上 12
「待っていたぞ、川崎」
川崎がよく知る、大柄な男がそこには立っていた。
「社長…」
川崎は予定通りに準備を進め、2人とも合流しいざ、というところまで来ていた。しかし、想定外にも、スロットの保管庫にいたのは、警備員ではなく、正真正銘、フラット・ヘリコプター社の社長、渡辺だったのだ。
「川崎、お前とは何十年の付き合いだ?俺は猿かなにかじゃない。毎日のように顔を突き合わせてれば、俺だってお前の考えてることぐらい分かるようになる」
川崎は言葉に詰まる。
「俺に相談を持ち掛けて来たお前の目を見た時からこうなるのは分かっていたがな。お前の目は本気だった。俺がいくら説得しても、無駄だってことぐらいすぐに分かった」
「渡辺さん、ここはどうか見逃して…」
「そういう訳にはいかない」
渡辺が川崎の弁解を遮り、きっぱりと告げる。
「お前なりの正義でやっているのは当然分かってるし、そこに悪意がないのも知っている。だがな、お前を行かせる訳にはいかない、わかるな?会社で説明した通りだ。お前だって分かっている筈だ。こんな真似をすれば、どうなるかぐらいは、な?」
「必ず、上手くやってみせます…!」
川崎が変わらぬ姿勢を見せると、渡辺はひとつ溜息をつき、
「なあ川崎。ここにはなぜ、俺だけがいて警備員も、従業員もいないと思う?答えは簡単だ。俺が帰らせたんだ。お前を守るために、な。ここでお前が何かをしでかせば、俺はお前を辞めさせなければならない。だが、お前は普通の社員じゃない。この会社にとって必要な存在だ。だから俺は、目撃者を作らないよう、お前を止めに来たんだ。何も会社の為だけじゃない」
「社長…」
川崎は思わず言葉を失う。渡辺には入社当時から、言い表せないほど世話をかけた。気難しい男だが、やはり頭の上がらない存在だ。この人に、これ以上迷惑を掛けさせるわけには、いかない。
だとしても…
「さ、帰って茶でも飲もう、川崎。」
渡辺は近付き、川崎の肩を叩いた。川崎は気付けば手を大きく動かし、突き飛ばしていた。
「ごめんなさい、社長!俺はどうしてもやらなきゃいけないんです!」
川崎に不意打ちを食らい尻餅をついた渡辺にそう言い、川崎はスロットへと乗り込んだ。
「さぁ早く乗ってください!出発しますよ!」
ヘリコプターに2人が乗り込むと、川崎は急いで離陸の準備を始める。
「待て!川崎!踏みとどまるんだ!」
渡辺がそう叫び、立ち上がろうとする。
「申し訳ありません、社長。俺は馬鹿な社員です」
川崎はそう呟いて、ドアを閉めスロットを空中へと浮上させた。
「大丈夫だったんですか?川崎さん」
暫くして、西角が心配そうに尋ねてくる。
「仕方ないですよ、社長が俺を行かせたくないのはよくわかってます。でも、なにせこれは緊急なので。始末は、俺がつけます」
川崎はあくまでもキッパリと言い切った。
「そうですか…」
「そんなことより、西角さん。着陸する時は、そんなに長居はできません。あの島の中に、何がいるかは不明の上、地形も分からない為、長い間陸にはつけていられません。ですから、西角さんを降ろしたら、我々はすぐに上昇をし、島の上空にて、旋回を始めます。しかし、それにも、30分が限度です。そこは覚悟してください」
文鳥島は、調査こそしているものの、風の中に閉ざされているところの地形も分からない上、良からぬ噂も立っている。長居ほ危険が伴う。
「ええ、分かりました。薫を連れて、着陸地点と同じ場所に30分以内に戻って来ます」
「夏代は、降りる時のサポートをしてくれ」
「了解」
隣に座っている夏代が、コクリと頷く。
かなりの無茶をしてここまで来た。必ず、成功させなければならない。川崎自身も、心の準備はできていた。
「あのー、こんな時になんなんですが…」
西角がそう切り出す。
「そもそも、薫は生きているんでしょうか?」
「え?」
「川崎さん、言ってましたよね?薫は、パラシュートが無い状態で飛び降りたように見えた、と。それって、よく考えたら…」
川崎は、ハッとする。あくまで一瞬見えた光景だが、あの高さからパラシュートで飛び降りたとなると、それは…
「確かにそれは盲点でした。しかし、もうここまで来たんです。ある方に賭けるしかありません」
馬鹿丸出しだが、ここで退けばもう西角薫は助からない。
「ええ、分かりました」
西角の口調にも、覚悟が表れた。
「さあ、ここが、島の上空です。今から急降下です。舌を噛まないように注意してください」
そう言う川崎も、このような急降下は始めてだった。しかし、20年の経験は裏切らない。ヘリコプターが鋭い音を立てて、急降下に切ったハンドルに付いてくる。車体が大きく揺れたが、なんとか持ち直し、文鳥島の地に降り立った。
「さあ西角さん。扉を開けます。何度も言いますが、勝負は30分です。健闘を祈っています。夏代!西角さんをサポートしてくれ!」
西角が、すぅと大きく息を吸い、ヘリコプターから飛び降りた。
ー頼んだぞ、西角さんー
西角を見送り、ドアを閉じる。
「よし、夏代、今度は急上昇だ!」
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