上 06

「しかし、長戸と六井は一体何を考えているんだ、こんなことをしでかして」

これは紛れもない、犯罪だ。ヘリコプターから人を突き落とすなど、以ての外だ。


「あの二人は、現在行方をくらましているの」


「なに?」


「文鳥島からの帰還後、誰も姿を見ていないの」


「俺が最後の目撃者、ってわけか」


「ええ、そしてブルースカイではひとつの結論に辿り着いたの。彼等は、B9に操られていた、とね」

夏代は溜めて言った。


「なんだと?」


「さっきの映像、見てわかるでしょ?撮影してるのは誰が考えてもカメラマンの六井。彼はうちの社員。それが何故B9から送り付けられてくるの?答えは簡単よ。B9が、彼等を買収したとしか」


「確かに、筋は通ってるな。だが、B9は何故そこまでして…」

わざわざ買収行為までして脅迫を嗾ける程だ。


「B9は昔、テレビ局の中でも一二を争うような会社でほとんどの番組で高視聴率を出していたの。でもここ最近は、人気番組が多く終わったこともあって、営業不振に陥っているの。もちろんそれはB9が100%悪い。なのにあそこのテレビ局は、その視聴率の低迷をブルースカイの策略だと因縁を吹っかけてきているの」


「そりゃまた無茶苦茶な話だ」


「だからわざわざこんな事を行い、ブルースカイを破滅に追い込もうとしている、と我社では結論付けた」


「畑中も大概だが、B9も最低だな…全く。よくもこんな犯罪がやすやすと…」

少々暴論のようにも感じるが、B9の過去の悪態を聞いていると似たり寄ったりだ。


「なんて奴らだ!何故薫が巻き込まれなければ…」

西角が顔中に怒りを滲ませる。


「川崎さん!本当に薫を助けに行く手段はないんですか!?」


「なくは無いですけど…」


「ええ!?あるんですか!?」


「はい、しかし、危険な手段になりますが…」


「構いません!とにかく、早く行かないと薫が…!」


「…本当にしますか?」

川崎はため息交じりに言った。西角の目は川崎に焦点を当て続け、静かに首を振った。


「ちょっと待って将人。レスキューですら行けないような島じゃ無かったの?本当にあなた達の会社にそんな手段が…」

夏代が疑問を挟む。



「西角さん。元々文鳥島への上陸は、我々の企業目標だったんです。B9じゃないですけど、ここ数年はフラット・ヘリコプター社も随分と営業不振に陥っているんです。何か画期的なものを生み出さなければ、会社が終わる。そこで、我社は長年あの島の研究を続け、上陸するためのヘリコプター作成を目標に掲げてきたんです」

川崎も渡辺の下で大きく関わってきたプロジェクトだ。渡辺主導の下、長年開発に勤しんできた。あの島に入ろうだなんてのは愚かだと切り捨てた川崎自身も深く関わっていた。


「そして漸く最近、本体の開発に成功したんだ。まだ2台しか無いがな。名前は、スロットだ。何れは我社の大目玉になる予定だ」


「ちょっと待ってくださいよ川崎さん!そんなものがあったんだったら、なぜ薫をそれで降りさせ無かったんですか!?」


「ああ、それは…実はまだ試作段階なんですよ、スロットは。実戦では未使用です。ですから、我々もブルースカイの行動を引き留めていたんですよ。もう少し待ってくれ、と。でも結局、止めることはできなかった。奴らはやけに焦っていた。引き留められなかった俺にも十分責任はあります」

川崎は、西角の目を見て、続ける


「西角さん、行きましょう。我々で。そう、スロットで。」

西角は圧倒されつつ、徐々に目を赤くさせる。


「川崎さん…もう何と言ったらいいか…」


「いえいえ」

西角と深い握手を交わす。


「でも、スロットは大丈夫なのですか?ヘリ社で権限のある将人とはいえ、試作段階のものを持ち出せるの?」

夏代が不安げに再び切り込む。


「残念ながらどんな権威があっても、あれを勝手に私用で使う事が許される権利なんてのはない。なんだって、あれはうちの未来を担う商品。事故れば、数年の努力は塵だからな。つまり持ち出せるかどうかは、賭けだ。まずは社長に掛け合ってみるしかない」

川崎はそう言いながらも、望みは薄いと考えていた。渡辺は悪い奴では無いが、危険な賭けはしそうにない。


「とにかく、時間に猶予はありません。明朝、出発します」


「明朝ですか⁉」


「ええ、一刻を争いますので。明日は長旅になると思って、今日はゆっくりと心の準備をしておいてください」


「わかりました。本当にありがとうございます、川崎さん」

西角も心を決めたらしい。


「いえいえ」

そう言って、3人でのミーティングはお開きとなった。



「なんだ、お前まだ帰らないのか?」

夏代は席を立とうとしなかった。


「いや?もう帰るけど?」


「お前は明日は来るんだな?」


「もちろん、薫とは同期だし、こんな事をさせてしまったのは私にも責任があるもの」


「そうか、なら、気を抜くなよ」


「そんなことより将人、私とやり直す気にはなった?」

かつて付き合っていたという立場もあるが、それも随分と前のことだ。


「なんだこんな時に」


「なーんてね、じゃっ、また明日!」

そう言うと夏代はそそくさと去っていった。


川崎も大きく息を吸い込み、席を立った。

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