上 08

「そんなもの、許可できる訳無いだろう!馬鹿者!」

渡辺が声を荒らげる。


「川崎、お前はもっと正しい判断ができるはずだ。そんな荒誕な話があるか?完全に落とされているのならまだしも、その確証すらないんだぞ?」


「それはブルースカイの社員が証言を…」


「証言をした?だからなんだ。こっちには助ける義理など微塵もない。無駄な偽善を振りかざせば、会社を破滅に追い込むだけなんだぞ?大体、お前が使おうとしているスロットは、我社のこれからを担う大傑作じゃないか。まだ完成しているのならいい。それを試作段階で使って、事故にでもあってみろ。翌日の新聞の1面には『悪魔のヘリコプター』の文字が踊り狂うぞ。長年をかけて行ってきたこのプロジェクトも水の泡だ。同時に、この会社も畳まなければならない」

渡辺は鋭い目つきでこちらを見る。

渡辺の言う事は正しいといえば、正しい。会社にとって不利益な事をするのは社員として失格だ。


だが…

「人命がかかってるんですよ!」


「君が人命がかかっているというのなら、こちらは会社の命がかかっている。自滅なんてのはごめんだ」


「絶対に成功させてみます。だから、1度チャンスを…」


「世の中そう甘くはない。地に落ちた信頼はそう簡単には戻らない。いくらベテランで技術もあるお前でも、あの島が規格外だというのはスロットの製造過程でも嫌というほど痛感しただろ?俺は勿論お前の事を信頼してる。だけどな、あの島では話が違うんだ。送り出すなんて真似は出来ない」


「いいや、俺なら出来ます。絶対に」


「大した自信だ。失敗した時の責任は頭に無いようだな。俺はそんな賭けには乗らない。例えお前でもな」

渡辺は表情を変えずにそう放った。畳みかけるように、


「それに島に上陸しようだって?馬鹿も大概にしておけ。君はもっと利口な筈だ。お前はあの島の風を見てきた筈だ。猿でも分かるような事だ。下らない妄想の人助けで会社を潰すか、大人しく仕事を全うするか、だ」

激しく攻める渡辺に、川崎はぐうの音も出なかった。


「とにかく君が何を主張しようとも、俺は断じて認めない。もし島にどうしても救助ごっこをしに行きたいんなら、泳いででも行ってくるんだな。話は以上だ」

渡辺はビシャリと言って、立ち去った。川崎は、これ以上続ける気力さえなかった。渡辺の言う事は確かに的を得ている。これでは暖簾に腕押しだ。

社内には社員が付け放しにしたテレビのワイドショーの声だけがうるさく鳴っていた。


肩を落とし会社を後にした川崎の胸ポケットが震える。西角だ。

渡辺との交渉の結果を聞くためかけてきたのだろうと思い、第一声に

「やはり、だめでした…」と言う。


「そうでしたか…それより大変なんです、川崎さん!古川さんからの連絡で、B9で火災が発生したらしいんです!」


「何だって!?」

川崎は思わず大きな声が出た。


「とにかく、現場へ来てくれとのことです!行きましょう!」

そう言うと、手短に電話が切れた。

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