上 10

「これは…酷いですね…」


「ええ…」

川崎は唖然とした。


「B9も、終わりね…」

夏代の呟きに2人が同時に頷く。


眼前のB9が業火に包まれている。ナトリウム塊さながらの焔の殊が、芯から建物を飲み潰していた。

放火かどうかは分からない。だが、間違いなく…

「これはブルースカイが関係してるよな…」

もはやそれは確信に近かった。


「ええ、恐らく。それに、例の六井と長戸が自宅で亡くなっているのが発見されたとの報告があったわ」

夏代が頭を押さえながら言う。


「はぁ…」

魂を一緒に抜くような溜息が腹からでる。


「畑中…」

西角が蚊の無くような声で言った。皆考えは同じだった。


ヘリコプターでの一件の後、脅迫状が届き怒り狂った畑中は、原因を作った長戸と六井を始末し、B9を焼き払った。通常なら馬鹿で下らない異常なシナリオが、容易に想像できてしまう。


「畑中は今どこに…?」


「畑中も、自宅で亡くなっているのが発見されたそうよ」


「はぁ!?」

今度は怒りに満ちた響きで言った。


「しかも、畑中は首吊りで自殺。遺体の近くには遺書が置かれてあったの」


「自殺だと?」


「ええ。遺書にはご丁寧に自分が六井と長戸を殺害し、B9を放火し、動機は奴らの挑発行為への報復だ、と説明までしてあったそうよ」


「狂ってるとしか言いようが無いな」

西角も愕然としている。臙脂色に煌めく炎の前で、言葉を失う。その炎は、強く強く燃え盛っていた。


「西角さん。とにかく、一刻も早く薫さんを助けに行きましょう。こんな大事件が起これば、ヘリコプターの一件が明るみに出て、あの島の周りに大量の救助隊が張り出してくるのは遅くはないでしょう。そうなれば、スロットでの単独潜入は厳しくなります」

今までは内輪の話だったが、こうなってしまえば意味のないレスキューが到着してしまう。


「申し訳ありませんが、もう寝ている暇はありません」

辺りはすっかり暗くなっていた。明朝の予定だったが、繰り下げるしかない。夜のフライトは危険だが、行くしかない。


「…でも、川崎さん、スロットは駄目だって…」

川崎は、静かに首を振った。恐らくこれ以上渡辺と口論を続けた所で、あの人は絶対に譲らない。よって、正当な手段ではスロットを使用することは出来ない。


「ちょっと待ってください、川崎さん。まさか、勝手に使おうだなんて言うんじゃないでしょうね…?」

川崎の表情からただならぬモノを感じ取った西角が慎重に問う。


「正直、他に方法はありません。もちろん、良くない事なのは分かっています。全ての責任は、俺が取ります」


「川崎さん…」


「でも、プランはあるの?」

夏代の問いに、


「俺はこれでも、あの会社に何十年と勤めてきた。奇しくも俺はあの会社では顔が効くし、スロットの保管場所にいても怪しまれることはない」


「なるほど。許されてはいないけれど、訝しがられずにスロットを持ち出せるって訳ね」


「ああ。だが、いくら何でも異変には気付かれてしまう。帰った後は難しくなる。夏代、そして、西角さん、その覚悟は決めてくれ。それに、あの島だ。当然危険はとは隣り合わせになってしまう。それも含めて、生半可な気持ちなら、ついて来ないでくれ」


「わかりました、川崎さん」

川崎の真剣な眼差しに、西角も腹を決める。夏代も、ゆっくりと頷いた。



「では、本社に向かいましょう」

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