第3話
いよいよ、日付は九月二十三日、秋分の日。
「江桜動物園敷地内で職員が自殺、肉切り包丁使用か」
愕然とする二人。
「間に合わなかった」
その一言が二人の口から今にも溢れようとしているところであった。
二人はバスに乗ることなく巴の家へと引き返した。当然動物園の営業はないはずだ。
「また止められなかった! 自殺? 違う、あれはそんなものじゃない!」
部屋へ戻るなり大声で喚き散らす巴。それを水樹がなだめる。
「仕方ないよ、人間の理解を超えたことなんだから」
「こうなるんだったら朝早くなんかじゃなくて、昨日の夜から張り込んでおくべきだったんだ!」
「そんなことしたら警察に補導されるよ」
「あら、優等生の学級委員長みたいなこと言うのね! 反省文なら何枚でも書いてやるわよ!!」
八つ当たりだ。そう呆れながらも水樹はまあまあと椅子を勧める。
「でもこれではっきりしたわ! やっぱり五行思想よ! 五つの元素が導く五芒星、事件はあと一つ!」
そう言うと壁に貼り付けた例の地図をパチンと叩く。
「死因は包丁で
「言うまでもない。今回はやはり『金』にまつわる事件だわ。五芒星が出来上がりつつある」
巴は地図に向き直りマーカーで新たに印を付ける。
「次は絶対に食い止めるわよ」
「待ちなさい」
巴の宣言とほぼ同時に、部屋のドアが開けられる。
そこに立っていたのは亜純の母親、
「巴、盗み聞きしたわけではないけど、何を考えているかは大体察しがつくわ」
我が子をねめつける清美。
「母さん、私は陰陽師の……江桜一族の血を引く人間よ。それ相応の役目を果たさなくてはならないの」
「ええ、事件を食い止めるそうね。
やっぱり聞いていたんじゃないか、と思う水樹。
「あなたは確かに陰陽師の血を引く娘よ。でもまだあなたは子供、それに水樹ちゃんを巻き込むのはやめなさい」
「いえ、これは私が好きでやってることなので。まずいと思ったらすぐ逃げますから」
思わず親子の言い合いに口を出す水樹。個人的に他人を引き合いに出し、子供をなだめるというやり方は水樹も好きではないからだ。
しばらくの沈黙が過ぎ、清美は先程よりも穏やかな口調で語る。
「巴、父さんもかつては陰陽師としての役目を果たそうとしてたの。でもやはり力が足りないから。桜神社に葬られた鬼の怨念だけじゃなくて
巴の父は平凡な会社員をしているが、かつて陰陽師としての役目を果たそうとしていたのは、巴もこの時が初耳だった。
「私はただの占い師。呪力なんて持っていないから。だから巴……無理だけはしないで」
そう言い残すと清美は部屋から出て行った。
「いいお母さんだね。巴を心配してるんだよ」
水樹がそう言うと、
「過保護になるのも分かるわよ。でも本当にこれはまずいの。五大元素の力、それが鬼の怨念に宿ったら最悪の事態よ。なんとしても食い止める」
巴はそう言い放ち再び地図へ視線を向ける。
「次はここ、これは食い止めるわ」
五つ目——『水』の事件が起きる場所を指し示す巴。
「江桜噴水広場では誰も死なせない」
*
その後は冬至までの間、派手に動き回りたい衝動を抑えつつ、二人は他の生徒と変わらぬ学校生活を送った。
若くして亡くなった同級生を悼み、幾多の課題やテストを乗り越え、寒さに震える朝が多くなった十二月。
冬至がやって来た。この日は冬休み前最後の登校日だった。午前中授業であるにも関わらず、「欠席する」と頑なな態度だった巴だったが、水樹がいつも通り登校するとすんなりそれに従った。
前回のように朝一番で、事件は起きるかもしれない。しかし、水樹は学校を休むという選択肢が取れない自分を情けなく思った。なんだか優等生の学級委員長のようだなと。
そして午後、江桜噴水広場のベンチに巴と水樹はいた。
広場は見たところ何も不審な点はなく、二人の他には肩を寄せ合い噴水を眺めるカップルしかいなかった。
今日はここでひたすら噴水及びその周辺を警戒するという計画性皆無の予定を立てた二人。されど何も不穏な気配はない。
「おかしいな、確かに場の力は感じるのに」手袋をしていない巴の手、雪のような白さが寒さと相まって痛々しい印象を受けるその手には護符が構えられている。
「何も起きないね。起きないなら起きないでその方がいいんだけどね」
そんな会話が何ターンも続き、次第にお通夜のようなムードになってしまった。
午後も深まり、夕焼けに染まる空。広場には相変わらず、巴と水樹、そして先程とは別のカップルがいる。
クリスマス前ということもあり、この噴水広場も飾り付けが施されている。
カラフルな電飾。トナカイやプレゼント、星の形に光るそれらを見てると水樹は幼い頃と変わらぬワクワク感を覚える。
もうすぐ街が色めき立つ。子供達はサンタを待ち遠しく思い、恋人達は愛を囁き合うらしい。
そんな冬空の下、私は幼馴染みの陰陽師見習いとも言うべき者と、噴水をじっと監視しているのだ。と水樹はなんともいたたまれない思いに囚われる。
浮き足立ってる人々——例えばそこのカップルは私達をどう見るだろうか。
友達同士で仲良くイルミネーションを見に来てんだろうな。程度には関心を示すか、いや眼中にないだろう。
しかし、と水樹は思う。
巴はこう見えても割と人と距離は置かない方だ。オカルト好きというと話が通じないという水樹の偏見に反して、結構巴は学校での人付き合いは良好だ。
年頃の女の子、好きな男子や気になる男子はいないのか、もしかしてもう付き合っている人がいるのか、いやしかしそんな素振りは決して見せない。とあれこれ考えるうち、水樹はある考えに至る。
もしかして! 恋愛対象は異性ではなく……いやもしそうだとしても趣味、嗜好は人それぞれだ。私がそれに口を出したり、ましてや否定する権利などない。いかんいかん。
水樹はそんな自分を今一度戒めようと決意した時、どこからか妙な匂いがして来た。
この匂いは……ああそうか、どこかにいるのだろう。
水樹は足元を見てみると一匹のカメムシが地面を這っていた。
「巴見て。カメムシがいるよ。もうそんな時期なんだね」
あまりにも沈黙が長かったため、思わずどうでもいいことを報告する水樹。
「ん? ああそうね。カメムシがいる……。そうよね……そんな季節だから当然……カメムシだって……いるはず……ん?」
だんだんと呟きが小さくなっていく。ふと巴の顔を見ると、右手の親指に顎を乗せ、人差し指は上唇に添えている。考え事をする時の巴の癖だ。
「カメムシ……亀……虫……あっ!」
その瞬間、巴は不意にベンチから立ち上がりそして、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
狂人の雄叫びが広場に
一通り叫び終わると巴はそのまま噴水まで走って行く。隣のカップルは不審者を見るかのような反応を示す。
「いない!!」
噴水の中を覗き込みそう叫ぶと、巴は水樹のいるベンチへと引き返す。
いよいよ、やばいと悟ったカップルは広場の出口に向かっていた。賢明なカメムシはとっくにどこかへ飛び去って行ったようだ。
「水樹、私はバカだ! 大切なことを見落としてた! 『水』の場所はここじゃない!」
そう言うと巴はスマートフォンを取り出し何かを調べ始める。しばらくの後、巴はスマートフォンから顔を上げた。
「ここだ! 水樹行くよ!」
「え、ちょっと待ってよ!」
呆気に取られる水樹をよそに巴は先程カップルが避難した広場の出口へと駆けて行く。一歩遅れて水樹はその後を追った。
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