を切った。

「機関全速、了解」

 機関士からの返答をうなずきで返し、艦長はじっとりと汗ばんだ額をぬぐい、この時初めて制帽が飛んでいたことに気が付いた。

 各部署からの報告によると、レヴィアスに噛みつかれた船体左舷の浸水は収まりつつあり、現在はバラストを微調整して艦を鉛直方向に立て直そうとしている状態だ。それでも全速で港に帰投できているのは乗組員たちの努力と才能の賜物だ、と素直に思う。

 あの化け物に乗組員の何人かが食われても、彼らはそれを乗り越え、頑張っている。CIC(戦闘指揮所)のスタッフも。

 人的損害は、しばらく埋められない。チームというのは、有能な人材を連れてくれば即機能するわけではない。サッカーゲームとは違うのだ。

 それでも、早急に埋めなければならない。あの化け物との戦いはまだ続くのだ。

 艦長はスタッフに、人的被害のリストを至急作成するよう命じ、レーダースクリーンを見つめ続けた。



「ああ、動画は見た。完全に弾かれてるな。というかお前、こんな至近距離で――」

『ふっふっふっ。すごいだろ? 大迫力だろ?』

「跳弾が当たるとか考えないのか?」

『レヴィアスの鱗、見たか? あんな動きをするんだな』

 だめだ、研究のことになると、昔から本当に会話が噛み合わなかった。最近はそれに怪獣の話題が加わって、悪化する一方だ。

 いつか永遠に噛み合わなくなる日が来るだろう。彼女が怪獣災害に巻き込まれて……。そんな思いが時々脳裏をかすめるようになった。

――彼女はこの日、きんぺきに乗艦していた。

『レヴィアスを間近で見せること』

 これが彼女の協力に対する条件だったのだ。

 彼女の狙いは当たり、艦長命令無視で戦闘行動中の艦橋外に出て、動画の撮影に成功していた。僚艦であるしんぺきの54口径127mm単装速射砲が打ち込んでくる砲弾をことごとく弾くレヴィアスの鱗を、まさに至近距離で撮影していたのだ、このバカ女研究総務官は!

 気を取り直して、

「それで? 何か有効な打開策は浮かんだかね? 研究総務官」

『無いな』

「そうか……」

 実は少しだけ期待したのだ。前回の特殊冷凍弾のようなすごいアイデアが出てくることを。だが、現実は、いや彼女は非情だ。

『そんなもの、いらんよ。今回は囲うだけ。ただそれだけでいいんだ』

【実際、なんの解決になるのか皆目分かりませんが、それが人間側の唯一の勝利条件です。】

 こちらの鼻白む表情を見透かしたのか、セリザワはクツクツと低く笑うと、

『まったく、大将閣下は撃破好きでいらっしゃる』

「大将じゃない、と何度言ったら分かるんだ?」

 否定するのはそこじゃない。分かっている。だが、モロボシは自衛官だ。身も蓋もないこと言えば、軍人なのだ。敵の撃破を志向するのは当然ではないか。

 こちらがはぐらかしたのを肯定とみなしたのか、研究総務官は意外なことを言い出した。

『実を言うとな、撃破、いや、殺処分する方法はある』

「! 本当か?! ……ああ、どうせ毒とか電撃とかの類だろう?」

 さらに不敵に笑う彼女。答えは、わが国には到底取りえない手段だった、とだけ言っておこう。環境原理主義者たちが聞いた瞬間、汚れた耳を自らの手で削ぎ落としそうな、とも言えるか。

 モロボシは断固かつ決然と拒否すると、話題を変えた。

「ああ、そういえば、おめでとう」

『ん? ……何がめでたいんだ?』

 こいつは……

「お前の娘の結婚披露宴が今日だったんだぞ」

『ああ……娘……今日?』

 だめだ、本当にダメだ。

 モロボシは目眩をおぼえながら声を何とか絞り出した。

「ありがたく思え。お前の分も祝電を送っといたぞ」

『ほぉ、ありがとう。お礼にレヴィアスの鱗を進呈するよ』

「いらん。酒の肴を買って来いよ」

 生きて戻ってこい。


3 殴打


 ホワイトビーチの朝の静寂を破ったのは、津波だった。その轟音は当該地区から離れている指揮所にも響き、フジミヤの脂汗は止まることを知らなかった。

 当方が想定して昨日中に築いておいた特殊堤防は、今回は役に立たなかった。位置が違ったのだ。

「D地区ですね。ということは――」

 参謀の一人がオペレーターに命じて、レヴィアスの予測位置をスクリーンに表示させる。

 レヴィアスも生物であるから、睡眠は必要らしい。ゆえに夜間はこちらも休むことができた。これまでのデータをもとにレヴィアスの起床時間を割り出し、先手を打とうとした矢先の津波だったが、こちらにとっては良し悪しである。

 津波被害は確かに痛い。後日日本政府に米国政府からツケが回されることは確実だ。

 だが、いくらレヴィアスが人知を超えた怪獣だとしても、あらぬ方向から津波を放てるわけではない。ゆえに、昨晩までの存在予測位置に津波の進行方向を重ねれば、

「……奴はこの3ポイントのどこか、ということです」

 したり顔の参謀にうなずきで返し、フジミヤは指令を発した。

「きんぺきを出航させろ。ポイント19に全速で急行し、機雷を投下。急げ」

 指令をきんぺきに伝える参謀とは別の女性士官が、首を傾げた。

「ソナーで探らなくてもよいですか?」

「そんな暇はない。とにかく機雷をばらまき、防衛ラインを形成する」

 なぜか、機雷は先の津波でホワイトビーチに打ち上げられることなく、投下ポイントに滞留している。したがって、特殊音響機雷による防衛ラインをまず形成し、レヴィアスから護衛艦を守る。それが目下の優先任務だった。

【レヴィアスは津波攻撃(△3)によって人間側の陸地を一つ水没させることができます。4つ成功したら、レヴィアスの勝利です。これに対して、人間側はアクションカード「堤防建設」で堤防を2つまで事前に築くことができ、その地区に対する津波を1回だけ防ぐことができます。さらに、アクションカード「復旧ドローン」を使えば、津波を受けて廃棄された堤防を再利用できます。

 作中でも書いたように、レヴィアスが津波攻撃を放つということは、その目標地区へ向かって一直線に攻撃するということですから、その直線上のどこかにレヴィアスがいることになります。前ターンまでの位置推測に加味すれば、いや、たとえ予測が外れていたとしても、レヴィアスの位置がある程度推測できることになります。

 作戦海域にオンステージしている船コマを増やしたい場合は、アクションカード「出航」を使用します。】

 フジミヤの耳に、聞き慣れた声が聞き慣れないテンションで飛び込んできたのは、説明を終えて汗をぬぐった直後だった。

「ahhahahahahahaha! 動いたわ! ねぇ動いたって言ってるでしょ、Yell〇w-M●nkey!」

 そこまで聞き取るのが精いっぱいで、あとは意味不明、あるいは聞くに堪えないスラングを連発しているのは、例の女性。レヴィアスの動きを探知できるアメリカ人だった。

 一人で不思議な踊りまで踊りだした女性を見て、フジミヤはCIAのエージェントを手招きした。

「何をしたんだ?」

「昨日あんまり低調だったから、朝あげたのよ」

「何を?」

「常備薬よ、彼女の」

 そういってにっこり笑うエージェント。いかにも心から笑っているように――しかもチャーミングに――見えるところが訓練の賜物なのだろう。

(常備薬……medicineじゃねぇんだろうな、たぶん……)

 指定ポイントに超音波機雷を投下完了。その確認を指揮所が受けた時、オペレーターの一人がなにやら焦り始めた。ディスプレイの一つに顔を寄せ、しきりにジョイスティックを動かしているのだ。

「どうした?」

「いえ、変なんです。機雷が勝手に動いているような……」

「そんなバカな。誤作動か?」

 機雷「カンナイ」には、研究総務官の行った緊急改修で機能が一つ追加されている。指揮所が運用しているドローンか、艦載ヘリ「ヤタガラス」から出す誘導ビーコンによって移動させられるのだ。

【アクションカード「機雷の敷設」または「艦載ヘリ ヤタガラス」によって、新たな機雷を投下する代わりに現在展開ししている機雷を1マス移動させることができます。レヴィアスは機雷のあるマスを通過できませんので、追い込むために必須の行動です。】

 『誤作動』とはその推進装置が誤って作動しているのでは、という意味である。

 だが、推測は二重の意味で外れた。オペレーターが急派したドローンを使った機能チェックでは異常が見つからず、近くを航行中のしんぺきが驚くべき情報を上げてきたのだ。

『こちらしんぺき! 海流に異常を認む! 繰り返す! 海流に異常を認む!』

【山札の中には、レヴィアス覚醒イベントが起こるカードがあり、人間側プレイヤーがこれを引いたら怪獣側は覚醒カードの山札の上から1枚引き、直ちに効果を発動します。ちなみに、プレイレポート内で再現したのは「異常潮流」。レヴィアスが機雷を2つ、それぞれ1マスずつ移動させることができます。機雷による包囲網を敷かれた時に穴を開けることができる優れモノです。ただしこの覚醒カード全て、効果は一度きりです。】

 まさか、奴は海流まで操るというのか。津波にも流されなかった機雷を動かせるほどの。

 フジミヤは歯ぎしりをすると、不思議な踊りをまだ止めないアメリカ女に向かって怒鳴った。

「奴は動いたな?」

「Wao サルがしゃべ――」

 それ以上言わせず、フジミヤは2、3歩詰め寄ると彼女のあごにフックを叩き込んだ。吹き飛んで床に激突したジャンキーを見下ろして、

「知らないのか? サルは気が短ぇんだ」

 口から血の泡を飛ばしながらわめき始めた女性の胸ぐらを掴んで上に引きずり上げる。

「質問には正確に答えろ。次にふざけたら、叩き込む」

「は?! ま、また暴力? 女性に対する敬意が――」

「拳じゃねぇ。海にだ。あの魚のエサにしてやる。理解したか?」

 ひっと息を飲んでしばらく、アメリカ人女性はようやくうなずいた。

「奴は動いたな?」

「そ、そうよ」

 手を離すと床にへたり込んだ女を放置して、正面のディスプレイをにらむ。奴の行動可能範囲は、機雷の包囲網を破られたことで広がってしまっている。

「どう思う?」

 参謀たちに尋ねたのは、もちろん奴がどこへ動いたか。あるいは、動かなかったかだ。

 女性士官が手に持ったタブレットを操作した。

「奴のこれまでの戦闘記録の解析では、包囲網の外へ抜ける確率は58パーセント、あえて包囲網の中に止まる確率は、13パーセント。残りは網の中を少しだけ移動する確率です」

【レヴィアスの行動選択肢の1つ「移動」は、宣言して動かないのもありです。エネルギーは△2されます。】

 58パーセントか。意外に低いな。……よし、ならば。

 フジミヤはこんぺきに出航を命じ、つづいて機雷の1つを移動させた。網は繕っとかないと。フジミヤの海の男――いや、漁師の息子としての習性が、このあと大きな意味を持つことになる。



 2日目も日が暮れて、フジマキたちは当直士官を残して指揮所を出た。基地のアスファルトは晴天だった一日の熱をまだ帯びていて、むっとする暑さがフジミヤたちを包んでくる。

 10時間以上立ちっぱなしで作戦指揮をしたので、さすがに足がだるい。足を振りがてら腕や肩の関節をバキバキ鳴らすと、それに呼応したのか腹の虫が泣いた。

「さてと、飯食いに行くか」「Hey! ちょっと待って」

 マスコミ対策のため基地エリアの外には出られないし、あいにく酒は飲めないが、オキナワメシを堪能できるのは嬉しい。統合幕僚長の手配でコックが4人、宿舎近くに建てられたプレハブで調理をしてくれていた。

「Hey! 無視しないでくれる?」

 無視したんだよ、腹が減ってるんだからよ。

 それでも追いすがるCIAの女性エージェントに根負けして、

「何か用か?」

「2人きりで話したいことがあるの。大事な話よ」

 下品な口笛を吹いた参謀に軽く拳骨をお見舞いして、5分と区切った「お話」は部下たちを先に行かせた路上で始まった。

「彼女、あなたを訴えるって言ってるわよ」

「へぇ」と口を歪ませて応じる。

「お国の裁判所はラリってる奴の口から漏らしたクソまで処理してくれるのか?」

「処理するのは弁護士の仕事よ」

「CIA御用達の?」

 まさか、と言いたげな表情を作りながら肩をすくめて、

「我々に協力してくれるなら、処理してあげてもいいわ」

 微妙な近接戦闘を仕掛けてくるじゃねぇか。近ぇよ、顔が。

「へぇ」

「……なによ?」

「スカトロ趣味があるとは、意外だな」

 また肩をすくめて、彼女はさらに身を寄せてきた。そして一言。

「私のボスと一緒にしないで」

 彼女がすっと身を引いたのを潮に、フジミヤも踵を返した。まだ3分と立っていないが、CIAの職員がする話なんて、どうせろくなのじゃない。

 その背中に、落ち着いた声が飛んできた。沖縄には似つかわしくない、やや氷混じりの。

「奴を捕まえて。じゃないと私があなたを訴えるわ」

 振り向かず、右手を挙げるだけに留めて、フジミヤは食堂へと歩を進めた。



4.最終進化、あるいは終局への飛翔



 3日目を丸々機雷の散布に費やして迎えた4日目。自衛隊怪獣迎撃艦隊は、レヴィアスを追い詰めつつあった。すでに昼を過ぎ、超音波機雷の網は徐々に狭まり、そして不可思議にもレヴィアスは逃げず、網の中を泳ぎ回っている。

 そう、なぜ奴は逃げないのか。無限の大海へ。それほどまでに陸地が、人の棲み処が憎いのか。

 憎いのならば、なぜ、もっと力を使わないのか。3日目に相次いで見せた渦潮や通信妨害のように、超常の力をなぜ発揮しないのか。

【渦潮はレヴィアスの第2進化で得られる能力の1つです。

 先述しましたが、このゲームは一日が終了した時点、つまり人間側のアクションカードが1日分尽きた時点で怪獣に進化カードが1枚与えられます。Day1の終わりに第壱進化、Day2の終わりに第弐進化といった具合です。怪獣側プレイヤーは進化カードの能力を好きな時に1度だけ発動できます。そう、覚醒カードと同じく、1度だけ。

 現在プレイレポートは4日目に入っています。つまりレヴィアスは第参進化を控えているわけで……】

 フジミヤの思索を、女性士官の声が破った。

「レヴィアス推定潜伏海域の海面が隆起!」

「全艦、急速離脱! 全艦、急速離脱!」

 指令を飛ばして、スクリーンに見入る。最後の追い込みのために、護衛艦を3艦とも接近させてあったのだ。まずい、食われる……!

 スクリーン上の海面が濃紺に染まる。沖縄の海の色とは明らかに違う、生物の色。巨大な、巨大な、魚の顔。戦闘的な形の鱗に鎧われたそれが海面から突き出し、伸び上がり、そして――

「……飛んだ?!」

 レヴィアスは飛んだ。南国の陽光に巨体と水しぶきを煌めかせ、かつては胸ビレだったのだろうヒレを真横に目いっぱい張り出して。体つきもこの3日間、護衛艦を襲撃するときに見ていた「魚でござい」というものではなく、平たく滑空できるように進化している。

 それは、機雷網から逃れるため。あるいは、ついに魚類という範疇から抜け出すため。あるいは……

「終わったわ」

 静かな声でそうつぶやいたのは、顎に仰々しい包帯を巻いたアメリカ人だった。クスリが抜けているのか、また初日のローテンションに戻っていた。

「まだ終わってない! 全艦反転! 全艦反転!」

「終わったわ」

 女性のつぶやきは変わらない。振り返ってにらみつけたフジミヤは、虚を突かれた。泣いていたのだ。女が。

「進化の発露は一度きり。もう、あの子は飛べない。別の網に向かって、精一杯飛んだだけ……」

 フジミヤの背後で参謀たちが動き始めた。レヴィアスは海面に向かって下降し始めているのだ。着水ポイントから割り出した答えは、

「ここの機雷を動かして囲めば、レヴィアスの動きを封じられます」

 怪獣の着水ポイントは、2日前にフジミヤが繕った網の破れ目があったところだった。

 フジミヤは目を閉じ、息を深く吸い込むと、最後の指令を発した。



 やや西に傾き始めた陽の下で、人を待つ。統合幕僚長と海上幕僚長がもうすぐ到着するのだ。レヴィアス捕獲という戦果を挙げた作戦参加要員をねぎらい、記者会見を開く。それが目的……

「なわきゃねぇな」

 独りごちたフジミヤを参謀たちがいぶかしげに見てくるが、かまやしない。

「沖縄で酒が飲みたいだけだろ、どうせ」

 どちらの要人とも、ご遠慮したい。水が合わないのだ。フジマキは振り返り、統合幕僚長に差し出す生贄を見出した。

「研究総務官、そういうわけで、よろしくお願いします」

「なにがそういうわけだか分からんが――」

 五十路の女性は真っ黒に日焼けした顔を降ると、

「奴は私とは酒を飲まないと思うぞ」

「分かってるじゃないですか」

「お願いされても困るという意味だ」

 輸送機のエンジン音が近づいてきた。その轟音の中で、研究総務官はぶっちゃけた。ヤレヤレという表情は変えぬまま。

「奴が一緒に酒を飲むのは、学生生活を必要以上に満喫した結果ニッチもサッチも行かなくなって、相手に話を合わせ続けられる才能を生かしてオッサンから金をむしる、自称20代前半の女だけだぞ」

 ……もしかして、妬いているのだろうか。彼がこの4日間で初めて聞く、棘の混じったコメントだったのだから。

 だが、詮索する暇もなく、輸送機は無事に着陸した。

 社交儀礼と記者会見、のち招かれた俺たちが気を遣う祝勝会、と。

 やれやれだな。

 フジマキはふと、レヴィアスの封鎖を解いてやりたい衝動にかられながら、輸送機のほうに歩み寄り始めた。

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