上 09

膝にくい込むような痛みを感じながらも、力の限り走る。今日は1日中走っている気がする。脇腹が押しつぶされるような感覚に襲われ、息があがる。薫は運動をしたことがない訳ではないが、体育会系とは無縁だ。そんな薫が、いきなりこのようなフルマラソンをしたら息がもたないのは至極当然のことだ。スタートダッシュこそ良かったものの、薫は徐々に失速していった。


何も手がかりを掴めないまま、森の奥深くへと入り込んでしまっている。薫は知らぬ間に森の奥深くの、奇矯な場所へと足を踏み入れていた。何が奇妙と言われれば表現はし兼ねるが。ぴたぴたと水が滴る音だけが聞こえる。他の生き物たちを寄せつけない、といった神聖さも感じられる。


薫は特段不気味で怪しげなこの場所から抜け出そうと考えたが、膝の激痛も相俟って、体力は既に限界を迎えていた。体が崩れ落ち、木に凭れ掛かるような恰好となる。


私は何故こんな目に遭っているんだ…、と薫の中で自問が飛ぶ。受け入れ難いこの島の動物たち。そして、ヘリコプターから落とされたという事実。現状は何一つ、進んでいない。こんなところで呑気に救助ヘリを待つのも無意味だ。暴風に吹き散らかされて無惨に墜落するのを眺めるだけだ。

考えながら薫は妙な違和感を覚える。それなら、あのフラット・ヘリコプター社は、薫たちをどう引き上げるつもりだったのだろうか。段取りは、ほぼ六井と長戸が取り仕切っていたため、薫には知らされていなかった。

何故侵入困難な島から脱出が出来るのか。畑中や、長戸、六井、フラット・ヘリコプター社。全ての要素が、怪しく繋がる。薫は確信した。


ーこのスカイダイビング企画は、そもそもおかしいー


事故などではない、薫は何か大きな計画に巻き込まれたのだ。狂った畑中を中心とする、何かに。何故薫がターゲットにされたのかは定かではないが、間違いなく、ブルースカイに大きな黒い影が差し込んでいる。

真実はともかく、薫は今、窮地に立たされている。ヘリコプター社もグルだとすれば、尚更救助ヘリは望めない。

薫のなけなしのサバイバル知識を使って筏で脱出する?いや、沖には最新鋭の船ですら転覆させる程の風が吹いていると聞いた事がある。どれだけ最強の筏を作成しても、ものの数秒で転覆し、恐らく海にいるであろう巨大なサメの餌になるだけだ。


まさに、孤立無援。


薫は失意に打ちひしがれた。最後くらい、隼人に会いたかった。助けに来て欲しいとは思わない。少しだけでも、顔が見たかった。最愛の夫。深く深く、愛しているから。薫は、木にもたれかかりながら、目尻から静かに涙を零していた。その涙に呼応するように、どこからかゴゴゴという地鳴りが聞こえてくる。


また、何かがここに来る。しかし、薫は動けなかった。もたれかかっている木が大きく揺れる。今度はライオンや何かでもくるのか。もはや薫は諦めていた。さらに地鳴りが大きくなる。ぱらぱらと小石が転がっている。

これまで見てきたものを遥かに超えるような、猛烈な気配がする。地面がばりばりと音を立てる。

はっきりとは見えないが、地面から何か黒いものが出てこようとしている。巨大モグラか!?と思ったが、どうやら違うらしい。ゆっくりと、その黒いものが空に上り、全貌を露わにしようとしている。


顔らしきものが上について、その胴体や、尾のようなものが後から糸を引くようにして地面から現れる。


この世に存在してはいけない、しないはずの、神話紛いの、あの生き物。今までは、見たことのある動物に特殊能力がついていた。しかし、これは、違う。そもそもが。


薫は徐々に意識が薄くなる。

夢の中に、早く逃げてしまいたかった。


薫の前に現れたのは、竜だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る