下 04

上空に、機械が擦り合う音が聞こえる。


「隠れて!」

咄嗟に薫に言われ、虚を突かれたように姿勢を下げる。稲葉も怪訝そうに姿勢を屈める。


「ヘリコプターだ」

上空を華麗に通過した黒塊は、島の外へと向かっていった。


「あれは、スロット、か…?」


「違うんじゃないかな。スロットで島を出るなら外へ向かいはしないと思うよ」


「ということは普通のヘリコプターで島から出ようっていうのか!?」

ここは風に閉ざされた孤島。


「風の扉、かも…」


「なんだそれは?」


「あの白衣の人達がそう言っていたのを聞いたの。うろ覚えだけど、ここには内側からなら風を散らして道を作ることができる設備があるって言っていたような…」


「そんなギミックな話があるのか」

一体どれだけの天才集団だというのだ。兵器を作成した上に、そんな仕掛けまで。隼人は半ば呆れていた。


「しかし、それを奴らは知っていた訳か」


「ええ。これは用意周到に計画されているわ。スロットを盗んだのはあくまでもこの島に入るため。後は中からいくらでも操作が出来てしまう」

薫は理論立てて推理する。風が無ければここは好き放題出来てしまうという事になる。


「ロクな事を思いつかないな。本当に」


「言えてる。でも、この島はこうしてずっと争われ続けられる運命なのかも。あんな兵器を作った時点で」


「兵器。確かにそうだな。お前等の言う珍獣が本当にいるんなら、それは金にもなる」

突然稲葉が口を挟んでくる。


「それはありそうな運命ですよね。オークションで競売される未来も容易に想定出来ますもん」

薫も少し驚いた顔をしつつ、応じる。


「全くだ。世界は今、新兵器を求めてる。核は監視下に置かれて使い物にならない。もしそういう血の飢えた者共がこの島に来れば、な」

固く結んでいた稲葉の眉が、一瞬緩む。その強い口調に圧倒されて2人が黙っていると、

「ハッハッハ、だが俺はリアリストだ。そもそも存在しないんじゃ話にもなりやしない」


「まるで何か良からぬ計らいをしているような口ぶりですね」

隼人が皮肉ると、


「そんなことはない」

そう言うと、また稲葉は黙ってしまった。どうにも掴みどころのない男だ。秘書というアンバランスさに加え、どこか雰囲気が読み取りにくい。とはいえ、川崎の弟子が信頼している男だ。それなりに頼れる男なのかもしれない。

それに、稲葉の言う事は的を得ている。この島の動物達が世間に知れ渡れば、悍ましい争奪戦が始まるだろう。もはや戦争だ。事実、それを防ぐ為に渡辺と他言無用の約束を交わした。


などと思索を巡らせていると、


「ねえ隼人、前から何かが来るよ」

と薫。


「今度は何だ?」

木の影に慌てて身を潜める。

ガガガという激しい音。自然の音ではない。闇から大きな汽笛を鳴らすように現れたのは、複雑に入り組んだ迷彩と、黒のタイヤ。


「ジープだと!?」

隼人は思わず声が出た。

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