下 13
「燕さん、音があったのはこの辺りで間違いなさそうですね」
「だな。しかしなんだ?この煙は」
大きく舞い上がった煙と、残り火がその惨状を物語っていた。
「例の侵入者の仕業でしょうか」
「分からん。だが報告によると、捕えたのはあの西角薫だったそうだ」
「あの女が来るとは…確か連れは逃げたんですよね」
「ああ。錦の馬鹿が逃がしやがった」
「しかしこれ…何が爆発したんですかね」
木が大きく曲がり、森に穴を空けた格好だ。これだけの爆発は異常だ。
「問題の火の鳥の仕業か?」
「あの鳥にしては、威力が…」
手を煩わせている火の鳥の被害はよく聞くが、ここまでの現場は見た事が無い。
「おい、なんかここ、変な臭いしないか…?」
「確かにしますね。この煙の臭いとは別に。しかも、こんなに煙が出ているのに、やけに肌寒い」
島は基本ジメジメとした空気に覆われているが、このエリアはやけにひんやりとしている。
「なんだか気味が悪い。さっさと調べちまお…ん?おっとっと…」
「どうしたんです?」
「いや、足元に何かがな。全く…一体何なんだ」
「ちょっと待ってください。これ、人じゃないですか…?」
燕の足元には得体の知れない固形物があったものの、どこかに人の片鱗を残しているようでもあった。
「気持ち悪い事言うなよ。これのどこが…」
燕は、拾いあげて見回したかと思えば、いきなりその塊を落とした。
「これ、腕だぞ…ほぼ跡形は無いが、これは腕だ。しかも、ここまで細分化してちぎれてる」
「動物が、食べに来たんでしょうかね」
「だろうな。だが、こんなに食いちぎるのは只者じゃない。もしかすると、まだ俺達の前に姿を現していない動物かもな」
「怖い事言わないでくださいよ、燕さん。大体、まだ見つかっていない新種だなんて、いる訳ないですって。科学者のデータにも載っていた動物は全て確認済みですよ」
「でもそのベースはB9から持ち出した情報だろ?」
「それはそうですけど…」
古川夏代が焼き払ったビルから、後に島に関する資料を押収に向かった。しかし、いかんせん丸焦げのビルからであって、欠けている部分はあるのかもしれない。
疑念を抱いていると、突如あっと地面が動き、骨のない軟骨だけの体のようにグニャグニャと視界が揺れた。
思わぬ事に体の重心がずれ、転げてしまう。
気がつけば、煙のなかにいた。
辺りは灰世界に包まれ、煙が鼻を刺激する。燕の姿を見失う。
再び、大きな揺れ。
「ぐわああああああああ!」
同時に、断末魔のような叫び声。燕だ。燕さん、と呼び掛けようとしたが、煙で上手く声にならない。
煙の中でも、異様な臭いは続いていた。煙とせめぎ合うように、臭いがあった。
本当に不気味だ。ここにいてはいけない、と全身の本能が囁き合う。
キーンという嫌な音が耳を貫く。
煙とは違う、背後からのゆるりとした風が、背中を撫でる。
猛烈な気配が伝わってくる。背後には、間違いなく何かがいる。
その“何か”に突き動かされるように、顔をゆったりと後ろに向けようとする。
視界に入ってきたのは、長いくねりとした胴体。波打つように体が揺れている。
遥か上についた大きな目が、こちらを向いていた。
思わず腰が抜け、尻餅をつく。
これは…
神話上の、怪物…
目の前の怪物が、目線を外さずウルル、と小さく鳴く。
怪物は大きく息を吸った。
そして、天地を逆転させんばかりの強烈な咆哮を、吐いた。
「ぎぃやあああああああああああ!」
悲鳴が、また一つ、森に木霊した。
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