五芒星の導き
カフェオレ
第1話
腐敗臭を放ち無数のハエが
*
「遺体は
原稿を読み上げるアナウンサーの声に少女、
「さっき先生から電話あったよ。とりあえず今日の部活は中止だから家で大人しくしてなさいって」
寝起きであることに加え、たった今の速報に半ばうわの空になっている水樹に母親が先程学校からかかって来た電話の内容を伝える。
「可哀想……なんでこんな……」
母親はテレビを見つめたまま独りごちた。
当たってる……。水樹がそう思った時、彼女のスマートフォンに幼馴染でありクラスメイトの
「もしもし」
水樹は食卓から席を外し、自室で電話に出る。
「ニュース見た?」
「うん、須田君が……」
先程のニュースを思い出し水樹は後の言葉が続かなかった。
「これで被害者は三人目」
「本当に? そりゃ確かに当たってたけど」
水樹は困惑した。確かに巴は普通の人間とは違う「力」を持っている。だがそれを根拠にしていいのか。
「須田君の死因は気管に泥を詰められた窒息死。『
「五行思想」、水樹がこの言葉を初めて聞いたのは巴の口からだ。
「五行思想、覚えてない?」
「ああ、うん覚えてるよ。火と水と木と金と土のやつだよね」
水樹はうろ覚えの知識を答える。
「そう。万物はその五つの元素、『
まさか私達以外に気付いていない人はいないだろうけど、この一連の事件は五行思想の信奉者が絡んでるに違いないわ」
一連の事件、とはこの
「部活は休みになったんでしょ? 適当に理由つけてうち来て」
そう言うと巴は一方的に電話を切った。
また巴の暴走が始まった。こんなニュースがあった後でも場違いなテンションを保っていられる友人を訝しく思いながらも水樹は出かける準備をしながら母への口実を考えた。
結局、水樹は母親には部屋で寝ていると告げ自室の窓から家を出た。罪悪感を感じながらも一階に部屋があって良かったとつくづく親に感謝する水樹であった。
幸い巴の家は徒歩で数分の距離にあるため、難なくたどり着いた。
「
そう書いてある看板が巴の家の目印だ。ラーメン屋のような名前だがそうではなく、占い師である巴の母親が経営している店兼自宅だ。
「あ、来たね」
店に入るとさっそく巴が出迎える。
短髪でさらさらとした黒髪。日本人形を思わせるような白さの美少女。幼い頃に初めて見た彼女の美しさを水樹は今でもはっきりと覚えている。その美貌は今でも変わらず、エキゾチックな雰囲気は男子の注目の的になることも少なくない。しかし今となってはこの少女、かなり変わった人物として皆の注目を集めている。
「母さんは今オンラインの占い講座で部屋に引っ込んでるから、とりあえず私の部屋で詳しい話を」
最近の占い師はそんなことで食ってるのか、と水樹は思いながらずんずん居間へ上がり巴の部屋へ。
「さて、じゃあざっと、今朝のを含めて今までの事件を整理してみるか」
「ああ、うん」
自分は出る幕がないことを悟り水樹は相槌を打つ。
「最初の事件は三月二十日、春分の日ね。この街——
二つ目の事件は六月二十一日、夏至ね。この日は東部の住宅街、ゴミ集積所で不審火が発生。近隣住民の男性が全身に火傷を負い死亡。屍肉をカラスが漁りに来てたっていう話よ。
そして三つ目の事件は今日、八月二日、土用の日。南東部の私達が通う江桜中学校のグラウンドにて須田君が全身の身包みを剥がされ、気管に泥、すなわち土くれを詰められたことにより窒息死していたと」
「ちょっと待って。その北部とか東部とかの方位っていうのは? どこから見てそうなの?」
水樹は思わず質問する。
「まあまあ、それは追々話すから聞きなさいよ。朝日さん」
まるで出来損ないの生徒に言い聞かせるように巴は話を続ける。
「まず、注目すべきはそれぞれの死因ね。第一の事件は木の枝が男性の命を奪った。これは『
さらに第三の事件は泥を気管に詰められ窒息死。だから『
さて水樹、この地図にそれぞれの現場をチェックしたの。見てくれる?」
巴はおもむろに几帳面に折り畳まれた地図を取り出し、二人が向き合っている机に広げる。そこには先程言っていた通り江桜市内で起きた事件現場に相当する三つの箇所がマーカーで円を描いて囲んであった。
「とりあえず、第一の事件から順に『
確かに、と水樹は思いながらも黙って聞いている。
「ここで五行思想だ。五行思想では『木』が春を、『火』が夏、そして『土』が季節の変わり目を表している。事件の順番と季節が一致してるんだよ!」
「待ってよ、季節の変わり目って今、八月始まったばかりだから違うんじゃ……」
「そう、でも季節の変わり目にいちいち人を殺してちゃ大変だ。それにそんなに被害者がいちゃ私の仮説に合致しない。そこで犯人は土用の丑の日、まさに『土』の日にそれを決行したのよ。ダジャレね、つまんないの」
あっそ、と呆れながらも水樹は先を促す。
「これではっきりしたの、犯人は五芒星を作ろうとしているのよ」
そう言うと巴は三つの事件現場をマーカーで繋げ、さらに三辺を描き足すと地図上に正五角形に近い形が描かれた。
「『木』『火』『土』の現場を繋げて出来る角はおよそ108°、フリーハンドだからなんとも言えないけど。ここから考えるにあともう二つ事件を起こすことで『
「
地図を見つめ水樹は淡々と答える。
「で、桜神社の神主が犯人ってこと?」
「それはまだ分からない、でもこれで次の事件現場のある程度の予想はつくわ」
どこなの? と水樹は聞く。こういう時彼女が若干の好奇心を示すのを巴は知っているのだ。
「江桜動物園よ」
きっぱりとした口調で巴は言い切る。
「日付は九月二十三日。秋分の日に秋を象徴する『金』の事件が起きる」
「まさか、巴何かしようって言うんじゃ」
「そうだよ。私は今日事件が起きることを予想してた。でも結局事件は起きてしまった。須田君が……」
先程の威勢をなくしたように巴の声は頼りなく小さい。巴も水樹も須田康平とは親しいという程の仲ではなかったが、身近な人物の死に対してはやはり相当なショックを受けていた。
「巴が気にすることじゃないよ。こういうのは警察の仕事だし。それに私達みたいな中学生じゃ何も出来ないよ」
「それでも、私は役目を果たしたい!」
「役目」その言葉に水樹は心当たりがある。幼馴染が持つ力。巴の家族と自分だけが知っているその力で今回の事件を解決しようというのか、水樹はそんな疑問を抱いた。
「じゃあ、今回の事件は?」
「うん、この五芒星は結界や儀式の類だと思うの、何か人智を超えた。『木』と『火』の事件、あれも不幸な事故なんかじゃない。それに桜神社。これは私、陰陽師の出る幕だと思うの」
私は陰陽師だという巴の言葉。それは言葉の綾だ。彼女は厳密には陰陽師ではないと水樹は分かっている。
巴の父親のルーツを辿ればかつて江桜市の平穏の維持に尽力した陰陽師に辿り着くという話だ。実際彼女が陰陽師かと言われればそれは違うというのが正直なところだ。
しかし、水樹は今まで巴の言うところの力とやらをこの目で見てきたのは真実だった。
「じゃあ、どうするの?」
水樹はおずおずと訊く。
「秋分の日まではまだ時間がある。それまでに江桜動物園、もしくは元凶の桜神社を当たってみるしかないわね」
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