第2話

 学校での事件発生後、近隣では警察によるかなりの捜査が行われたものの、何一つ手がかりは掴めていなかった。

 お盆も過ぎ、早くも事件のほとぼりが冷め始めた頃、ともえ水樹みずき江桜こうおう動物園へ出掛けた。

「やっぱり夏休みだから人が多いね」

 見たままの感想を述べる水樹。人だかりの熱気と動物達が放つ獣臭、ハエが集りそうな排泄物の匂いがなんともカオスだ。

「夏は別の手のものが出るから厄介なんだけどね」

 汗を拭いながら巴は言う。

「何が厄介なの?」

「お盆もあったでしょ、俗に言う幽霊とかの類よ」

 始まったと思う水樹。しかし彼女はこの講釈をBGMにすることに若干の楽しみを見出している。

「やっぱり幽霊はいるの?」

「いるね。いや、いないと言い切る方がおかしいよ。生きてるものだけ、科学で証明されてるものだけを信じて生きるなんてなんだか傲慢じゃない」

 巴は水樹と檻の向こうのナマケモノに言い聞かせる。家族連れに横目に見られたが水樹は気にしないことにした。

「まあ、巴がそう言うのならね。見えるんだっけ?」

「ええ、もちろん」

 自信満々な巴。

「『見える』よりも『見る』の方が正しいわね。よくテレビで紹介される心霊写真とかとは違うわよ。あれは幽霊の正体見たり枯れ尾花。そう見ようとする心理なのよ」

「で、幽霊はいいけどここでは何をするの? まさかナマケモノを見に来たんじゃないんだろうけど」

「そうね。とりあえず、『きん』にまつわるものを探す、あとはそれこそ何某なにがしかの力を探る」

『金』と言えばキンシコウだろうと猿のコーナーを見て回ったが普通に観覧するだけで特に巴に変わった素振りはない。キンシコウと『金』を結びつけてる点で巴も犯人もダジャレ頼りではないかと水樹は内心嘲笑していた。そもそもこの動物園にはキンシコウなどいない。

「やっぱり動物園で金属といったら鉄の檻だと思うんだけど」

 おもむろに水樹は言う。

「そうね、鉄の檻……」

 そのまま巴は黙り込むとすたすたと人気ひとけのない木陰へ行ってしまった。

 水樹が追いかけ、そこで目にしたのは久々の光景だった。

 一枚の紙切れを人差し指と中指で挟み呪文を唱える巴、その言葉はとうてい文字に起こしようがない、聞き慣れない言葉だった。

急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」

 その言葉で呪文は終わりのようだ。

「巴、どう?」

 頃合いを見計らって水樹が駆け寄る。

 巴の手元の紙切れをよく見ると、五芒星が描かれている。水樹も何度か目にしたそれは護符ごふである。

「何か聞こえる?」

 水樹がこう訊くのは巴の力の種類を知っているからだ。

 巴はこの護符を使いあやかしや霊との会話、その類の感知などをすることが出来る。水樹が小学生の時、同級生が遊び半分でやったこっくりさんで、霊が鳥居に帰らなかったことがある。この時、巴は護符を使い霊を説得して鳥居へ帰したことがある。これ以来水樹は巴の力を本物と確信するようになった。

「やっぱり場の力が強まってる。一連の事件で『もく』『』『』に捧げられた魂——それに呼応してるみたいに。秋分の日が近づけばきっともっと如実なものなんだろうな」



 その後は動物園で何をしたかというと、一般的な楽しみ方通り園内をぐるりと周り、大いに楽しんだ、というのが水樹の印象だが巴は執拗に調査だと称していた。

 そんな夏休みの思い出作りも終えて二人はバスで移動。到着したのは桜神社であった。

 石段を登り二人は境内へ。

 神社の名の通り、春には見事な桜が咲くが、建物は廃墟同然といった具合なため、あまり参拝に訪れる者も少ない。

 古びた社殿には賽銭箱と鈴、その向こうには御神体が祀られている。

「なんだろう、この神社。とてもおどろおどろしいものを感じる」

 巴はありのままを口に出す。

「御神体もておかなきゃ、何か分かるかも」

「君達、それ以上はいかんぞ」

 巴の言葉を遮るようにその時、社殿の奥から騒がれた声が響いて来た。

「あなたは?」

 腰の折れた老夫が巴と水樹に近づく。

「私はこの神社の神主をしておる者だ」

「あの御神体は?」

 神主に気圧されることなく巴は訊く。

「あれは鬼を縛り付けているのだ」

「鬼……鬼とは何ですか?」

 巴は質問を重ねる。

「知らんのも無理はない。いいか、この神社にはこんな話がある」

 そう言うと神主は淡々と語り出した。

「かつてこの町に鬼達が巣食っておったことがある。鬼は人々を喰らい、時に取り憑きそれは大変な騒ぎとなった。もはやなす術はない。人々はそう思った時、彼ら、江桜一族がやって来たのだ」

「江桜一族?」

 水樹が訊く。

「陰陽師の血を引く一族だ。彼らはその呪力を以て鬼を打ち倒し、その魂を封印し、もう二度と鬼が現れぬようこの神社の御神体——硝子の扇子の力で鬼の魂を縛り付けたのだ。以来江桜一族の名はこの街に轟くことになった。その名残がここ、江桜市の名前に残っておる。じゃがな……」

 そこで神主は表情を一変する。先程よりも鋭い目付きになり声もいくらか低くなっていく。

「時代は移ろい、陰陽師はもはやその数は数える程度となってしまった。人々は江桜一族の伝説、鬼の恐怖を忘れ、信仰を捨てた。そして今やこの御神体に宿る力も弱まりつつある。お嬢さん方、悪いことは言わない。ここには近づかん方が良い」

 神主の警告通り、二人はさっさと神社を後にした。巴は留まりたそうにしていたが、そうさせない何かを神主から感じたため、水樹が説得し帰ることにした。

「ねえ、巴。さっきの神主さんの話に出てきた江桜一族って」

「ええ、父さんの家系を遡ったらそこに辿り着くの」

 巴は当然だと言いたげに答える。

「でもあの御神体の力が弱まってるって言ってたよね。それって」

 巴の気を伺うように水樹は訊く。

「父さんによれば江桜一族はその後、各地に散ってしまったんだって。父さんも呪力は持ってるけど使うこともなく今まで来たそうよ」

 バスの窓からつまらなさそうに外の景色を眺め、巴はため息を吐く。

「鬼か、何も知らなかった。私」



 巴と水樹はその後も何かにつけ、出歩いてはみたものの、何も手がかりは掴めぬまま夏休みも終わり二学期を迎えた。須田康平すだこうへい殺害については犯人が未だ特定されず、学校や警察も変わらぬ厳戒態勢でことに当たっていた。

「ところで巴、秋分の日まであと一週間だけどどうするの?」

 進捗のなさそうな相方に水樹は訊く。

「とにかく、動物園が危ないわね。秋分の日は朝からあそこに行くわよ」

 確固たる意思をそこに感じ、水樹はお供する旨を伝えた。どうせ巴はついて来させるつもりであると水樹は見抜いていた。それにこのまま途中退場も嫌だと水樹は感じている。

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