下 20
「なあ薫。提案があるんだ」
洞穴は、静寂だけが広がっていた。仄かな土の香りと、生温い空気が優しく包み込んでいた。
自然と、動物達の荒々しい気配は薄れていた。何故だかはわからないが、そこには絶対的の安心があった。
「なに…?」
薫は、暗がりの中で問うた。
「薫は、この先、どうしようと思ってるんだ?」
「そんなの、まだ…」
「そうか。もちろん、薫が島から脱出して、本土に帰りたいと考えているなら、俺もそうする。だが、あくまで一案としてだが、この島に残るっていう選択肢も、俺はありだと思う」
「この島に、残る…?」
薫が怪訝そうにする。
「薫も知っているように、この島は、本当に危険だ。最も危険なのは、動物達では無く、ここをつけ狙う人間達。俺はここに来て、身に染みてそれが分かった。この島の存在が伝播する度、この島は止めようの無い悪に包まれていく。そして、またどこかで誰かが、俺達のように大切な人を失う」
薫はじっくりと噛むように頷く。
「俺はもう、そんな事が、起きてほしくないんだ。この島によって、誰かが命を落とすのを、俺はもう見たくない。奇しくも渡辺さんは、暴力団達の悪を潰した。だが、悪の残り火は、まだ消えていない気がするんだ。本土にいる暴力団や、B9の残党達の中には、この島の存在を知っている奴がいるかもしれない。そんな奴らが、ここに乗り込んでくるかもしれない。当然もうここに入る手段は断たれている筈だが、スロットが作れたように、放っておけばいつの間にか上がり込んで来るかもしれない」
「それは、あり得ると思う」
薫がゆっくりと言う。
「もしそんな事が起きれば、渡辺さんや川崎さんの遺した思いは、意味が無くなってしまう。俺は二人の死を、絶対に無駄にしたくないんんだ。俺は、この島を、何だか放っておけないんだ」
隼人は一息つく。
「薫。俺達で、この島を人間から、守らないか?俺達に出来る事は限られてるかもしれないけど、俺はここにいて、精いっぱい人間達の悪を止めたい。この島を、守りたいんだ。当然、無茶な提案なのは分かってる。だけど、上手く言葉にできないけど、この島から出ていくのは、俺は、何だか怖いんだ」
薫はしっかりと頷いた。
「私は、隼人についてくよ。隼人が言いたいことは、すごく分かる。それに、私はここの動物が何だか、憎めないの。虎に何度も襲われた私が言うのも変だけど、私は動物達が兵器として使われるのは、絶対に許せない」
「そうか、薫。ありがとう。本当にありがとう。だが、これからは島で暮らしていく事になるんだぞ。本当に、いいんだな?」
「もちろん。それより、この島での生活、どうしていくか考えようよ」
生き生きとそう言う薫を見て、隼人は目がきゅうっと絞られていくように、熱くなった。
本当に、良い妻を持ったのだ、隼人は。
「やだ隼人。泣いてるの?」
「バカ言え。そんな訳、ないだろ。さ、プランを考えよう」
「もう、隼人ったら」
薫が微笑んだ。
「何だか私、楽しみになってきたな、新しい生活。だって、伝説の島で私達暮らすんだよ?」
「ああ。俺もだ。薫。改めて、よろしくな」
「なにもう、かしこまっちゃって、当たり前だよー!」
「ありがとう。これから、大変なこともあるかもしれない。その時は、お互いに支え合っていこう。そして、二人でこの島の平和を、絶対に守り続けよう」
「うん。私も、頑張る」
入り込んだ朝日が、洞穴を美しく照らしていた。
陰謀のブルースカイ 住原かなえ @sumiharakanae
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