第4話
疾走する
「ねぇ、何があったの? 教えてよ」
訳が分からないまま走らされる水樹。
「水樹、
初めて聞く言葉に水樹はいまいちピンと来ない。巴の走りながらの解説。
「漢数字の五に虫で五虫、五つの元素が表す動物のことなの。
『
『
『
『
そして、『
「で、それが?」
「『木』の事件では被害者は魚釣りの帰りだった。そう、
『火』の事件は屍肉をカラスが漁りに来てた。ゴミ捨て場なんだから元々カラスがいたのかもしれない。カラスは羽を持つ動物だから羽虫なのよ」
「じゃあ『土』は? 目撃した生徒によれば
チッチッチと微笑をたたえる巴。
「『土』はね、裸虫なの。これはヒトを表す言葉なのよ。そして須田君の遺体は発見時、身包みを剥がされた状態、すなわち純粋なヒトとしての姿になっていたの。須田君自身が裸虫を表すのに使われたのね」
少々息が上がっているがさらに巴は言葉を続ける。
「『金』は毛虫、毛を持つ動物よ。江桜動物園には毛を持つ動物達がいたでしょ? ライオンやらの獣達よ。そして今日起きる、もう起きているかもしれない『水』が表すのは介虫。これは亀のことなの。でもね、あの噴水には亀なんていなかったのよ」
そうか、だからカメムシがいると言った時、巴は五虫とやらを思い出し、発狂したのかと水樹は納得した。
「それで、本当の『水』の場所は? 事件はどこで?」
「噴水広場からそう遠くないところにね、観賞用の金魚や鯉の養殖場があるの。地図には載っていない比較的新しい施設よ。もうすぐ着くけど。さっきスマフォで調べてみたら亀の養殖もしてるらしいの。場所も噴水広場よりも五芒星に一致する。きっとそこが……ここよ!」
辿り着いた先、山谷養殖場はまだ明かりが灯っている。二人は中へ入る。
整然と並んだ機械類、幾つもの水槽、それらに混じり人影が見える。
「大丈夫ですか! ……母さん?」
そこいたのは巴の母、
「巴、水樹ちゃん。大丈夫よ。この人は死んでいない」
清美は二人を落ち着かせるように言うと、立ち上がり巴を抱きしめる。
「ああ、巴、良かった」
「ちょっと母さん、やめてよ。水樹が見てんだから……。それでこの人は?」
赤面しつつ、巴は訊く。
「この人は、ここの職員の女性よ。先日私のもとに相談に来たの。その時、この人に死の相が見えたからそれを伝えたんだけど……どうしても気になって来てみたの。そしたら……」
清美が養殖場に到着したのは巴と水樹よりもわずかに速い程だった。
発見時、女性は亀の養殖用の水槽に頭を突っ込んだ状態で清美はそれを助け起こした後、救急車を呼んだのだ。
「さっき呼んだばかりだから、まだ時間はかかるけど命に別状はないと思う。でも意識が……」
「まだ油断は出来ないのかもしれませんね。でもこれで五芒星の完成は防げたんじゃ」
その時だった。突然の雷光が走り、大気を震わせる
「まさか」
外へ駆け出す巴、水樹は後を追う。
「どうしたの巴?」
「あの人、意識を失っていたでしょ? 本当なら魂を使って五芒星を作るんだけど、もしかしたら、あいつは……鬼は奪い損ねた魂の代わりに意識を使って何かを始めるのかもしれない。感じるの、禍々しい妖気を。これはそう、桜神社からよ!」
「そんな! 結局五芒星は完成したの?」
「いいえ、最後は母さんのおかげで阻止されたから。不完全な物が出来たはず。ただそんなバランスの悪い物が出来たら何が起こるか分からない。急がなきゃ」
すでに陽は落ちている街中を二人は駆け出す。
走っている間、二人は何も言葉を交わさず一心不乱に神社を目指した。
なんとか神社に辿り着いたものの、夜空にはすでに一番星が輝いている。
「一番星! ああ、まずいよ!」
そう叫びながら石段を登り辿り着いた境内。
そこには見覚えのある腰の曲がった人影が、神主だ。
「神主様! 話を聞いてください!」
巴がそう叫ぶが何も反応は見せない。
「神主様? どうしましたか?」
「ねぇ、なんかおかしいよ」
この時ばかりは水樹も、異様な雰囲気を感じざるを得なかった。重たいガスのような毒々しい空気感が境内には漂っていた。
すると、こちらを振り向く神主。その顔は前に見たどこか威厳を感じさせるものとは程遠く、白目をむいている。
「あれは……」
巴がそう呟いた瞬間。寂れた社殿のそこかしこから黒い不気味な雲が溢れ出す。雲は神主を取り囲み、みるみる大きくなっていく。
吠える神主。その体はみるみる硬質感を感じさせるゴツゴツとしたものになっていく。肌の色は赤黒く、
「鬼だ……」
水樹にもはっきりと見て取れる。先程の神主とは程遠い巨大な桜の木をも凌ぐ鬼が目の前に立ちはだかる。
「水樹逃げて!」
巴は護符を取り出し、鬼に呪術を仕掛ける。
青く弱々しい炎が鬼を取り囲むが、しかし、その手に握られてる金棒によってあえなく消し潰される。
「ダメよ、巴。逃げよう! こんなのどうしようもないよ」
巴の手を取り強引に水樹は鳥居へ引き返す。
しかし鬼は、二人の姿を捉え迫りくる。
もうダメだ、水樹がそう思った時、鬼の動きは鈍くなり何かに縛られたかのように悶え出した。
「これは一体……」
「巴!」
鳥居の背後から誰かの声が響く。その顔に水樹は見覚えがあった。幼い頃よりかめっきり会う機会は少なくなったが、確かあの人は巴の父親、
鳥居の前で跪くような姿勢を取っている。
「父さん、どうしてここに?」
「母さんから話は聞いた、桜神社の鬼が蘇ると。俺の他に数人、江桜の血を引く者を集めて今、神社の周りに結界を張り、妖気を抑えているが、いつまで持つか分からん。巴、頼む! やつを葬ってくれ!」
「でも、私の呪術じゃ歯が立たないの!」
水樹が振り返ると、今にも鬼は縛りをほどき、暴れ回りそうだった。
「あいつは様々な鬼や
「そんな、私に……」
「大丈夫だ、やつは鬼のなり損ないのようなもの。それに、なによりお前は江桜の血を引く娘だ。頼む、この街を救ってくれ!」
克也は手元の護符の効力が切れかけているのを察し、巴へ望みを託す。
巴は力強く頷くと境内へ引き返す。
「水樹、あんたは逃げて!」
「巴の鈍足じゃ頼りないよ。私がいなきゃ」
巴が行くなら自分も行く。もはや執念に近いものを水樹は抱いてついて行く。
結界が弱くなっているのか、縛りをほどくようにしきりに金棒を振り回す鬼、雷鳴の如く響く雄叫び。
雨が降り、風が吹く。なお一層激しさは増して境内での決戦は始まる。
吊り上がった目尻が怒りの表情を際立たせる。鬼はなおも縛りに悪戦苦闘しながらも反撃の手を出そうともがく。
「硝子の扇子は社殿にある御神体——あの桐箱に入ってるはず」
そう言うと、社殿へ突進する巴。
それを鬼は見逃さない。
金棒を巴目掛け、力に任せて振り下ろす。
そこへ水樹が走っていき、巴に覆い被さると間一髪、金棒は二人の頭上を空振る。
「クソッ、これじゃ御神体に近づけない」
二人が後退すると社殿の前に鬼が立ちはだかる。金棒を握り直し、二人を待ち構える。
「……巴、ここで待ってて」
「そんな水樹、何を……」
巴の声には応えず水樹は社殿へ一人、走り出す。
鬼が金棒を構えている手とは逆の左手側、そこから行ける。
狙いを定め一直進する水樹だが、鬼は金棒を左手に持ち替え水樹目掛けて振り下ろす。
しかし、水樹はその瞬間、方向を急転換し、鬼の右側へ。とろい鬼は即座に反応出来ない。
社殿へ辿り着いた水樹。
「これが、桜神社の御神体。この桐箱の中に」
「水樹ぃーー!」
巴の叫びと共に振り返ると背後には鬼が迫っていた。金棒を振り回し社殿を壊しながら、怒りで頬は紅潮している。
仕方ない。
そう思うと、水樹は桐箱から硝子の扇子を取り出す。そして、鬼の背後に控えている巴目掛けてそれを投げた。
「巴ぇーー!」
巴の手に扇子が渡る。それを開くと扇面には桜の花の柄が細工されている。
振り返る鬼。
巴は気を集中させると、淡い桜色の光が扇子に宿った。
桜模様の磨りガラスが光を乱反射させ、辺りは神々しい光に包まれる。
「
巴の呪文が光に退魔の力を宿す。
「
光は巨大な光線となり、鬼に襲いかかる。
そして光に包まれたその肉体は滅び粉々に砕け散った。
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