下 10

出口の位置など全く把握していなかったものの、隼人は気がつけばジープを目撃した地点程まで引き返していた。稲葉と薫とはどうやら逸れてしまったようだ。

稲葉は隼人と同じく階段を駆け上がり逃げ出すのを見たが、檻を叩きチャンスを作るという神業を披露した薫の姿は見ていない。

まさか、と言葉が頭を突き抜ける。

肯定はしたくないが、あの時最後尾にいたのは薫だ。可能性は十分にある。渡辺を助けるどころか、また薫が捕まってしまった。

畜生、と土を蹴る。しかし、助けに行くのは困難か。警戒は強まっている筈だ。


「お困りのようだな」


「誰だ!?」

どこかで聞き覚えのある声が森から飛んでくる。


現れたのは、毛皮だった。茶色の毛皮に覆われた、体格の良い人間、ではなく、熊だった。


「戻ってくるなと言っただろ、全く」


「お前、無事だったのか!」

その優しい毛皮に隼人は思わず抱き締めたい衝動に駆られた。


「ああ。白衣連中がいなくなったと思えばまた別の厄介者が入ってきやがった。まあ俺は人間の考えてる事が分かるから、捕まらないがな」

この熊は人間語が扱える故に、人間の思考パターンが分かると言っていた。


「そうか、無事でよかった。そういえば、あの時の礼をしとくよ。薫は2回も助けてくれたんだってな」


「礼には及ばない。それよりあんた、またこの島に来たってことは、何か問題があったんだな?」

隼人は軽く事情を説明した。


「そうか…あの子も捕まってしまったか…あの連中は前よりも厄介そうだってのに…」


「そうなのか?」


「あいつらは俺達を売り飛ばしに来たんだ」


「売り飛ばす?奴らはそんな事を企んでいるのか」

稲葉の言うように世界が新兵器を求めているのなら、確かに買い手はつくかもしれない。


「ああ。兵器と謳って闇のオークションにかける算段らしい。しかも奴らは妙に武器が豪胆だ」


「知ってる。ジープも見た」


「そうか。ここの動物達はあのジープに苦戦して何匹も捕まったんだ」


「あの虎が捕まっていたのには、正直驚いた」


「奴らはまず制御装置を直し、荒れ狂っていた動物達を見事に押さえつけたんだ」

予想は当たっていたらしい。


「全く、人間は血が好きなもんだ。科学者が武器として俺達を作ったと思えば、今度は売り飛ばそうだなんて連中が出てくる。そんなに争いをしたいのか」

熊は首を横に振り、ひとつ溜息をついた。

この島は争いの火種になる。それは紛れも無い事実であって、ここの存在が広まれば暴力団のような者達が後を絶たなくなるだろう。


「しかし、お前はよく情報を知っているな」


「まあな。俺にはココがあるんでな」

熊は大きな毛皮の手で頭を指さし、ニヤリと笑う。


「なら、薫を助けるのを手伝ってくれないか?何度も本当に申し訳ないが」


「俺に研究所を案内しろってか?それは、無理だな」


「え?」

隼人が虚をつかれていると、


「冗談だよ、冗談」

と言って牙付きの歯を見せる。


「お気づきだろうが、ここの警備は甘い。入ろうと思えば簡単に入れるんだ」

と熊が作戦を立て始める。


「科学者の時と大して配置は変わっていないが、地下には動物の檻がある。そしてコントロールルームは同じく引き継いでる。研究室になっていたところは今は放置されて、例のヘリコプターの運転手や、あの子はそこにいるはずだ」

熊が建物の中腹付近を指差す。


「そこに行くには、正面玄関からでも構わないが、あそこのヘリコプターのガレージから入った方が安全策だ」

そう言って示されたエリアは、なぜか既視感があった。

はっ、と映像が蘇る。火の鳥だ。科学者達がヘリコプターを出そうとしたところ、火の玉を吐き撃沈させたあの鳥だ。そういえばあれも今日姿を見ていない。やはり厄介者なのだろうか。


「じゃあ段取りは、まずはあそこのガレージから入って、研究室の方へ行くんだな?」


「その通りだ。さ、モタモタしてる暇はない。行くぞ!」

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