Bear One's Cross - 世界が手離したいと望んだ十字架 -

生オレンジティー

第1話『a chain』繋がった鎖

約1,000年ほど前、種族間で大きな争いがありました。

生きとし生ける者たちは他者の命を奪う死神族を恐れ、忌み嫌い、あろうことか滅ぼそうとしたのです。


人間も、妖精族も、妖と呼ばれる異形たちもが手を組み死神族を襲いました。死神は他者の命を奪う能力を持っているだけで存在自体が不死ではありません。

結果、死神族は僅かな生き残りを残して滅びの道を辿ったのです。


死神族を滅ぼしたことを、命ある種族は皆喜びました。

「これで私たちは死ななくて済む」「命を奪う異端な種族を滅ぼした」と……。


しかし、これが大きな間違いでした。

死神族はただ命を奪う能力を与えられたわけではなかったのです。


寿命が来た命を回収し、輪廻を巡らせて新たな命へと繋ぐ力。世界の命を巡らせ、新たに生む力。


世界を動かす重要な流れを担っていたのです。

それができるのは『死神』と呼ばれる種族だけでした。


死神がいなくなった世界では寿命で生き物が死ぬことはありません。

しかし、命が廻らないため新しい命が生まれることもありませんでした。


さらに問題だったことは、寿命を迎えても身体を離れなかった魂は怨念を溜めるようになり最後には身体を支配して暴走を始めたことでした。


死神は命を巡らせるだけではなく、魂が荒魂となって暴走しないよう制御する働きも担っていたのです。

生きとし生ける者たちは、ようやく自分たちの過ちに気づきました。


けれど死神の寿命は長く、その分成長は遅い。数千年という年月では死神の数は元に戻りそうにありません。


そんな時、1人の人間の少女が意を決して言ったのです。

「―――わたしが死神の代理を務めよう」と。


====


満月の月が輝く宵闇の刻、藍色の長い髪がひらりと舞った。

髪を揺らす風と共に空を切ったのは身の丈よりも大きな鎌の刃だ。


「……さよなら。安らかに永久の眠りを。」


振りぬいた鎌の刃をぐるり、と一回転させて大鎌を担ぐ。

紡がれた声はまだ幼さが残った青年のものだ。周囲を吹く冷たい風が青年の微笑みも冷たく感じさせた。


青年に鎌で斬られた対象の身体からは、仄かに光る人魂が抜けていく。

ボロボロと砂になって崩れていく身体を見つめながら青年は目を覆った。


「オヤスミナサイ」


魂を回収し、人を死に誘う。それが死神の能力を借り受けた人間の役目。

どんな生き物も逃れられない絶対的な末路を背負った者たち。役目に決して躊躇いを持ってはいけない。秩序を持って正しく武器を振るわなければいけない。

これは『死神』という役目に身を置く人間たちの物語。



「……そういえば、例の新人さん……今日来るって言ってませんでしたか?」


1人の女の声に全員が何かを思い出したように静まり返った。

ポリポリとスナック菓子を頬張りながら書類に目を通していた若い男は「ん~」と唸り声をあげた。


「今日だっけ?というか、もうそんな時期だったっけ?」


呑気そうな問いかけにその場にいた全員がため息をつきそうになった。

柔らかな金色の髪にゆるくウェーブのかかった背中までの長髪。困ったように笑っているこの人物はこの場所の最高管理者だ。

管理者としては無責任かつとぼけた発言にあきれ返っていた。


「…………葵さん」

「責任者のくせに……」


口々にあきれた声を上げ、居心地の悪い視線を向けられる。

当の葵は反省をするような素振りを見せるもののどこか不貞腐れた顔で机の引き出しから書類を引っ張り出して広げた。


「みんなで寄ってたかってそこまで言わなくても…」

「まだ名前しか呼んでねぇよ」


葵が口を開くや否や、橙色かかった茶髪の青年がスッパリと言葉を遮った。

この青年、柑には葵の様子も意見も関係ないようだ。


「貴様が書類そっちのけにして前線に出てたのが悪いんだろう。管理者なら管理者らしく周りの奴らへの指示出しをしろ。」

「……柑くんの意見がごもっともなんだけどね……。

指示出しと書類整理ばっかりだと息が詰まるんだよ?たまには発散もしないと。ストレスが溜まりすぎるのって身体に良くないんだよ?」


正論でしかない意見がグサグサと胸に刺さる。柑は口調がキツイものだから余計に鋭い棘を感じた。

しかし、次の瞬間には大して気にした様子もなくパサリ、と書類を指ではじく。

床に向かって落ちていく書類を赤胴色の髪の青年が首に巻いていたマフラーらしきものが拾い上げた。


「……それで、結局今日で間違いはないんだな?新人が来るのは。」


拾った書類に赤胴色の髪の青年が目を通すと確認するように葵に問いかける。

それを聞けば葵はにこり、と誤魔化すように緩く笑って。


「そういうことだね。でもまぁ……今回の子ならヴィクトリーヌくらい大丈夫だと思うよ。」


ヴィクトリーヌ、その単語を聞いて部屋の中の空気は凍り付いた。

あちゃー、と頭を抱える者もいれば面倒くさそうに舌打ちをする者も。対応はそれぞれだが全員まずいことになった、とでも言いたげだ。


「あのキメラ娘か」

「……くらいっていうことは、ヴィクちゃんに連絡もしていなければ警戒も解いてないんですね?」

「忘れてたわけだから……言わずもがな、かな」


にっこり笑ってはっきり言ってのける管理者の男についに問いかけた少女は大きくため息をつく。

呆れて頭を抱えていると、突然「バキッ!!」と背後で木の扉が破壊される音が響いた。


「ハッキリ言うことじゃないですよ。

新しい人が見る影もなくなってたら葵さんの責任ですからね。」


破壊音の後で聞こえてきたのは中性的な声。

その場にいた全員が音と声の方に視線を受けると淡く青付いた髪を高く結び、顔の半分に包帯を巻いた青年が金属製の扇子を振り下ろしながら血まみれで立っている。

その姿にいち早く反応したのは柑だった。


「陵?!なんだその姿は!」

「ちょっと苦戦しただけ。見た目はこんなだけど俺は全然ケガしてないから平気。柑や葵さんの手を煩わせるようなことはないから。」


葵に向かって笑顔を浮かべた陵は一度会釈をするとそのまま踵を返す。

自分が先ほど壊した扉を押し開けて廊下へと出ていった。


「あれ?陵君は服も着替えずに何処に行くの?」

「葵さんのうっかりの後片付けです。

ヴィクを止めて、新人君を救出してきます。柑と一緒に。」


尋ねる葵に再び愛想笑いを向けながら、陵は仏頂面で立っていた柑の服の裾を掴む。その瞬間、柑の眉が一瞬ぴくりと不機嫌そうに揺れる。

手を振り払うような動作はせず嫌そうなオーラを発しながら陵の表情を覗き見た。


「……何故俺が?」

「ヴィクを止める役と新人君の救出役、両方が必要でしょ」


陵がシンプルに答えると柑は舌打ちをした後でしぶしぶ陵の後を追っていく。

その背中を見守っていた葵はくすくすと面白いものを見たかのように笑い出した。


「相変わらず柑くんは陵くんには素直だね」

「……笑ってないで葵さんは新人さんの受け入れ準備をしてください。身分証明とか正式な死神証明とかお渡しするものを用意してください。」

「え、今から……?」

「これ、新人さんに渡す物のリストですので柑さんと陵さんが戻るまでにお願いします。葵さんならやる気になれば申請なんて数分でできることですよね?」


藍色の髪に泣き黒子が特徴的なその少女は、バインダーから1枚の紙を取り出すと葵に突き付けた。

表情の起伏が乏しい少女だが、目が「できるんだから面倒くさがらずやってください」と訴えかけている。

葵は観念したように子機の電話を手に取って、受話器のボタンを押し始めた。


「……ま、いつかはやらなきゃいけないことだし新人君と乙ちゃんにこれ以上迷惑はかけちゃダメだね。

仕方ないから新人君の救出は柑君と陵君に任せて申請に集中させてもらおうかな。」


先ほどまでのとぼけた様子はどこへやら。書類を片手に真剣な顔をしている横顔は先ほどとは別人だ。

乙、と呼ばれた少女はその様子を見れば安心して部屋を出た。

彼女は此処、人間の死神が所属する派遣院中央本部の事務員兼受付係だ。本来の自分の職場に戻るべく、院の正面入口へと向かっていった。


……一方。


「……此処…だよな?死神の派遣院って……」


院の前で藍色の髪の青年が立ち尽くしていた。

外装は多少格式が高そうな印象を受ける立派な造り。死神が所属し、生活している全寮制の派遣院には見えなかった。


「…今日本部に行けばいいって支部のおっさんが言ってたよな、確か。

俺が記憶を都合のいいように塗り替えたとかじゃないよな……。」


ブツブツと自問自答してみたものの答えが出てくるわけはない。

とりあえず自分の記憶を信じて此処まで来てしまった。今さら後戻りするのも支部と中央院は距離が離れすぎていた。


「…入ってみれば何かわかるか。」


そう自分を納得させ、この青年、凩は院の中へと足を踏み入れた。

門をくぐって、両開きの扉を開くとそこは広々としたエントランスだ。


凩が中に足を踏み入れると、すぐ目の前には青い色の髪と動物の耳を生やした女の子が立っていた。

しかし、その少女は少し様子がおかしかった。その少女は無機質な瞳をこちらに向けていたからだ。


「あの……院の人だよな?だったら聞きたいことがあ…」

「ソウル所持を探知しました。」


凩が問いかけをしようと声をかけるが、目の前の少女が言葉を遮った。

機械的とも思える淡々とした声。それに彼女の言葉が何を示しているのか分からず凩は思わず首を傾げた。


「え?ソウル所持を探知って……なにそ」


何それ?と問いかけようとした言葉は最後まで出てこなかった。

キュインと回転する音と共に少女の両手の指が開き、銃口のような10本の指全てに針が装填されている。その発射口は間違いなく凩に向けられていた。


「ソウル所持、侵入者。敵とみなし排除します」

「……え゛…?!」


もしかしなくても嫌な予感しかしなかった。

自分は今日から中央院に入る死神のはずだが何の手違いが明らかに敵とみなされている気がする。

予感と言っても心の中ではほぼ確信を得ているから内心凩は冷や汗が止まらなかった。もちろん、凩のその予感は次の瞬間的中した。


「スピナニードル!」

「えええええ?!! ちょっ…待っ!」


少女の掛け声を合図に装填されていた10本の針全てが射出された。

『真っ直ぐ飛んでくる針なら軌道から外れれば当たらない』咄嗟に判断した凩は強めに地面を蹴った。


ドドドドドッ と針が地面に刺さる音が幾重にも響く。

間一髪で少女の針をすべて避けたせいで、一本の針が凩の服を掠った。ジュッという焦げるような音と不快な臭い。地面に着地してから自分の服を見て、凩はさらにギョッとおののくことになった。

針が掠った部分が煙を上げて溶けている。自分の服だけじゃなく、針が刺さった地面からも煙が上がっている。


「……次は外しません」

「寧ロ外シテクダサイ……」


両指に再び針を装填しながら此方を一瞥する少女に思わず切実な願いを口にする。

恐らく針は毒針だ。生身で掠っただけでも自分の身は危ういだろう。何とかこの少女を落ち着かせないと……。そう思考を巡らせてみるが、目の前の少女にそれが通じるはずもなく待ってくれるわけもない。


「排除します」

同じ言葉を繰り返して再び指先をこちらに向ける。言葉通り、次は当てるつもりで照準は凩に向けられていた。


「ッ! 待ってって言ってるのに!!楓裡!風枯!」

このままでは本気で身の危険を感じた凩が叫んだのは相棒の獣と自らの武器の名。

凩が呼べば、その手に風が集まり始める。集まった風は少しずつ形を成して大きな鎌へと形を変えた。

それと共に小さな黒い獣が凩の肩に乗るようにひょこり、と現れて眠そうに欠伸をこぼした。


「呼ぶから何かと思えば。こんな所で何時間喰ってるんだ」

「俺も分かんない!……あんまりやりたくないけど正当防衛ってことで!」



柑と陵がエントランスを目指していると、ちょうどその方角から「ドーーン!」と大きな破壊音が響いてきた。


「柑……!」

「……少しずつエントランスから気配が離れていく。さっきの音は風か?

大方、あのキメラ女に追いかけられて逃げ回ってるってことか」


耳を澄ましてみるとその後も壁に何かが刺さる音、建物が壊れる音など様々な音が聞こえてきた。


「呑気に言ってる場合じゃないよ。ともかく追いかけよう。新人君が溶けて骨だけになる前に助けないと」

「……めんどくせ」



何度も、何度も強めに壁を破壊した。女の子なら爆発で撒けるかも、と淡い期待を抱いていたし男の自分より体力だってないはずだと。


「って……まだ追っかけてきてんのかーーッ?!」

大きな鎌を担いだまま凩は院の中の廊下を全力で走っていた。

自分も身体が大きいほうじゃないが、それよりずっと小柄な少女がまさかここまで執拗に追いかけてくるとは凩は思っていなかった。


「侵入者は排除します」

「だから何で?!”紡がれた風の唄を永久に謳え創世された幾層の唄は重なり流るる風頼の刃”」


少女が指から針を飛ばす気配を察知するたびに、凩は一度立ち止まり足元に力を込めた。詠唱と共に鎌を振りぬくと円を描くように風が起こる。

勢いを殺された針は落ち、カラン。と地面にぶつかった。

少女は無表情のままだったが、無言でそれを見つめていた。直感で少女が驚いて呆然としているのだと気づくとチャンス!!と言わんばかりに背を向けてまた全力で走りだした。


「あ……っ待ちなさい!」

「無理です!!待ったら君に殺されそうだから!」


息を切らせながら一気に言い放って凩はそのまま走り続ける。

だが、どれだけ走っても少女を撒けるどころか向こうは息一つ切らせる様子が見受けられない。いい加減、凩は少女に不信感を覚え始めた。


「……?オカシイな。結構なペースで走ってるのにあの子スゴい元気だ。逆にこっちが疲れてきてる……。楓裡!」

切羽詰まった凩は鎌と一緒に出てきてもらってからずっと自分の頭の上に乗っている黒い獣の名前を呼んだ。

頭の上でくつろいでいた獣は眠そうに身体を震わせてから凩を見下ろした。


「……何か用か?」

「用か?じゃないって!さっきから追いかけてくるあの子!なんか変じゃないか…?あれってもしかしてさ……」


後ろの様子を時折眺めながら凩が問いかけると楓裡もおってくる少女に目を向けた。


「どうだ?何か反応あった?」

「着眼点は悪くないな。あの普通の生き物じゃなく、魂の集合体……いわゆるキメラみたいだな。……見りゃわかるだろ」

「悪かったな!見ても分かんない奴で!!

俺は楓裡みたいに魂がどうとか直接見えない普通の人間なんです!」


丁寧に解説をしてくれたと思えば最後の最後で馬鹿、と言いたげな悪態を吐かれた。

追いかけられている状況もあって凩は大声で反論してみたものの、追いかけてきている少女を見ればキメラだという意見には頷けた。


「知ってる、冗談だ。凩、お前はあのキメラ…なんの集合体だと思う?」

凩を軽くあしらった後の楓裡の声は普段通りだ。

それが真剣な問いかけだと分かっているから凩は一度考えてから楓裡に視線を戻した。


「針を撃ってたし、あの透明の羽は虫のものだから蜂じゃないか?

でも爆発で視界を悪くしても的確に俺を追ってきたし、ふわふわしてる動物の耳も生えてるみたいだから犬かな?それと人型の生き物だと思う」

「まぁ……そこまで見えれば今は十分か。

蜂は妥当だろうな。ソウル所持を探知で来たってことは妖精族の人型、見た目からしてセイレーンだろうな」


凩の予想を聞いて頭の上にいた楓裡は満足そうに頷いた。見解を聞いてへー。と頷く半面、首をかしげた。


「ところでさ、さっきから女の子も言ってたけど『ソウル所持と探知』ってなんだっけ……?」

「…………………………………………………」


投げかけられた質問に楓裡は大きな瞳をわずかに見開いた。

それと同時に盛大なため息をつくと呆れたように凩の頭の上でうなだれた。


「……………………そうだった。お前の学力を考えてなかった。

凩がスクールや事前説明会で言われたことを覚えているわけがなかったな」

「な……っ 悪かったな!どうせ学力ないよ!評定全部1以下だったよ!!」


それの何処が悪い!?と叫びだしそうな凩の視線が思い切り楓裡のほうに逸れた。

学力がそこまでないのは問題だろう、と考えた楓裡だったがそれを伝えるよりも先に凩が壁に向かって走っていることに気づいた。


「おい、前」「は??」

「いい加減立ち止まらないと前方不注意で壁にぶつかるぞ。お前が」

「……え?!」


呟かれた楓裡の声でハッとして凩はやっと前方に目を向けた。

すると壁、というよりは行き止まりが目の前に広がっていた。


「うわっ!!」

声を上げながらも片手を地面につけて、両足と一緒に踏ん張って、壁にぶつかる前に急停止する。

壁との衝突は回避できたがホッと息をつく暇はない。即座に踵を返すと行き止まりを背にして追いかけてきた少女の方を向きなおした。

先程の少女が自分を排除すべく、針を向けている事態には変わりないからだ。


「逃がしません。不法なソウル所持者は敵……排除します」

「やっぱり話し合いとか逃がしてくれるとか平和的な選択肢はないんだな……」


改めて向きなおしてみても少女の対応は変わらない様子だ。

凩は先ほどまで引きずっていた鎌を即座に構え直した。


「この院の人と……しかも女の子と戦いたくはないけどこの状況なら仕方ないよな。……恨まないでくれよ」

凩がそこまで言うと、先ほどまでは何の変哲もなかった鎌の形が歪み始める。


「排除します。スピナニードル!」

「楓裡、行こう!」

肩にいる獣に声をかけると、凩も一歩足を強く踏み出した。

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