下 18

『戻ってきたら駄目!』

静かな森を、柔らかな薫の声が通った。

その声に隼人は、思わず走る足を止めた。


風の扉が閉まる。

それは、この島に幽閉されるのと同じ事だ。スロットはもう無いが、海岸に行けば小船くらいはある筈だ。極端な話、この海域さえ抜けてしまえばいいのだ。今から真反対の海岸に行けば、脱出は可能だ。


しかし、助かったところで、薫はそこにいない。後から助けに行くことはもう出来ない。前提として四方の風。風の扉もなく、スロットは焼け焦げた。


隼人は思索しながら、違和感を覚えた。

渡辺は何故スロットを墜落させたのか?


操縦ミスでは無い。血迷って自決するような男では無い。渡辺にはきっと何か目的があったのだ。

記憶を辿っていく。

そもそも、この島の危険性を周知したのは渡辺が最初だった。でも何故?そうか、川崎の最後の言葉を聞いていたのか。渡辺の川崎への愛は、スロット倉庫の時などから、大きなものがあったと言える。川崎の死は、渡辺にとってどれ程のものだったのだろうか。川崎の死の原因は言うまでもなく、この島だ。

渡辺が帰りのヘリコプターで言ったのは、この島の危険性だけでは無かったのだ。この島を巡って、これ以上大切な誰かを失わせたくなかったのだ。

だが、悪は情報と共に留まる事は無かった。渡辺は連れ去られた時、悪の循環を目の当たりにし、一体どのような思いだったのだろうか。もし隼人なら、その原因の一端を担わせてしまったスロットを作ったことを強く後悔し、責任を負うだろう。そして川崎の死にも繋がったスロットを、憎むだろう。


あの時墜落現場には何故か稲葉がいた。奴は動物達に強く興味を惹かれていた。あそこで一斉に逃げ出した後、奴は渡辺のところへ向かい、何か良からぬ企みを考え付き、渡辺に協力を促したのではないだろうか。

それを聞いた渡辺は、もはや呆れを通り越していたのかもしれない。止まるところを知らない悪を前に、悲しみさえ覚えたかもしれない。

渡辺の最後に遺した言葉には続きがあったのだ。


ー悪が悪を呼び、誰かの尊い命がこの島によって奪われていく-


渡辺はヘリコプターを落とす事で、悪を終わらせようとしたのだ。

川崎に、渡辺。2つの尊い命は、この島によって奪われた。隼人にとっても、それは本当に大切な命だ。

島を出れば、薫という尊い命を、また失うことになる。

さらに、誰かに助けを求めれば、この島の存在が知れる。そしてまた、悪の循環は始まる。奇しくもスロットの墜落は稲葉の悪だけでなく、暴力団達の悪を潰した。もしここで隼人が欲をかいて島から出れば。川崎の死。渡辺の死は無駄に終わってしまうだろう。


隼人には、託された使命がある筈だ。

大切な三つの命を前に、隼人のするべき行動は既に、決まっていた。



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