下 19

「またお前か…ッ!」

隼人の前には、またしてもあの見慣れた虎が飄々と構えていた。その背後には、薫もいた。

小さな部屋で、虎を挟み撃ちするような格好になる。


「隼人…どうして!」

薫が言った。


同時に、いきなり黄色が飛びかかってくる。咄嗟に隼人は身を捩り、虎を避けた。


挟み撃ちが変わり、今度は隼人の背後に薫がいる状態となる。これは好都合だ。ここで虎を防げれば、薫に虎の攻撃は当たらない。

隼人は手を広げる。


「下がってろ、薫」

反動によりダメージを受けた虎が立ち上がり、こちらを目の奥からきっと睨む。そしてまた、いきなり飛び上がる。だが今度は、全く違う方向に飛びかかっていった。


「あの虎、いつもと違う。冷静さがない」

薫が指摘する。

確かに言う通りだ。

よく考えてみれば隼人は二度も攻撃をかわしている。それも、あの虎の攻撃を、だ。それに、森の時と違い、隼人の足は動いている。威圧感がまるでない。

竜の声でパワーアップしたのではなかったのか?いや、違う。あくまでこれは暴走と熊は定義した。

この虎が強いのは、その知性だ。檻の件でも確認したように、この虎はとにかく頭が切れるのだ。暴走は当然知性で戦う虎にとって、致命傷となる。独特の威圧感も、消え失せている。

勝ち筋が見えてくる。これは願ってもない大チャンスだ。なんとか虎に足止めを食らわせて、洞穴に逃げ込めばOKだ。


未だ虎はまたしても壁に激突したことで、足を揺らしている。

「隼人、これ、使って!」

薫はそう言うと、小さなハンマーのようなものを渡した。


これならもう1発ダメージを食わせられるか。


虎は足を震わせて再び立ち上がる。そして隼人を黒目の中に捉える。前傾姿勢から、虎が体の模様を捩らせる。


呼応するように、隼人が体を捻った。虎が真横をすり抜けていった。虎が向かう先には薫がいる。一撃で決めなければ。


隼人は体を再び捻りあげ、背後からハンマーを投げつけた。

薫に向かわんとしていた虎の脚が淀む。


「薫!こっちだ!」

動揺する薫を導く。


「薫、ここは危険だ。安全な場所を知ってる。手を離すなよ」

隼人は、薫の白い手を強く握り締めた。


「隼人、なんで、来ちゃったの…」


「お前を置いていける訳、ないだろ。さ、早く行こう」

もうすぐ虎も起き上がってしまう。隼人は足早に立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る