下 15

錦は1人、大きく息を吐いていた。


ここは独房だ、と舌打ちする。


錦は2人を逃がしてしまったということで、地下にて動物達の見張りを命じられた。

珍獣達と1人で仲良くお留守番だ。


錦は比較的古参であったが、まだまだ未熟者という扱いは変わっていなかった。その為、希望していた捕獲チームへの編入は蹴られ、1人で警備を押し付けられ、挙句は警備さえ全う出来ないと判断され、こんな独房に。


畜生、と錦は檻を蹴った。

檻からは無反応だ。


大体ここの動物は何なのだ。錦は下っ端で、そのような詳細も入ってこない。科学者の逝かれた発明であるのは知っているが、ここの連中にとっては喉から手が出るほど欲しいものなのだ。


少し見学でもしておくか、と錦は立ち上がり、先ほど蹴った檻を覗き見る。

巨大な灰色が、鼻を巻き付けて眠っている。これは象か。それにしても大きい。動物園で馴染みのある象だが、ここまでのサイズは存在しないだろう。本当にこんなものが売り物になるのか、と錦は一人で可笑しくなった。


隣には、羽を纏った狼がいた。ここまでいくとただのお笑いだ。この肉体がアンバランスに空を駆け回るのは、とても滑稽な絵面に思える。

この狼も死んでいるのでは、と言いたくなるほどに熟睡していた。よく考えてみると、ここは動物の溜まり場だというのに、やけに静かだ。皆このようにして眠り果てているのか。


大きな図体の割に、情けない奴だな、と錦は思った。

錦は子供の頃、狼やハイエナが大好きだった。動物園でも、一番に見に行っていた。

せめてこんな惨めな人生でも、幼いあの頃の気持ちを満たしておくか、と気づけば錦は鍵を開け、檻の中にいた。中に入るとさすがに委縮したが、眠っているのならば恐ろしくもなんともない。遺体に触るのと変わりはない。

だが、いくらなんでも大きな音は出せないので、抜き足差し足を徹底する。


奥にいた狼に辿り着く。近くでは寝息も聞こえてくる。

やはり体には迫力がある。幼い頃の錦も、図鑑で見るその迫力に圧倒され、興味を惹かれたのだった。


見ているうちに、錦はどんどんとこの狼を触りたいという衝動を増幅させてゆく。子供心というものは、意外に消えないものなのだ。


毛並みは、暖かかった。一瞬で手を離そうと考えていたが、その温もりが錦の手を逃がさなかった。背中の辺りを、ゆっくりと撫でていた。その感触はまるで実家にいた愛犬のようであった。

狼は怖い扱いにされる事が多いが、いま錦が撫でているこの灰色は、全く別物であった。

錦はまどろみ、自然にうとうとしていた。


しかし、そのまどろみは一瞬にしてかき消される。


突如、けたたましい音が、耳を襲ったのだ。錦は急いで耳を塞いだ。

暫くすると轟音は静まり、錦は一息ついた。


犬と同じ感触であった上、あまりの轟音で、錦は自分の背後にいるものの存在を、見事に忘れていた。


大丈夫だ、絶対に眠っている。あんなにぐっすり眠っていて、起きる訳がない。


錦は背後からの唸り声を聞きながら、そう念じていた。


錦は一目散に走った。偶然にも檻の扉は僅かしか開閉しておらず、滑り込むのには最適であった。錦は急いで檻を押さえつけ、ポケットの鍵をねじ込んだ。

カチャリ、という音と共に、狼が檻に突進を仕掛けてきた。

その目は、先程の様相とは天と地ほどの差があった。何とも猟奇的であった。

錦はひたすらに安堵した。


同時に、周りがなにやら騒がしい事に気が付く。


確認をした事を錦は後悔した。

錦は囲まれていた。

巨大象、不格好な馬、サイらしき角を帯びた生き物、挙句には虎までがいた。

もはやそこに逃げ道はなかった。

舐め回すようにこちらを目から逃がさない。


「なんで、なんでお前らが出てきてるんだよッ!」


するとそれに呼応するかのように、またしても背後が揺れた。鉄が落ちる音がした。


そして気づけば、狼は何故か前方にいた。



「ぎゃああああああああ!!」

悲鳴がまた一つ、木霊した。



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