下 07


向かった下階からは、異様な臭いと気配を隼人に突き刺した。ふと横を見ると、薫が青ざめていた。何だと慌てて前を見ると、そこには無数の鉄格子が敷かれていた。中には無論、動物達。

手前のゲージは、異様な大きさがあった。寝息の聞こえるその檻の中に、目を覗きこませる。


特徴的なサナダムシのように巻いた鼻と、図太い体。これは、初めて目の当たりにした。


「なんなんだこの象のサイズは…異常だ…」

稲葉が初めて表情を変えた。言う通り、よく体を収めていられるな、と口をつく程の大きさだった。


「確かあの科学者、海を歩く象がいる、だとか…」


「まさかコレのことか!?こんなのが海を渡って本土なんかに来れば…」


「あちこちを踏み潰して終わりだ」

稲葉が最後に言い切った。


「しかし、こんなのによく麻酔をかけられるな。針なんて通りそうにもない」

皮膚は鋼の鎧を纏っている様だ。


杜撰に並べられた檻の横には、今度は多数の馬がいた。しかし、馬は草食動物だ。攻撃性に欠けるのでは、とあらぬことを考えていると、

「この馬も、改造されてる。あそこの黒くなった部分を見て。あれは、皮膚が増強されている証拠よ」

慌てて確認すると、確かに黒ずみがあった。本当だ、と隼人が言いかけたところに、


「硬い皮膚に馬の速度が加われば、コイツは弾丸だ。おいあんた、コイツは本当に皮膚が硬いのか?」

と稲葉が割り込む。


「多分ですけどね。何なら、指で触れてみてはどうですか?」

薫が愛想を尽かしたのか、嫌味を言った。


「遠慮しておこう。指でも食われたら大変だ」

僅かに口角を上げながら稲葉が言った。ここに来てから、稲葉の口数が増えている。リアリストらしく、流石にこれにはお手上げなのだろうか。


「こっちには小さな蛙がいるじゃないか。ここの珍獣に囲まれた子羊だ。可愛いな」

また稲葉が口をつく。巨大檻と割に合わず、小型の水槽には蛙が仕込まれている。


「それは電気ガエル」

薫の一言に、稲葉は手を引っこめる。


「こんなちっこいのが電気か。まさに可能性は無限だな、はは」

稲葉の顔は好奇に満ち溢れていた。しかし、この蛙も大人しい。電気ガエルとは言ったものの、その片鱗は見えない。どんなトリックなのだろうか。


「うわっ!なんだこいつは。魚が木に止まってやがる。気持ち悪いな。全く」

稲葉が動物園を走り回る子供の如く、次々と檻を見ては驚く。


「薫、こいつって…」


「うん…」

思わず2人は目を合わせていた。

海岸で急襲に遭った、恐怖の鮫だ。空飛ぶ恐怖の鮫。あと一歩で薫は奴の腹だった。嫌な記憶が脳内で湧き上がる。森で出会わなかったことで薄れていた警戒心が、徐々に強まる。


「よく見たらコイツ、サメじゃないか。やけにアンバランスだな、ははは」

一人笑っているのは、稲葉。恐怖を知らずに目を光らせている。隼人はまた、呆れていた。稲葉の言う通り、鮫は木に止まっている。一体何を超越すればこの状態になるのだ。


「隼人、このサメも大人しい」

確かにサメに、あの日の激しさはない。


「なあ薫、ひょっとすると、制御装置が直ったんじゃないのか?」

隼人は科学者が騒いでいたのをうろ覚えにしていた。ヘリコプターが墜落し、制御装置が大破して、動物達が制御できなくなって…奴は呆気なく撃沈したという筋書きなら。


「制御装置がどの程度まで有効なのかは分からないけれど、可能性はある。あの日の帰り道に出会った様子とは明らかに違うもんね」


「ほほぉ。制御装置か。夢があるな」

稲葉が含みのあふ言い方をする。とにかく、動物達に興味津々らしい。

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