上 07

しばらくすると、池のようなエリアに到着する。ようやく安全地帯かと油断した矢先、足元に気配を感じる。

黒い塊がいた。小さな、カエル。


なんだカエルか、と安堵するも、すぐにその安心は危険だと本能が警告する。このカエルも何か特殊なものを持っているに違いない。蛇が空を飛べたり、鳥が火を吹ける島だ。小さなカエルにもなにかおぞましい力が内在しているはずだ。


カエルは、薫には一瞥もくれることなく、池へ飛び込んでいった。カエルが水に…?と、違和感を覚えていると、その直後に、水が強烈な光を放った。


薫は、うっ、と思わず腕で目を覆う。

またこのカエルが特殊能力を発揮したのだ。薫はすぐに分かった。


おずおずと腕を解除すると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。数匹かの魚が、水面に青い顔をして浮かんでいた。その魚の1つは、既にカエルが食事を始めていた。


これは一体何の能力だ。ヒントはあの光だ。眩しいあの光で、魚が数匹浮かんだ。何かのビームか、とも考えたが、それなら対象は1匹の筈だ。広範囲にダメージを与えられる、といえば毒が想定できるが、光に説明がつかない。

様々な推論の結果、薫が一つの結論に辿り着く。


電気だ。


直視すれば眩しい程の電流が水に流れ、感電死した、と考えるのが自然だ。


だが、冷静に考察している場合ではない。相手は電気ガエルだ。次は自分が、青い顔をして浮かぶ番かもしれない。

薫は、一刻も早くこの池の周りから脱出しようと考えた。


そう思った矢先、今度はなにか水面に泡が立ち始めた。

何かが、池の中から出てくる。魚を満足そうに頬張っていたカエルが、動揺の色を浮かべる。


泡が大きくなり、水面に黒い影が現れ始めたその刹那、水しぶきがあがり、大きな口らしきものが、カエルを飲み込み、空高く舞い上がった。なんだ、と思い上空を見ると、そこには、サメのような風貌をした巨大な魚がいた。

しかし、それは一時的なジャンプではなく、鳥の如く、空を優雅に飛行し始めたのである。


今度は、空飛ぶサメ、か…薫は天を仰いだ。あの恐ろしい電気ガエルを食らう巨大な空飛ぶサメ。

あれだけの電気を放つカエルが、一撃にして飲み込まれるとは、この空飛ぶサメも、並大抵のものではないだろう。


畏怖すべき弱肉強食の図式。本土とは桁違いだ。食べ物を探すどころか自分がエサになってしまう。早く脱出しなければと薫は自戒する。薫が辺りを走っていると、人に似たような影がちらりと眼に映されたような気がした。


信じがたいとは思いつつも、急いで影が見えた方向へと向かう。

気配が徐々に近づいている。

追い詰めるようにして物陰を確認すると、そこでは虎らしき動物が、優雅に眠っていた。

しかも、巨大だ。


薫は、即座に息を殺し足を滑らせるように、忍を彷彿とさせる動きで後退りする。目を覚ませば、間違いなく撃沈だ。足を交互に、後方へと進ませる。心臓が高鳴る。1歩、また1歩と引き下がる。

睫毛が張り付いている。虎の眼は、まだ開かれていない。


右足を下げ、左足を、としたところに、何か足元に違和感を感じる。


パキッという嫌な音の後に、薫はバランスを崩し、盛大にひっくり返る。どすん、という重たい響きとともに。


静かに虎が唸る。その声は、実に威圧的だった。弱者のような音量が大きいだけの逃げ腰の威嚇ではなく、全ての上に立つキングの風格でこちらを威圧する。薫は事態の深刻さを自覚し身震いする。間髪入れずに、薫の右足に鋭い牙が突き刺さった。


薫は絹を割くような悲鳴をあげ、自らを転がす原因を作った木の棒で咄嗟に虎を叩く。

一瞬虎が怯み、虎の歯と薫の右足の間に空間が出来る。

今だ!といわんばかりに、薫は立ちあがり、走り出す。虎にやられた右膝に痛みを感じながら、懸命に木々の間を駆け抜けていく。しかし、猛獣は素早く木を飛び移り、薫の前に出る。どうすることも出来なくなった薫に、虎がゆったりと距離を詰めてくる。


これが、キング…


薫は嘆く。王者は前傾姿勢となり、小さく吐息を吐いて、薫を一点に見つめている。狙い済まされた、冷静な狩人。

薫は、虎に勝る気がしなかった。目を瞑り、降参する。全てを覚悟し、歯をぐっと食いしばる。


もう、ここまでー


虎が地面から離れるような音がした後、何か強烈な打撃音がした。薫には飛びかかってこない。

何があった、と確認するとそこには、仁王立ちのこれまた巨大な熊がいた。


虎は、横になって倒れていた。この状況から読み取れる事は1つ。薫をいざ食事、というタイミングで熊が虎に襲いかかったのだ。しかし、まだ虎は息がある。冷酷な目付きで、熊を睨みつけている。その威厳は損なわれない。

熊も物怖じすることなく牽制を続ける。


両者は1歩も退かず、睨み合う。


お互いに飛びかかってくるのを今か今かと待っているのだろう。虎をキングと例えるのなら熊は、悪いキングを成敗しにやってきた勇者。社会の形を変えるのは、いつもヒーロー。この熊は、その一端を担っているのかもしれない。


「早く逃げろ!」



「えっ!?」

思わず声が出る。明らかな日本語。放った音のバランスが整い、薫の耳へと流れ込んできた。

まさか誰かいるのか!?



「何をぼーっとしてる!またこの虎に食われたいのか?」


違う、熊だ。これは熊が言葉を発しているのだ。この島なら有り得る。どこで覚えたかは知らないが、何かしらタネがあるのだろう。しかし今は、熊の指示に従うべきだ。状況を見る限り、熊は薫を助けたヒーローだ。手早く脱出するほかない。薫は再び駆け出した。


「行かせるか!お前の相手はこの俺だ!」


恐らく、虎の追撃を封じたのであろう。ここから、両者は激しい戦いを繰り広げることになるのだろう。もっとも、薫は知る由もないが。薫は逃げるしかない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る