下 08


「やけにこの島に詳しいんだな」


「それも疑問。あの科学者の性格だから、自分が信頼出来る手下しか置かないよね、きっと。ということは、暴力団の誰かが紛れ込んでいたのかな」

あの科学者は誰かと同盟を組むような性格には見えなかった。


「いや、或いはB9も関わっているかも。ここはあのテレビ局の支援を受けていたと聞くし」


「あそこは建物は全焼して、テレビ局としては終わったが、その残党が関わっているのかも知れないな」

と隼人達が議論していると、


「ここはとんでもない島だな。ハハハ。こっちにはオオカミまでいやがる」

稲葉が一人で盛り上がっていた。


オオカミ!?と2人が目を合わせる。


確かにそこには、尾を長く引いた狼が檻の隅で寝息を立てていた。

「見てみろ、コイツには羽がついてあるぜ。空でも駆け回るのか?はっはっは。傑作だ。その科学者連中ってのも大した奴らだな」

勢い込んで稲葉が言う。


「何でも空を飛ばせたり大きくしたり。本当に馬鹿みたい」

薫の言う通りだった。科学者達は自分の作った生き物に対する責任がまるで無い。こんな兵器を作り上げて。


「しかしこいつも初見だが、こんなのまでいるとはな。これが空を飛んでいきなり現れたとなると、正直考えたくないな」


「うん。でも、この子も大人しいよ」


「全てコントロールされているのも、それはそれで危険だな。人間の思惑通りにこいつらが動かせるとなると、何をしでかすか」


「ハハハ、それは愚問だオッサン。言うまでもなくこれは兵器だ。疑っていたことは謝るぜ。これを操れるとなると、無敵だな。戦争なんざ寝てても勝てちまう」


「愚かなのは貴方。人間はそうやってすぐに支配をしようとする。けれど、最後は必ず牙をむかれて破滅する。同じ人類相手にですらその歴史を辿っているのに、動物を支配だなんて絵空事だと思いますけどね」

薫が鋭く切り返す。


「それはどうかなお嬢ちゃん。あんたが言ったのは、その支配者が弱いからだ。絶対的な力を持っていないからだ。人は絶対的な力の前には屈服するのが歴史ってもんだ」

稲葉も負けじと展開する。


「そうやって絶対的な力だと自惚れて油断するのが人間。そういう人間は大抵下にいる者の目が光っていることに気が付かない。そして足元を綺麗にすくわれる。動物だって同じ。彼等は自分を強く持ってる。人間にいつまでも従い続けるだなんてありえない、荒唐無稽な話ですよ」

最後は華麗に薫が締めた。


「はは、戦争が起きればわかる話だ」

と稲葉は懲りずに言って、檻の方へと向かっていった。



「おい薫。例の虎は…いるのか?」

隼人がそう言うと、薫は少し眉を泳がせて、


「どうだろう。でも、あの虎は常識では測れない。この森の王だから」


「ああ、確かに…逆にあれを捕まえられる程の実力があるのか、とも考えものだな」


「だね」

薫が記憶を苦したのか、弱々しく言う。


「虎ってのはこいつの事か?」

稲葉の言葉に、思わず2人は顔を合わせる。


「こいつも大きいな、まさしく珍獣だな」

黄色と黒の模様が威圧的に光る。隼人の色も厳しく交差する。足が石と化し、雄大な蹄に圧倒されたあの森。隼人は細刻みに震えていた。


「こいつまで…」

暴力団の連中はこの虎を捕まえたというのか。流石に侮れない。


「でも見て隼人、この虎。妙に落ち着いて寝ているみたい」

虎は言われてみれば落ち着いていた。強制的な麻酔からか、他の動物達は眠っているというより、眠らされているといった印象だった。並列させて見ると、悠然としたポーズで眠りの姿勢を取るその虎は、余裕に溢れていた。


「違う。これは、寝ているんじゃない」

え、と聞き返そうとした隼人を制し、


「寝たフリ、してるんだと思う」


「なんだと?」


「さっき私達が檻を覗いた時、ほんの一瞬目の辺りが動いた。この虎は起きてる。油断を誘い、檻から出る好機を伺っているんじゃないかな」


「えらく奇抜な推理だな」

と稲葉は言うが、やはり説得力があった。普通の虎なら、そんな策士のような事は出来ない。だが夫妻には、虎の能力をこれでもかという具合に教えこまれ、植え付けられている。

有り得る、いや、薫が言ったことは紛れも無い事実だった。


「つまりこちらが何か隙を見せようものなら、一撃で仕留めようという訳だな」


「うん。この虎は捕らえられて簡単にやられるようなタマじゃないもん」


「こいつは魂消た。存在だけで人を戦慄かせるような奴が、知恵をつけちまうとはな。これは言うまでもなく兵器だな」


「これが従うとでも?」


「さぁな」

適当に稲葉があしらった。

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