上 13
「ここは特別な研究施設だ。普通なら見ることも出来ない。さぁ、こっちに来い」
怪しげな研究所内を無理やり案内される。こんな見学は御免だ。
心の中で薫が毒づいていると、白衣のボスが1つのビーカーらしきものを指さした。
「これを見てみろ。我々が最初に実験に成功したブツだ」
白衣のボスが指差すビーカーをよく見てみると、そこにはどこかで見たような、カエルがいた。
薫は目を疑う。
「電気ガエル!?」
「察しがいいな、その通りだ」
「なんでこんなところに!」
「ん?そりゃここで生み出された生き物だからに決まっているだろう」
こいつは何を言っているんだ、と薫は訝しむ。
「なに、簡単な話だ。カエルなんてそこら中にいるだろ?そいつらに電気を通してやっただけだ」
「馬鹿じゃないの、それが出来たら今頃世界は滅んでるわよ」
電気ガエルなんてこれまで幾度となく考えられてきた事だろう。だが、実際に電気を流した先に待っているのは、死だ。生物学を齧っていたという事も相まって、薫は白衣のボスの話が理解できなかった。
「はは、お前は頭が良いんだな。百点の回答だ。そうさ、俺はこいつらを暴れさせて世界を滅ぼすつもりだ。
不可能?いや、違う。俺にはこの最高の設備がある。なんたってここは風に閉ざされた島だ。何をすることだってできる。無法地帯だ」
白衣のボスが自信に満ち溢れた様子で語る。
「じゃあ、本当にこの島にいた生き物は全部あなたが作り出したっていうの?」
「もちろんだ。お前がどんな生き物と遭遇してきたかはしらないが、電気ガエルを始め、空飛ぶ蛇、火を吐く鳥、宙を華麗に泳ぐサメ、巨大な虎、人間語が話せる理知的な熊、海を歩くゾウ、その他諸々。俺はこう見えても天才科学者だ。この設備さえあれば寝ながらでも兵器を生み出すことができる」
「つまり、ここにいる生き物たちは自然の神秘かと思えば、あなた達の下らない計画の為に作りだされた生物兵器だって訳ね」
「下らない計画?この技術を見てまだそんな事が言えるとはな」
「これを作り出せるあなた達は確かに天才かもしれない。だからといって、本土にあがって世界征服ができる程、人間たちは甘くない。あっという間に自衛隊を始めとする軍隊が群をなして襲い掛かってくくるわ。せいぜいビル一個でもひっくり返せれば上出来ね」
世間ではこういうのをテロリストと呼ぶ。薫は森にて数々の恐怖体験をしたが、国家を相手にするとなると話がまるで違う。
「良いところをつくじゃないか。確かにお前の言うように、怪物たちが敗れることもあるかもしれない、最初は、な。平和ボケしたお前らには理解できないかもしれないが、人間の軍事力ってのはな、所詮限度があるんだ。ずっと攻められ続ければ、放っておいても崩壊する。だが、俺の軍事力は、無限だ。考えてみろ、入ることすら出来ない島から兵器が飛び出してくるんだぞ?」
薫は奇しくも、白衣のボスが言わんとすることが理解できる。
「奴らは、相手の本拠地にすら立ち入れないうえ、俺たちはこの研究所でコーヒーを飲みながらモニターを眺めているだけだ。この俺を殺さなければ、生物たちは無限に増え続ける。それに、生物としての機能は残してあるから当然勝手に子供でも産むことだってできる。そうなれば、俺の預かり知らぬ所でも、兵器は量産される」
薫は息を呑んだ。世の中には誇大妄想を掲げる馬鹿はごまんといるが、この男の計画は非常にリアルだ。実物がある上、話に筋が通っている。 男が言うように、ここの生き物が言いなりになろうものなら。
「この土地は俺の曾祖父が戦時中に戦うのが嫌になって逃げていたところ、密かに潜入に成功したらしい。待てよ、お前はどうして侵入してきたんだ?」
「風の扉を開閉していた時に紛れ込んだのでは?」
「なに?ヘリコプターでか」
「ええ、おそらく」
部下が白衣のボスに話しかける。よく見てみると、ここは職員が極端に少ないように感じる。こんな立派な研究所にも関わらず白衣のボスを含めて10人未満だ。用心深くボスが信頼した人間のみしか置いていない可能性もある。
なにせこれだけの発明だ。お金にでも目がくらんで裏切り者が出るのは容易に想像できる。
「私はヘリコプターでスカイダイビングをさせられたの。しかも突き落とされた。私は被害者」
「ヘリコプターでスカイダイビングだと?そんな馬鹿な真似を。技術的に可能なのか?」
白衣のボスが部下に問いかける。
「この島は全方角から風が吹いていますが、さすがに一定の高度以上となると無風地帯が存在するので、そこから飛び降りた、というのなら、可能です。」
「なるほど、盲点を突かれた訳か。早急に風の調整をする必要があるな」
「もう満足でしょ、あなた達。私は計画を漏らす事もないし、早く本土に送り届けてもらいたいんだけど」
いつまでもこんなところにいる訳にはいかない。ブルースカイも大変な騒ぎになっているハズだ。この島に棲みついている連中なのだから、脱出は容易だろう。
「思いあがるな。お前は所詮侵入者。そう簡単にここから出られると思うな。そもそも、お前は何故この島にスカイダイビングをしてまで侵入してきたんだ」
「私は巻き込まれたの。テレビ局のブルースカイの計画に」
薫が訴えると、白衣のボスの右隣にいた部下が表情を変え、ボスになにやら耳打ちをする。
「何だと!?お前はあのブルースカイの手先なのか!?」
「手先だなんて、ただの社員よ」
「我々のこの施設にはな、あるスポンサーがいるんだ。研究の資金援助だ」
突然、白衣のボスが脈絡のない話を始める。
「それはな、B9だ」
薫は思わず驚嘆する。B9といえば、ブルースカイのライバル局。かつてはこの業界でトップだったが、最近では視聴率が低迷し、伸び悩んでいる。そんなテレビ局が、まさか文鳥島と繋がっていたとは。
「我々はB9の資金援助と物資調達で成り立っている。それなのに、最近は調達が滞っていない。何故かと俺は聞いたんだ。そうしたら、奴は答えた。『他局のブルースカイの策略でB9の経営が不調だ』、とな。つまり、我々にとって、お前らは、ここの研究を妨害しているという事になる」
「そんな無茶苦茶な!」
確かにブルースカイは昨今視聴率が伸び、好調だが、それは全くB9と関係がない。いくら狂った畑中でも、他局に手は出していない。B9のいつもの勝手な被害妄想だ。
「まったく、これだから人は信用できないんだ。親切心で研究所を見学させてやったら、このザマだ。おいお前ら!こいつを生物実験室に連れていけ!こいつを好きなようにして構わない」
白衣のボスがそう言い放つと、周りの部下たちが、揃って不敵な笑みを浮かべた。薫は直感的に危険を感じ、その場から走り出そうとしたが、ものの数秒で髪を引っ張られ、確保される。
「何をするき…」
薫が喚こうとした刹那、口をタオルのようなもので塞がれる。みるみる視界は薄れ、薫は意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます