第2話『the worst』最悪すぎる初対面
「楓裡、行こう!」
一歩踏み出して、少女が指先から針を放つのを見計らって鎌を振り上げる。
背後は壁だ。逃げることはできない。だったらもう一度全ての針を落とすしかない。
「”紡がれた風の唄を永久にうた…… ッ?!」
鎌を振り抜こうとした瞬間だった。
バサリとコートを翻して凩の目の前に薄く水色かかった髪の青年が降り立った。
「な……ッ 危ない…!」
すでに振り抜きかけている鎌を途中で止めることはできない。身体をひねろうにも鎌を振った遠心力のせいで身体はすぐに言うことを聞かない。
身体がひねれないなら無理やり軸足を崩して鎌の刃の軌道を変えるしかない。そう思って足に力を籠めようとした。
「……大丈夫だよ。君はそのまま鎌を振り抜いて」
だが、凩の心配を余所に目の前に降り立った青年は柔らかに微笑んだ。
見た目通りの凛とした澄んだ声。あまりに綺麗に笑うものだから今の状況も忘れて凩は青年を魅入ってしまった。
「”旋律 桜花剣舞”」
静かに詠唱を唱える青年の両手には光と共に2本の扇が握られていた。
扇を広げて舞うように軽やかに腕を振れば扇を中心に、青年の周辺を桜の花びらが舞う。自由に宙を舞い、青年と共に旋律を奏でるかのように。
青年の放った桜の花びらは鱗のように硬質な物質へと変化し、凩の鎌を受け止め、少女の放った針を全て叩き落した。
「……す…ごい…」
一度は硬質な物質へと変化したはずの桜の花びらは役目を終えれば、はらはらと元の花びらへと戻る。
その中央でしなやかに扇を下す青年は凩より一回りも小柄で腕も細く、華奢だ。
にも関わらず、圧倒的に自分よりも強い。優雅な所作の中に力の差を感じさせる何かを秘めている。
思わず見惚れて絶句してしまうほどに凩にとっては強烈な光景だった。
凩を助けてくれた青年の首元には今いる中央院所属の死神の証であるモノクロ柄のネクタイが巻かれている。
『これから自分が足を踏み入れる場所にはこんな強い奴がゴロゴロいるのか……』
そう考えると凩の身体は芯から震えた。もちろん、恐怖などではなく武者震いだ。
これから自分が飛び込もうとしている世界のレベルを垣間見たにも関わらず、凩の心はそれを楽しんでいた。
「大丈夫だった?新人さん」
凩が必死に武者震いを抑えていると頭上からさっきの澄んだ声が降ってきた。
いつの間にか俯いていた顔を上げてみると優しそうな笑顔の青年が目の姿が瞳に映る。
「あ、ありがとうござ…… えええええええ??!」
青年の笑顔に安堵してお礼を言おうとした矢先、凩は思い切り声を上げた。
改めて爽やかな青年こと陵を眺めてみれば、柔らかな笑顔とは対照的に彼の着ている服は上から下までべったりと血痕がしみ込んでいた。
白を基調にした元は清潔感があったのだろう服は血が乾いて殆どが赤黒くくすんでいる。
陵を正面から見た凩の目には全身を返り血で飾っているようにも見えてしまった。
「……、あ。この服のことかな?
俺はさっき仕事から帰ってきてそのままヴィクを止めに来たからまだ着替えてないんだ。ヴィクっていうのはさっきから君を追いかけてたあの子のことね」
凩の上げた声には流石に陵本人もビックリした様子で目を見開いた。
2,3度瞬きを繰り返した後で自分の服の惨状を思い出して困ったように苦笑する。
そしてヴィク、と呼んだ少女を示すように先ほどまで凩を追いかけていた少女に視線を向けた。
「柑さん痛いです!!」
「うっせぇキメラ娘。雑魚とはいえ新人消したらどうするつもりだ」
陵の視線を追うと橙かかった明るい茶髪の青年に腕を掴まれて顔を赤くして言い合いをしている少女がいた。
先程凩を襲った少女と姿は同じだ。けれど怒ったり頬を膨らませたり感情豊かで無機質に凩を排除しようとした少女と同じには見えなかった。
「……あの子、本当に同一人物ですか?」
「残念ながら同じ子だよ。ヴィクは対侵入者キメラだから戦うときは性格が変わっちゃうんだ」
まさか。と聞こえてきそうなほど戸惑いが籠った声で凩が問いかけるものだから、陵はくすくすと笑ってしまう。
凩はというと安心したらいいのか脱力したらいいのか分からず陵に釣られて笑うと手に持っていた鎌を封印した。
凩の持っている鎌や陵の扇が死神に借り受けた力の1つ、魂を狩り取る『デスサイズ』だ。
自らの魔力と死神族の能力を媒体に出現させているため、死神としての認証コードさえあれば出現も消失も思いのままだ。
凩の手から鎌が消えたことを確認すると陵は「改めて」と言葉を置いて手を差し出した。
「こんな格好でゴメンね。ハプニングもあったけど入院おめでとう。俺も此処で仕事をしてる陵です。
あっちの朴念仁は柑。あいつも中央院に所属してる死神なんだ。よろしく。君の死神名は?」
「俺は……凩です。よろしくお願いします」
陵から差し出された手を握り返して、ようやくホッとしたように凩は笑顔を浮かべた。
初日から大変な目にあって若干の不安もあったが、目の前の青年は人当りもよく優しそうだ。
これなら死神院でも何とかやっていけそうだと感じた……その時だった。
「おい、用が済んだならとっとと戻るぞ」
挨拶を済ませた2人を横目に、ヴィクを背負った柑は陵のみに視線を合わせた。
凩のことは「その場にいない」とでも言いたげに完全に無視だ。その態度に凩が多少ムッとした表情をすると気づいた陵が即座に凩を宥めた。
「ごめんね。柑は誰に対してもあの態度だから気にしない方がいいよ。
気にしてたら凩君も胃や腸に穴があいちゃうかもしれないから」
「………。」
『凩君も』?
にこやかに陵から発せられた言葉を頭にインプットして意味を改めて考え直してみる。爽やかにえげつない台詞を聞いた気がしたが幻聴だろうか。
疑問を抱いた凩はちらりと柑の方を覗き見てみる。
すると、その人物は何も言わずに不機嫌な顔で此方をじっと睨んでいた。
「……ッ(怖っ)」
多少頭にきてはいたが何か言ったら柑に何と言い返されるかわかったものじゃない。
凩は何も言わないことを選び、ぐっと口を強く結ぶ。
だが、明らかに『言いたいことはあったけどお口チャックしました!』と言わんばかりの態度が余計に柑の癪に障った。
「……俺に何か言いたげな顔だな。新人。」
目に見えるほどに荒れていく柑の視線。
図星を突かれて凩はギクリ!と肩を揺らした。脳裏に焦りと、冷や汗が滲んでいくのを感じた。
「イ、イエ。別ニ何デモナイデス!」
誤魔化そうと必死になったせいで凩の言葉は片言口調になっていた。
この青年は今まで自分を偽ることを知らず、思ったことを素直に口にして育ってきた。
慣れない嘘をついたせいで「私は嘘をついています」と自白するかのように態度に不自然さが現れていた。
「……言いたいことがあるなら」
「ちょっと、柑?!」
凩を一瞥した柑は上着の内ポケットに手を伸ばすと銃のグリップを取り出した。
柑の手にある道具の意味が分からない凩は首を傾げたが、一連の動作を見た陵は慌てて柑を制止しようと口を開いた。
陵が柑に手を伸ばすよりも早く、柑の手に握られたグリップの周りに光が集まり次第に武器へと形を変えていく。
形状は違えど、その光景には凩も見覚えがあった。自分の武器である風枯を出現させる時の動作とそっくりだったからだ。
「っ!」
柑のグリップに集まった光は眩しさを増して一瞬辺りが見えないほどに激しくなる。
無意識に目の前を腕で覆って光を遮ると、目の前から「ガチャッ」という機械音が聞こえた。
その音は初めて聞く音ではなかった。直感だが凩は嫌な予感しかしなかった。
まさかと思い腕を恐る恐る退けてみると、目の前には自分に向かって銃を突きつけた柑が立っていた。
「え……」
「ハッキリ、俺に直接言え。雑魚」
吐き捨てるようにそこまで言うと、柑の細長い指が銃の引き金を引く。
パンッ!! と大きく弾ける音が響いて柑の銃が放った弾丸は凩の真横を通り過ぎて後ろの壁へとめり込んだ。
「……………」
何の躊躇もなく引き金を引いた態度。見下ろす赤い瞳の冷たさに凩は思わず言葉を失って凍り付いてしまった。
「……ハッ この程度で動けなくなるなんざ使い物にならない。口だけのクズだな」
かっちん。
呆然としていた凩だったが、柑のあまりの言い様に今まで抑えていた怒りが急にこみ上げてきた。そして、ついに頭の中で何かが切れた音がした。
「あ、ああああああああアンタなぁぁぁぁぁ!!!」
今まで柑があまりに不機嫌そうだったので凩はなるべく目を合わせようとしなかった。
しかし、食ってかかるように睨み返すとぶつかった2人の視線の間にバチバチと火花が散ったように険悪な空気が流れた。
先程とは打って変わって敵意をむき出しにしてくる凩に向かって柑は再び馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「ふん、雑魚だクズだと言われたことがそこまで不快か?
なら自分が雑魚じゃないことを証明してみればいい話だろう」
「……柑、サン…でしたっけ?
人のこと雑魚雑魚って……確かに俺は弱いかもしれないけど失礼じゃないですかね?」
「かも?弱いだろうが間違いなく。
こんなキメラ娘の攻撃も一人で避けられないような奴、此処にいても直ぐに死ぬだけだ。死神は遊びで出来るもんじゃねぇんだよ」
「……そこまで腕に自信もありませんけど!アンタに言われるほど弱いつもりもないですから!!」
柑の言葉に凩が即座に食いついて、それを柑が切り捨てる。そしてまた凩が食って掛かるの繰り返し。
目の前で繰り広げられる光景を陵は意外そうな目で見ていた。
未だに柑の肩に担がれたままのヴィクも突然目の前で始まった喧嘩のせいで居心地が悪くふわふわした獣耳をぎゅっと抑えている。
「柑さん、なんだか何時にも増して喋ってますね」
「……ごめんね、ヴィク。柑と凩君……どうやって止めようか」
子供のような言い合いを繰り広げている2人に陵はあきれた様子で息をついた。
勢いよく言い合っている2人を止めるのがどうも面倒くさく感じて陵はしばらくそのやり取りを眺めていた。
これが凩と柑の最初の出会い。
お互い、相手への第一印象は最悪なものだった。
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