この恋愛ゲームがクソゲー過ぎてクリア出来ません

柏木 圭夏

プロローグ

 ──青春。

 それは、学生が学業を疎かにしてでも謳歌すべき貴重な時間。

 噂によると青春を送れたか否かでその後の人生が大きく変化するとかしないとか。

 兎にも角にも青春とは、人生において必要不可欠な要素であるというわけだ。


 だがしかし。

 全ての人が青春の日々を謳歌出来るのかというと、必ずしもそうとは限らないのが世の定め。

 残念ながら、大半の人は青春とは無縁のまま大人となり、ラノベやアニメの中にのみ存在する素晴らしい青春に想いを寄せては、死にたくなるのだ。

 どうして俺は……と、理想と現実の差に絶望し、けれども社会の歯車となって働き続ける立派な社畜へと成長する。

 そしてそれは、俺も同じだった。


 中学、高校、大学と特にこれといったドラマもなく、平坦な道を行くが如く過ぎ去っていった学生時代。


 気が付けば俺はもう28。

 2年もすればもう三十路。

 青春とか言ってる場合じゃない。

 実家に帰れば結婚しろだの何だのと言われるのでここ最近はろくに帰ってない。


 まぁ、もう色々と諦めていた。


 ため息を一つ、ツマミと酒の入った買い物袋を引っ提げて、リビングへと入るとノートPCを立ち上げて、流れ作業のようにエロゲを起動。


「今日も一日お疲れ様でしたー」


 座椅子に腰掛け、独り言ちてプルタブを開けた。

 小気味良く音を響かせて、酒を呷る。

 ゴクゴクと喉を鳴らし、冷えた酒が疲れた身体に行き渡るようで、小さな幸福感に包まれた。


「あー……美味い」


 この瞬間の為に働いていると言っても過言では無い。


「っし、じゃあ今日もやりますかね」


 ガラスのテーブルに缶を置き、つづきからをクリック。


 ヒロインが隣を歩きながら主人公と会話しているシーンが始まる。

 アニメのようにヌルヌル動く最近のエロゲは凄いなぁ、なんて感心しながらオートモードに切り替え。


 背凭れに体重を掛けて、チビチビと酒を飲みつつ暫く画面をボンヤリと見つめていた。


 序盤の為か、これといった起伏もなく物語が淡々と進む中、欠伸を噛み殺す。


「……眠いな」


 何だから今日は酒の周りが速い気がする。

 異様な眠気に襲われて、一旦ゲームを止めようと手を伸ばし、次の瞬間。


 唐突に照明が落ちた。


「何だ……停電か?」


 暗がりの中で光る画面を見つめ、場面が切り替わる。

 真正面に立ち、こちらを見つめるヒロイン。

 背景は夕陽色に染まり、ありがちな告白のシーンが始まった。


『私、キミの事が……アラタの事が好きなの!』


 ベタだなぁ、と思いつつも絵の美麗さに引き込まれていた俺は、ふと気が付いた。


「あれ? 主人公の名前ってアラタだっけ?」


 違うような。てか、アラタって俺じゃん。

 設定したっけな?

 妙な違和感を覚え、首を傾げる。


『私と……恋人になってくれる?』


 ピコン、と電子音と共に現れた選択肢は二つ。


【はい・いいえ】


 しかし、良く見てみると、はいの所が暗く表示されて、選べないようになっていた。

 恐らく彼女のルート解放は条件があるのだろう。

 ならば仕方ないがここは【いいえ】で、と。


 選ぼうとした、その時だった。

 エンターに伸ばした手が、画面から伸びた真っ白な無数の手に掴まれて──尋常じゃない力で引き込まれていく。


「は?! ちょっ、ええ!?」


 何とか踏ん張るけれど、それも虚しく一気に引っ張られて、水面のように波打つ画面に突っ込んだ。


「うおわぁぁぁああ!?」


 激しく明滅する世界の中で、俺の意識は静かに溶け込んでいく。

 これは夢。そうだ、夢なんだ。


 そう思い込みながら、俺は意識を手放した。


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この恋愛ゲームがクソゲー過ぎてクリア出来ません 柏木 圭夏 @nekohito

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