下 17

「おい!なんであのジジイはここにいない!?ちゃんと見張っておけといっただろ!」


「すみません、ボス。地下室で騒ぎがあった後この部屋の警戒が手薄になっていて…」


「どいつもこいつもなんて弛んでるんだ!」


「同じく、スロットも何者かに盗まれた模様で…」


「ふざけるな!また侵入者か!それに燕からの報告はまだなのか!」


「それが、燕さんの交信が先程から取れなくなっていまして…」


「ああクソ!なんでこう面倒な事が!それもこれも全部お前のせいだぞ!西角薫!」

男は怒り狂って、薫を拳銃で小突いた。

隼人と稲葉を逃がす為に薫は捕らわれたが、どうやらそれどころではないらしい。


「もはやこいつに用は無い。俺はコントロールルームで招集をかける。もう勝手にしていろ!」

そう言うと、ボスとその取り巻きは足早に薫を放置し、立ち去った。


解放された薫だが、その足は取り巻き達の方へと向けた。

「どうしてついてくる?殺されたいのか?」


「あなた達の行動に興味があるだけ。どうせ私に構っている暇なんてないでしょ?」


「ムカつく女だ。好きにしろ。その代わり邪魔はさせないからな」

ボスは拳銃を再び振り上げた。



コントロールルームには補修の痕が痛々しく残っていた。恐らく、ここがヘリコプターの墜落地点だったのだろう。


『島全域に告ぐ。捕獲チーム、偵察チーム、今すぐ研究所に戻れ。会議を行う』

ボスがマイクらしきものに、アナウンスを入れる。全域に音が入るようにされていたのか。スピーカーらしきものは見かけてはいなかったが。


「今島では何が起きてるんだ」

七人程いる部下たちと囲んでボスが問う。


「侵入者が入りこんだ後、森で爆撃が起こり、渡辺とスロットが消え、燕達とも連絡が取れておりません」


「全ては侵入者のせいだ。この計画を潰しに来たのか?なあ西角薫!」


「私はあなた達の計画なんて知らない。渡辺さんを助けに来ただけよ」


「あんな老いぼれをか?そんな馬鹿みたいな話の為に…クソっ!この完璧な計画の邪魔をしやがって!」


「あの科学者も似たような事を言ってた。そして最後は島に呑み込まれて終わった。愚かな人たちはいつでも同じ道を通る」


「黙れ!あんな頭の悪い科学者と比べるな!」


「どんぐりの背比べ、って感じ」


薫が静かに微笑んだ直後、部屋が突如凄まじい音に襲われる。

薫は慌てて耳を塞ぐ。なんだこの音は。今までに経験したことが無いような音量と、どこか奇妙な音。手の隙間から漏れる音の槍が耳を貫く。


暫くし、轟音が鳴りやんだが、取り巻き達は思わぬ攻撃に動揺を隠せていなかった。

「なんだったんだ!今の音は!またお前が何かやったのか!西角薫!」


「私は何も知らない。あんな大きな音どうやって出せるっていうわけ?」


「ああ腹が立つ!どうにかなりそうだ!」

ボスは頭を掻きむしった。


それに応じるように、地面が大きく揺さぶられる。


「今度は何だ!?」


「地下で何かがあった模様です!」

部下達の言う通り、鋭い咆哮が沸き起こる。


「地下だと!?錦はどうした!」


「錦とも通信が繋がりません!」


「あの馬鹿!何かしやがったな!」

建物が大きく振動する。足の裏からビリビリとその気配が咆哮と共に伝わってくる。


動物達が檻を突き破り、出てきたのだ。薫は確信していた。気配は全てを物語っていた。


「この足音…嘘だろ!?」

ドスンという激しい音が近付きながら鳴り響く。


「お前ら全員外に出て始末してこい!グズグズするな!早く行け!」

ボスは自暴自棄になって命令を出した。その顔は蒼白であった。

部下達は愚かにも特攻隊のように部屋を飛び出した。


ただの自殺行為だ、と薫は思った。今まで大人しくしていた動物達が、檻を突き破って出てきたということは、何か理由があると思わないのだろうか。だが、ボスはそれどころではないようだった。


次々と悲鳴が木霊していく。先程までの勢いは何処へやら、ボスはひたすらに項垂れ、拳を強く握っていた。


「有り得ない…有り得ない…ッ!なんでこんな事に…ッ!」

ボスの顔は酷く歪んでいた。この顔を見るのは、二度目であった。

愚かな支配者達が、瞬く間に撃沈したのだ。もはや再現を見ているかのようであった。


「全ては貴様らのせいだ!畜生ォ!」

薫は、同じく窮地に立たされている筈であるのに、なぜか爽快な気分であった。


「もうこうなったら…」

ボスは徐に動き出した。

そして、何かのパネルを操作し始めた。

外からは悲鳴と咆哮が美しく入り交じった音が聞こえてくる。


「なぁ知ってるか、西角薫。この研究所には内側からこの風を吹き飛ばせる、風の扉がある。まあ、もうすでにご存知だろうが」

ボスはそう言いながら今度は何かの棚を開き、大きなトンカチのようなものを取り出した。


「風の扉は、この島から出る唯一の手段だ。だが俺は今、それを閉じるボタンを押した。お前らだけ生き残るだなんて、許せないからな!」

そう言うと、ボスはトンカチをパネルに向かって振り下ろした。外の喧騒に混じり、金属が擦れる音が聞こえる。


「もうお前は手遅れだ。風の扉は二度と開かない。選択肢は二つだ。あと数分で閉まり、永久に開かなくなる風の扉めがけて、ここから海岸までマラソンをする。もう1つは、奴らの餌になる。さあどうする、西角薫!」

ボスは完全に全てを投げ出していた。引き換えに、薫の退路を断った。

そして薫も、諦めていた。

ここから海岸までなど、間に合う筈もない上、薫には、何故か清々しい気分が体中を包み込んでいた。


「俺はこんなところで死ぬ男じゃないんだ!」

言い捨てると、ボスは部屋を飛び出していった。


悲鳴がまた一つ、喧騒に紛れ込んだ。



そして薫は、マイクの方へと向かった。







『隼人。よく聞いて。薫よ。もうすぐ風の扉が閉まる。そうなれば、島から二度と出られなくなる。だから、隼人は今すぐに、海岸に行って、逃げて。もう私の事は良い。隼人、あなただけでも、逃げて!戻ってきたら駄目!』

言い残し薫は、静かに息をついた。

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