第3話 『Great quarrel』やっぱりコイツとはウマが合わない

ワイワイ、ギャイギャイ。

目の前で繰り広げられる凩と柑の言い合いはしばらく待っても止まりそうにない。

実際の時間でいえば数分の間だろうが、陵の体感では数十分経ったんじゃないかと感じるほど2人の喧嘩に辟易していた。


「もう、2人とも。いい加減に…」

「おい、凩」


そろそろ止めようかと陵が声をかけると同じタイミングで誰かが凩の名を呼んだ。

声に反応して陵が辺りを見渡してみるが、自分たち以外には誰もいない。

陵も柑も声の主を探して視線を巡らせている中、名前を呼ばれた本人だけが思い出したように目を瞬かせてた。


「楓裡……!」

さっきまで自分の肩の上にいたはずの獣の名前を呼べば、足元からひょこりと黒く愛らしい獣が姿を現した。

ふるふると一度身体を震わせると身軽にジャンプして凩の肩に飛び乗った。


「喧嘩するのはいいが昨日回収した荒魂をさっさと渡しちまうぞ。でないと怨念が溜まってまた暴れだすからな」

「そうでした!凩さん、回収した魂持ってますよね?!」

楓裡の指摘を受けて凩が返事をする前にヴィクが凩に質問を投げかけた。


「え?あーと、うん。ここに来る途中で荒魂になって暴れてたから回収したのを楓裡に預けたけど」

ヴィクが食い気味に問いかけてくるものだから凩は多少戸惑いながら答える。

陵と柑もその言葉を聞いてお互いの顔を見合わせた。その表情は驚いているような、あり得ないものを見るような複雑なものだった。


ヴィクと陵、柑の微妙な反応に凩は意味が分からず頭の上を疑問符が飛び交う。

凩の肩の上にいる獣だけはお互いの心境に察しがついたのか何も言わずにヴィクの言葉を待つことにした。


「凩さんからソウル所持の反応があったのでてっきり不法所持者の敵かと……」


ヴィクが申し訳なさそうにそこまで言うと、陵は少し考える素振りをした後で徐に口を開いた。


「凩くん、どうして荒魂を見つけて回収と所持ができたの?それは正規の死神しか見つけることができないはずなのに……」

陵の困惑した声と共に、柑からは再び刃物のような鋭い視線を向けられる。

凩が一瞬楓裡に視線を送ると、頷くように肩にいる獣は首を一度縦に振った。それを確認した凩は緩く笑いながらその答えを言い放った。


「実は楓裡も荒魂を見つけたり死期を迎えた魂を見ることができるんだ。

俺はまだ証明書はもらってないけど死神としての制服はあるしデスサイズも出せるから途中で取りこぼしを狩ってもいいだろうって。」


にこり、と凩は笑う。何もおかしいことなど言っていないと認識しているようだが、陵と柑からしたらおかしいことこの上ない発言だった。


確かに死神族が滅んだせいで荒魂は多く、死神の手は足りていない。

途中で取りこぼしを狩ってきてくれる分には仕事が1つ減った、程度の認識だから間違いではないし問題もない。

だが、回収する魂を見るためには死神族の能力、それこそ目を借りる必要があった。


デスサイズの具現化は死神の適正があるかを確認する試験で用いられるため新人が振り回していても何の不思議もない。

支給された制服のネクタイに編み込まれた紋章と死神名さえされば自分だけの武器の具現化は可能だ。


しかし、院で証明書を発行した後でしか死神の目の能力を借り受けることはできない。

不当な理由で人の魂を奪わないよう、死神の目とデスサイズの2つが揃って初めて魂を回収できる仕組みがとられているからだ。


それを踏まえた凩の発言の矛盾点は2つ。

1つ目は死神の目と同等の能力を楓裡が有しているとこと。

2つ目は仮にそうだとしても、死神の目とデスサイズを別々の個体で発動していたら魂の回収は行えないはずだということだ。


凩が告げた言葉は死神として活動してきた柑たちにとっては衝撃的かつ、どう処理をするか迷うものだった。一時的にその場に沈黙の時間が流れた。


「……あの、俺、何か変なこと言いました?」


自分の言葉の後に2人揃って黙り込んでしまったものだから凩はおそるおそる問いかける。凩の様子を見るに嘘を言っているようには見えなかった。

しかし、上に報告するとしてもまだ情報が足りない。

死神の暴走を抑制するための仕組みに抜け穴があるのか、凩と楓裡が危険な存在ではないのか。2つの判断を行うためには他にも判断材料となる情報が必要だ。


『もう少し追及して探ってみるか』と柑が目を細めて件の獣を見据えた。

……ちょうどその時だった。


「大方、お前の発言がイレギュラーすぎて対応に困ってるんだろう」


今までは傍観を決め込んでいた楓裡が凩の肩から飛び降りた。

柑たちの意図も状況も察したように、小さな4本脚を動かして柑と陵に歩み寄っていく。


「これ以上の説明は凩じゃ無理だ。だからと言って俺もお前たちが納得のいく説明はできない。あとはお前たちの目で確かめろ」


ちょうど凩や柑の中間、と言った距離まで進んでいくと言葉に呼応して黒い風が楓裡を包んだ。


「……この風ッ 陵、離れろ!」

しばらくは様子を伺っていた柑だったが、異質な雰囲気に気づくとヴィクを担いだまま陵の腕を引いた。

腕を引かれるまま陵も後ろに飛び退いて改めて楓裡の方を向き直す。黒い風は煙のように楓裡に纏わりついていて中は見えない。

けれど、次第に風を纏ったそれは大きくなって自分たちが持つ力とは異質の魔力が練りこまれているのを感じ取った。


「この黒い風、魔族の……」

「ひえっ 全身の毛がぶわってなる感じがします!」

「……陵、キメラ娘とこのまま下がれ」


今まで柑に担がれて大人しくしていたヴィクの耳と尻尾の毛が言葉通りにぶわっと逆立った。

柑はヴィクを肩から降ろすと2人を庇うように一歩前に出る。

風に包まれていてもその様子が伺えたのか、大きくなった黒い風の中から小さく笑う声が響いた。


「ほう?お前でも味方は庇うんだな」


聞こえた声はさっきまで会話をしていた楓裡の声とは明らかにトーンの違う低い声だ。その瞬間、黒い風が一気に霧散する。

ザァ……と音を立てて消えていく風の中から現れたのは黒い獣型の生き物だ。見た目は犬に近いが、背中には2対の羽根と額に角が生えていた。


「……上級の魔族かよ。あんな雑魚が使役できるような代物じゃねぇだろ」


現れた獣の姿に柑は目を丸くした。

皮肉を込めて舌打ちをすると楓裡の様子を後ろから見守っていた凩が首を傾げて目を瞬かせた。


「使役してるんじゃないぞ?」

「……は?」


凩があまりにもキッパリと言い放つものだから柑も釣られて間の抜けた声を出してしまった。

基本的に魔族は利己的だ。力で屈服させるか契約でもしない限り人と一緒に行動することはない。ましてや上級の魔族となればプライドが高い個体が多い。非力な人間の言うことを聞くとは考えられなかった。

けれど、そんなことを柑たちが考えていると微塵も想像していないのか凩は意気揚々と疑問の答えをくれた。


「だから、楓裡は俺が使役してるんじゃなくて自分から俺についてきてくれてるんだ!楓裡とは昔から一緒にいる友達だからな!」

「……………………………」


まるで最高のことだと誇るように凩の態度は自信満々だった。

人情がある、という捉え方をすれば誇れることで間違いはない。けれど友達と言っている相手は魔族だ。魔族が何の裏もなく人間に力を貸すとは柑には到底思えなかった。


疑問はそれだけじゃない。魔族が発する魔力は人間には強すぎるはずだ。

圧迫感を与えるような魔力に晒され続ければ人間は寿命を縮めてしまう。しかし、凩は楓裡が変化している間も普通に見守っていた。楓裡が此方に害を成すはずがないと信じ切った顔をしていたのだ。


「意味不明だな。魔族を使役しているかと思えば同情で助けを借りてるとは。

それに上級魔族だったとしても死神の目を行使できる理由としては不足だ」


死神の目といい、ペットかと思えば楓裡が魔族だったことといい、凩と楓裡にはイレギュラーが多すぎる。

内心困惑していたが、それを感じさせないような不遜な態度で柑は悪態をついた。


「そいつの言うように、凩についていってるのは俺の意志だ。お前には関係ない」


そして、その言葉に反論したのは意外にも友達だといった凩ではなく、楓裡本人だった。

楓裡の角がわずかに光ると、所持していた魂が浮き上がる。乱暴に頭を振って、柑の方にそれを投げつけた。


投げつけられた魂を柑は軽々と受け止めると、死神の目の能力を発動して回収された魂を確認した。

死期が2か月ほど過ぎており、確かに怨念を溜めこんでる。『荒魂となって暴れていても不思議ではない』と柑も判断も下すほどだった。

回収時にデスサイズ以外で無理やり魂を引きはがせば何かしら痕跡が残るものだが、何らかの紋章や魔力で無理やり抜き出した形跡もない。


状況は不可解なことが多いが、今回は認めざるを得なかった。

柑が深くため息をついた様子を見て付き合いの長い陵も楓裡の発言が誤りではなかったことを察した。


「今回は信じてやる。だが、怪しいと思ったら即刻処分するからな」

「え。何でだよ。見えることは本当だし楓裡のおかげで見つけて回収できたんじゃ」


仕方なさそうな柑の言葉に安堵したのも束の間。

処分と聞くと凩は不服そうに焦ったように柑に食って掛かろうとした。しかし言い終える前に冷たい視線が凩を射抜いた。


「それが問題なんだ馬鹿野郎。

いいか、死神の目は正規の死神以外が行使できる力じゃない。ましてやその魔族はお前が使役してるわけじゃないんだろう。

だったら不正に能力を得た可能性は捨てきれないだろうが。」


遮るように紡がれた柑の言葉の意味が凩には理解しきれない。

ただ分かったことは、目の前の人物は自分が気に食わないようで楓裡のことを疑っているということ。

けれど、言い方からして手離しに楓裡を疑っているわけではないことだけは察することができた。


「……陵さん、ヴィク…さん、でいいのかな?どういうことですか?

楓裡も元の姿に戻ろう。その姿、全然歓迎されてないみたいだから」


柑に聞いたら全てを聞き終える前に冷静さを欠いてしまいそうだ。

そう判断した凩は一歩下がって自分たちを見守っている2人に声をかけた。そして、楓裡の頭を1度撫でると凩の言葉に従って楓裡は再び黒い風でその体を包んだ。


辺りに満ちていた魔族特有の魔力が収まっていく。黒い風が晴れれば、そこには愛らしい小さな獣姿の楓裡が立っていた。

身体に重力を受けているような重苦しさからは解放されたが、空気の重苦しさは変わらない。一瞬迷って、陵は気まずそうに口を開いた。


「……、最近魂の不正回収事件が起こってるんだよ。どうやら誰かが一般人に魂の回収方法を教えてるみたいなんだ」

「その事件の犯人候補に魔族も上がってるんです。決して凩さんたちを疑ってるわけじゃないんですけど……」

「関係ないって証拠もないから疑わしきは罰する、が柑の言い分なんだな」


身内となる人間が連れていると言っても手放しで信じることはできないと言われていることは理解できた。

その考えを否定することが出来ないことは凩にも分かっている。どこかの誰かがやっている事が少なからず重罪なのだと言う事も察しはつく。


けれど。


「言いたいことは分かった。……でも楓裡は絶対そんなことしない」


突然凩から発せられた声が低く、冷たいものに変わった。

今までとは全く異なる声色に陵は息を飲んで、ヴィクはピクリ!と耳を震わせた。


「得体が知れない、首輪も付いてない魔族を信じられると思うか?」

「だったら、アンタは信じなくていい。証拠がないから信じろなんて言わない。でも……」


先程までヴィクから逃げ回っていた凩とも、楓裡を友達だと笑っていた凩ともまるで違う。

柑を睨んだ凩は別人のような雰囲気を纏っていた。


ヴィクは本能的に危険を察したのか近くにいた陵の服の裾を引く。

服を引かれて正気に戻った陵は咄嗟に「止めないと」と2人に声をかけようとした。


しかし、凩は陵が制止しようとした頃にはすでに柑に歩み寄っていた。手を伸ばせば柑に届く距離まで近づいた頃だった。

凩は勢いをつけて柑の胸倉に掴みかかった。


「最初から悪いものだと決めつけるような見下した目で楓裡を侮辱するな!!」

乱暴に引き寄せて怒気をはらんだ声で一気に言い放つ。凩の取った行動に流石に陵とヴィクは驚いて一瞬目を丸くした。

柑も僅かに驚いたように動きを止めたが、すぐに視線が荒みだした。


「……!柑!」

その様子を見て、マズイと感じた陵が焦り気味に叫んだ。

陵は柑と付き合いも長い。短気な柑にその感情を向ければどうなるかなんて想像するのは容易かった。


「てめぇ……いい度胸だな!」

案の定、柑は売られた喧嘩を買い拳に力を込めた。振り上げられた拳を見て凩は咄嗟に後ろに飛び退いて距離を取る。

着地の瞬間に身体を前かがみに低くして地面を力いっぱい蹴った。凩も全力で応戦する姿勢だ。


「柑さんも凩さんも落ち着いてください……!」

ヴィクも制止しようと名前を呼ぶが、目先のことで頭に血が上っている2人には聞こえていない。

柑の拳が凩に届きそうになった……その時だった。


パシッ と乾いた音が響く。柑の拳は2人の間に割り込んだ第3者によって受け止められていた。


「葵が帰ってこないと不思議がっていたから様子を見に来てみたら……。

ヴィクから新人を助けに行ったはずのお前が新人と争ってどうするんだ?柑」


拳を受け止めた赤胴色の髪の人物は呆れたように柑を見下ろした。

喋り方に抑揚がなく落ち着いた印象の青年。凩にその人物がずいぶん年上に感じが、顔を見てみればまだ若い男だった。

背は自分や柑よりも少し高く、青年の額には十字の古い傷が刻まれていた。


「……チッ」

青年と目を合わせることなく、柑は短く舌打ちをする。

拳を止めた時に掴まれた手を思い切り振り払うと柑は身を翻し、凩に背を向けた。

当の凩はというと、突然知らない人が現れた展開にイマイチついていけていなかった。


「……銅さん。わざわざ様子を見にきてくれたんですか?」


見かねてか、ホッとしたのか陵が脱力したような言葉を零した。

銅、と呼ばれた青年は髪と同じ紅い瞳に陵を映す。


「新人の証明書を取りに行く遣いを頼まれたな。帰りに様子を見に来たんだ。

……それにしても、今回の新人はずいぶんと威勢がいいんだな」


陵の問いかけにこたえると銅は感心するように口元に笑みを浮かべる。

対して、ヴィクと陵は少し疲れた顔をしていたが銅の笑みに釣られて表情を緩めた。

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